ベインキャピタルと組んだ創業会長のMBOと非公開化

過去最高益のさなかに、髙島勇二会長はなぜ上場をたたむ道を選んだか

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時期 2026年2月
意思決定者 髙島勇二 MCJ 会長
論点 非公開化と資本政策
概要
2026年2月、パソコンの「マウスコンピューター」などを擁するMCJが、創業会長で筆頭株主の髙島勇二氏と米ベインキャピタルが組むMBOによって株式を非公開化すると発表した経営判断。1株2,200円のTOBは対抗提案のないまま成立し、株式併合を経て、MCJは2026年6月16日に東証スタンダード市場を上場廃止した。
背景
MCJはマウスコンピューターやユニットコムを傘下に持つパソコン・電機グループで、国内パソコン事業を軸に業績を伸ばし、上場廃止の直前まで過去最高益を更新していた。好業績の一方で、短期的な株価変動に左右されずに海外展開やM&Aへ機動的に踏み込みたいとの考えが、非公開化の動機となった。
内容
ベインの買収目的会社が1株2,200円でTOBを実施し、公表前営業日の終値に約38%のプレミアムを乗せた。創業会長の髙島氏は保有全株を応募したうえで資産管理会社を通じて再出資し、非公開化後もベインとともに経営に関与する枠組みをとった。応募は買付予定数の下限を上回り、TOBは対抗提案が現れないまま成立した。
含意
業績が過去最高を更新するなかでの非公開化であり、上場を維持するコストや短期の株価対応から離れ、中長期の成長投資に集中する狙いが前面に置かれた。四半期開示の制約を離れてボルトオンM&Aを重ねる構想は、上場の意義そのものを問い直す選択でもあった。
筆者の見解

好業績下の非公開化という選択

この決断の核心は、業績が悪化したからではなく、むしろ過去最高益を更新するなかで上場をたたんだ点にある。パソコンという需要の振れの大きい市場で機動的にM&Aを重ね、海外へ広げていくには、四半期ごとの開示や短期の株価への配慮が制約になりうる。稼ぐ力が高まっているうちに非公開へ移り、株主構成を創業会長とファンドに絞ることで、腰の据わった投資判断を下しやすくする——MCJの選択は、上場の便益とコストをてんびんにかけた、資本政策としての非公開化であったとみることができる。

見落とせないのは、この非公開化が創業会長の主導によるものであった点である。髙島氏は保有株を応募して現金化しながら、資産管理会社を通じて再出資し、経営の座にとどまった。上場企業の少数株主に開かれていた成長の果実は、非公開化によって創業会長とファンドのもとへ集約される。過去最高益という好条件のもとで、だれがその果実を握り続けるのかという問いも、この判断には織り込まれている。好業績下のMBOは、株主にとっての価格の妥当性と、非公開化がだれのための選択かという論点を、静かに残しているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

マウスコンピューターを擁するパソコングループ

MCJは、直販のパソコンブランド「マウスコンピューター」や、パソコン専門店を運営するユニットコムなどを傘下に置くパソコン・電機グループである。創業者の髙島勇二氏が1998年に事業を立ち上げ、受注生産による国産パソコンの直販を軸に成長を重ねてきた。2024年6月には髙島氏が社長を退いて会長へと移り、安井元康氏が社長に就く体制へ切り替えたうえで、髙島氏は会長として経営の中心に残っていた[1]

事業の足取りは堅調であった。国内パソコン事業の好調に支えられ、MCJの連結業績は上場廃止の直前まで過去最高を更新していた。財務が傷んで身売りを迫られる状況ではなく、むしろ稼ぐ力が高まっている時期に、同社は上場をたたむ側へと動いた。好業績のなかでの非公開化という点に、この判断の特徴があった[2]

上場維持のコストと非公開化の発想

好調のさなかで非公開化を選んだ背景には、上場を保ち続けることの制約への意識があった。会社側は、短期的な株価の動向に左右されない経営体制を築き、海外展開の強化や新規サービスの拡充、既存事業とのシナジーを重んじるボルトオンM&Aによって事業を広げると説明した。四半期ごとの開示や株価への配慮から離れ、中長期の企業価値向上に集中する枠組みとして、非公開化が選ばれた[3]

買い手として組んだのが米ベインキャピタルであった。ベインは、資本や財務の支援にとどまらず、事業運営を現場の水準で支えて成長戦略を実行することを掲げる投資ファンドで、国内でも多くの企業への投資実績を持つ。経営陣がファンドと組んで自社を買い取るMBOの形をとることで、創業以来の経営の連続性を保ちながら、非公開のもとで機動的に投資を進める体制が構想された[4]

決断

2026年2月のMBO公表とTOB

2026年2月5日、MCJはMBOによる非公開化を発表し、ベインの買収目的会社が翌6日からTOBを開始した。買付価格は1株2,200円で、公表前営業日の終値に約38%のプレミアムを上乗せした水準であった。買付予定数には下限が設けられ、これを満たさなければ買付けを行わない条件が付された。取締役会はこのTOBに賛同し、株主に応募を推奨する意見を表明した[5]

このTOBは、創業会長である髙島氏が主導するMBOであった。髙島氏は代表取締役会長として筆頭株主の地位にあり、TOBの成立後も引き続き経営に関与することを予定していた。同氏は保有する株式を応募する一方で、資産管理会社を通じてベイン側の新会社へ再出資し、非公開化後の議決権をベインと分け合う形をとった。会社を売り切って退くのではなく、上場という衣だけを脱いで経営を続ける建て付けであった[6]

対抗提案なきTOBの成立

TOBは、途中で買付期間が延長されたものの、価格をめぐる駆け引きには発展しなかった。2026年4月、ベインは買付価格を1株2,200円から引き上げる意向はないと表明し、より高値を示す対抗提案も現れなかった。髙島氏はベインとの間で、仮にTOBが成立しなかった場合でも終了後18か月間はベインの提案と矛盾する行為をしないことを取り決めており、買収の枠組みは早い段階から固まっていた[7]

2026年4月7日、TOBは成立した。応募された株式は7,079万株余りにのぼり、買付予定数の下限を上回った。ベイン側が取得した株式の割合は約7割に達し、髙島氏の再出資分と合わせて、MCJは実質的にベインと創業会長の傘下へ収まった。上場株を広く買い集める段階は、対抗者のないまま静かに決着した[8]

結果

過去最高益のなかでの上場廃止

TOBの成立後、MCJは残る株式を締め出す手続きへ進んだ。2026年5月14日には2026年3月期の通期決算を開示し、売上高約2,243億円、営業利益約211億円と、いずれも過去最高を更新した。上場企業として最後の本決算が最高益であったことは、この非公開化が業績の行き詰まりによるものではないことを、あらためて示していた。5月27日の臨時株主総会では、少数株主を締め出すための株式併合が承認された[9]

株式併合によって一般株主の持ち分は1株に満たない端数となり、その対価はTOBと同じ1株2,200円を基準に金銭で支払われた。これらの手続きを経て、MCJ株式は上場廃止の基準に該当し、2026年6月16日をもって東証スタンダード市場での取引を終えた。2004年の上場から20年余りを経て、同社は株式市場から退き、創業会長とベインのもとで非公開の企業として再出発した[10]

出典・参考