カチタスPEファンドのTOBを受け入れて非公開化し、中古住宅再生への一本化を選ぶ

上場を保って自力で立て直すか、市場を降りて外部資本と再建に専念するか

時期 2012年1月
意思決定者(推定) 杦山幸功(代表取締役会長兼社長)・やすらぎ取締役会
論点 資本政策と事業の絞り込み
概要
2012年1月、名証セントレックス上場のやすらぎに対し、アドバンテッジパートナーズ系のファンドが設立した日本住宅再生が1株627円の株式公開買付を実施すると発表した。買付は同年3月に成立し、7月に上場廃止。2013年1月には日本住宅再生をやすらぎが吸収合併し、中古住宅再生の単一会社となった。
背景
2007年1月期に760億円だった連結売上高は、収益物件販売の失速と金融周辺事業の整理により2012年1月期には274億円まで縮んでいた。社長は4年で三度替わり、新興市場の株価も低迷していた。
内容
買付価格は1株627円、買付予定株数2,073万1,673株、買付総額129億9,800万円。日本住宅再生は、短期の業績に左右されずに投資を実行するには非公開化が最善と判断したと説明した。2012年6月には外部から新井健資氏が社長に就任した。
含意
非公開化そのものより、それによって可能になった仕入モデルの作り直しが結果を分けた。競売中心の仕入は仲介経由と直接買取の組み合わせへ組み替えられ、2017年12月の東証一部再上場まで5年半で会社の形は変わった。
筆者の見解

市場を降りることで買った時間

非公開化を選ぶ会社の説明は、たいてい「短期の業績に左右されずに投資したい」という一文に収れんする。やすらぎの場合、その一文が空文にならなかったのは、降りたあとに何を変えるかが具体的に決まっていたためであった。競売から仲介・直接買取への仕入の組み替えは、既存の担当者の動き方も評価の基準も入れ替える作業で、着手した年に数字が良くなる性質のものではない。四半期ごとに説明を求められる立場のまま同じことができたかは、なお考える余地が残る。

同時に、この事例は非公開化それ自体が答えではないことも示している。会社が持ち直したのは市場を降りたからではなく、降りた先で売る相手を年収帯まで絞り、値決めの順番を逆にし、周辺事業を手放したからであった。投資ファンドの資本と外部から招いた経営者は、その決定を速く実行するための条件として働いた。上場の是非として語られやすい判断が、実際には事業をどこまで絞るかという問いだったことは、いまも同じ選択に向き合う中堅企業にとって示唆的といえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

760億円から274億円へ——多角化がもたらした縮小

2004年2月の名証セントレックス上場から数年、やすらぎの売上は伸びていた。連結売上高は2006年1月期に663億円、2007年1月期に760億円へ達し、中古住宅再生に加えて子会社が担うテナントビルやマンションなど収益物件の販売が大きく寄与している。ところが2008年1月期には売上高537億円、当期純損益16億円の赤字へ転じた。不動産市況が冷えると収益物件の販売は前年比でほぼ消え、広げた事業領域がそのまま景気の振れを会社に持ち込む構造が表に出た[1][2]

その後の4年は事業の整理に費やされた。2006年に設立したやすらぎ共済は同年11月、バンカーは2008年8月に解散し、YUTORI債権回収は2008年3月に売却されている。2009年10月には子会社プロパティーを吸収合併した。2012年1月期の連結売上高は274億円で、2007年1月期の760億円から486億円分が消えている。多角化で積み上げた売上は、そのほとんどが取捨選択の過程で失われ、残ったのは1998年に桐生で立ち上げた中古住宅再生であった[3][4]

経営体制の動揺と新興市場の株価

業績の悪化は経営体制にも及んだ。2008年4月、創業者の須田忠雄氏は代表取締役社長を退任して取締役会長へ移り、2005年に入社して取締役管理本部長を務めていた根岸宏之氏が42歳で社長に昇格した。もっともその後も交代は続き、2009年1月期から2011年1月期は須田力氏が、2012年1月期は杦山幸功氏が代表取締役として有価証券報告書に記載されている。4年のあいだに代表者が三度替わった会社が、収益の柱を作り直す作業に取りかかっていた[5][6]

株式市場での評価も低いままであった。TOB公表の直前、やすらぎ株は名証セントレックスで366円から390円の水準にとどまっており、のちに提示される買付価格の6割前後でしかない。新興市場に上場する中堅の不動産会社が、仕入モデルの作り直しや人員の入れ替えといった数年がかりの投資を、四半期ごとの損益を見られながら進めることは容易ではなかった。上場を保つ意味と、そのために払う代償とを比べる材料が揃っていた[7][8]

