ホリプロの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

他社へ渡さなかったのは、楽曲の権利と、新人を選ぶ権限の2つである。多くの芸能プロダクションが所属歌手の楽曲の著作権を放送局系列の音楽出版会社へ譲り、見返りに番組出演の機会を得ていたなかで、ホリプロダクションは1965年8月に東京音楽出版を設立して著作権を自社に残した。使用料が協会を経由して入るまでの半年から1年の時差が、次の新人を開発する原資になった。1976年には日本テレビ「スター誕生」に委ねてきた発掘を全国公募のタレントスカウトキャラバンへ移行している。年商35億円の会社が初回に1億5,000万円を投じ、第1回グランプリの榊原郁恵氏の成功で回収している。権利と発掘を社外へ出さなかったことが、看板が1人抜けても売上が消えない収益の構成を作った。

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