やすらぎの場合、その一文が空文にならなかったのは、降りたあとに何を変えるかが具体的に決まっていたためであった。競売から仲介・直接買取への仕入の組み替えは、既存の担当者の動き方も評価の基準も入れ替える作業で、着手した年に数字が良くなる性質のものではない。四半期ごとに説明を求められる立場のまま同じことができたかは、なお考える余地が残る。
同時に、この事例は非公開化それ自体が答えではないことも示している。会社が持ち直したのは市場を降りたからではなく、降りた先で売る相手を年収帯まで絞り、値決めの順番を逆にし、周辺事業を手放したからであった。投資ファンドの資本と外部から招いた経営者は、その決定を速く実行するための条件として働いた。上場の是非として語られやすい判断が、実際には事業をどこまで絞るかという問いだったことは、いまも同じ選択に向き合う中堅企業にとって示唆的といえる。