決断

1株627円のTOBを受け入れる

2012年1月26日、やすらぎは、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズ系の日本住宅再生が株式公開買付を実施すると発表した。買付価格は1株627円、買付予定株数は2,073万1,673株、買付総額は129億9,800万円で、買付期間は1月27日から3月12日までとされた。日本住宅再生は、やすらぎ株を取得するためにアドバンテッジパートナーズが設立した買付目的会社であり、事業会社による同業の取り込みではない[9][10]

買付者側が示した理由は明快であった。やすらぎは不動産不況などにより業績が悪化しており、短期的な業績に左右されずに積極的な投資を行うには、株式を非公開にすることが最善だという説明である。裏を返せば、上場企業のまま数年がかりの立て直しを進めることの難しさを、対象会社と買付者の双方が認めた形にあたる。買付は3月に成立し、やすらぎは日本住宅再生の子会社となり、7月に名証セントレックス市場の上場を廃止した。2004年の上場から8年で、会社は再び非公開に戻っている[11][12]

外部から招いた社長と、逆さ合併による一本化

買付成立から3カ月後の2012年6月、新井健資氏が43歳で代表取締役社長に就任した。東京大学法学部を出て三和銀行に入り、ベイン・アンド・カンパニー、コロンビア大学経営大学院を経てリクルートで住宅関連事業に携わった経歴を持つ、外部から招かれた経営者であった。本人は後年、V字回復の実現が入社時から決まっていた任務であったと振り返っている。誰が再建を担うかまで含めて、この資本政策は組み立てられていた[13][14]

2013年1月には、親会社である日本住宅再生をやすらぎが吸収合併した。買収の受け皿として置かれた会社を、買われた側の事業会社が呑み込む逆さ合併により、中古住宅再生を営む単一の会社という形が整っている。同年7月には商号を株式会社カチタスへ改めた。「カチ=価値」と「タス=足す」を合わせた社名について、新井社長は中古住宅に価値を足すという意味だと説明している。資本の構造も社名も、残す事業に合わせて作り直された[15][16]

結果

仕入モデルの作り直しと収益の回復

新井社長が就任直後に着手したのは、創業以来の競売中心の仕入の見直しであった。競売物件は安く取得できる反面、件数が減り参加者が増えたことで取得競争が激しくなっていた。仕入の主軸は不動産仲介経由の任意売買へ移され、テレビCMなどで売り手を直接集める経路が加えられた。2019年時点の構成は仲介経由が65%、直接買取が35%で、競売への依存は解かれている。本人は当時を、競売市場を土台とする既存の手法を根本から変える改革だったと述べている[17][18]

売る相手と値決めの手順も定義し直された。狙いは地方に住む年収200万〜500万円の層で、その規模は約900万世帯にのぼる。原価を積み上げて売価を決める不動産業の慣習を反転させ、まず地域の顧客が払える売価を決め、そこから許容できる改修費と確保したい利益を引いて仕入価格を絞る手順が採られた。数字にも表れており、2014年3月期の単体売上高397億円・経常利益14億円に対し、2016年3月期は連結売上高393億円・経常利益33億円と、売上は横ばいのまま利益が倍以上になっている[19][20]

5年半で戻った公開市場

残っていた金融周辺の事業は2012年10月のバリュー・ローン売却で片づき、会社は中古住宅再生の一本になった。2016年3月には同業のリプライスを買収して規模を広げ、2017年4月にはニトリホールディングスと資本・業務提携を結んでいる。ニトリHDは2018年3月期末で発行済株式の35.73%を保有する筆頭株主となり、再上場後の株主構成の芯となった。そして2017年12月、カチタスは東京証券取引所市場第一部に株式を上場した。上場廃止から5年4カ月であった[21][22]

再上場初年度にあたる2018年3月期の連結売上高は692億円、営業利益73億円、親会社株主に帰属する当期純利益45億円で、非公開化前の水準を利益で大きく上回った。投資ファンドから見れば、買付・逆さ合併・経営者の入れ替え・再上場という一連の流れが5年半で完結した案件にあたる。もっとも会社側にとっての意味は別で、非公開の期間に仕入と値決めの型を作り替えたことが、その後の増収増益の土台になったとみることができる[23][24]

出典・参考

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