MBO による非公開化
上場は資金を調達する手段であり、同時に企業の格を示すものだった。設備投資の原資は増資で調達し、株式は取引先と相互に保有する持ち合いの関係にあり、四半期ごとに説明を求める株主もいなかった。したがって、上場を続けるかどうかが経営の論点になる状況は長く存在しなかった。しかし持ち合いが解けて外国人株主が増加すると、企業は外部の基準で説明を求められるようになった。1994年に資本の使い方を投資家へ約束する動きが現れ、1999年には投じた資本に対する利益の水準、すなわち連結ベースの資本効率で企業が比較されるようになった。指標そのものが経営の主題になれば、株価に合わせて事業を組み替える会社が出る。回収に年月を要する投資は選びにくくなり、説明の負担も増す。2003年には、上場をやめて株価を追わない選択が経営の論点として語られた。
ただし、上場廃止を決めただけでは株式は市場から引き揚げられない。市場に流通する株式を買い取るには、経営陣が自力で用意できる額をはるかに超える資金が要る。投資ファンドが出資し、銀行が買収資金を融資する仕組みがなければ、経営陣が自社を買収するMBOは成立しない。ファンドの出資と銀行の融資が機能し始めたのは、不良債権の処理を終えた銀行が新たな融資先を探し、投資ファンドが国内に拠点を開設した2000年代である。制度と資金の双方が揃って、非公開化は実行可能な案件になった。
2005年、ワールドは業績が伸びているさなかに市場から退いた。不振企業の救済ではなく、説明する相手を絞るための非公開化だった。翌年、すかいらーくは創業家と投資ファンドによる2,700億円超の取引で上場を返上した。買収資金を借入で調達し、対象会社のキャッシュフローで返済する手法が、日本の大型案件でも使えると示した取引でもある。
2020年代に入ると、非公開化を主導する者が替わった。2023年の大正製薬ホールディングスによる7,100億円のMBOは創業家が主導した。同じ年、東芝は日本産業パートナーズを中心とする国内連合の約2兆円の提案を受け入れている。2025年には豊田自動織機がトヨタ主導で非公開化された。主導する者は、経営陣から創業家、国内の投資ファンド連合、グループの中核企業へと広がった。
非公開化が続いた結果、問いは「なぜ上場をやめるのか」から「なぜ上場を続けるのか」へ反転した。市場から資金を調達する予定がなく、株主構成も固まっている会社は、上場を維持する費用と説明の負担に見合う利益が何かを示さなければならない。
財務諸表のどこを見るか
買収資金の出どころを貸借対照表で確かめる。LBOでは買収目的会社が負った有利子負債が統合後の連結に載り、支払利息と有利子負債残高が急増する。公開買付届出書には買付価格の算定根拠と、経営陣が買い手の立場に転じることによる利益相反への対応が書かれる。株式併合で端数を処理して上場廃止に至る手順も同じ書類で追える。上場廃止後は有報の提出義務が外れるため、直前期の有報がその会社の最後の全体像になる。