任天堂の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

事業領域を一度だけ娯楽の外へ広げ、全敗して内側へ閉じた会社である。1949年に家業を承継した山内溥氏は、1961年から即席食品やタクシーへ多角化したが、1969年までに全て撤退した。以後、経営資源は遊びの内側に限られる。1983年には高性能機を避け、ファミリーコンピュータを1万4800円で出し、家庭用ゲーム市場を立ち上げた。2002年に開発者出身の岩田聡氏へ社長を譲り、遊びを作った経験を後継の条件とした。2017年には据置機と携帯機を1台へ統合し、開発資源を一つの製品系列へ集め、8期続いた減収を止めた。

免責事項およびポリシー