幻冬舎解散価値を下回る価格での株式公開買付けと、ジャスダック上場の廃止

編集者の目利きに、市場は値を付けられるのか——1株純資産の半値という評価をめぐる攻防

時期 2010年10月
意思決定者(推定) 見城徹 社長
論点 株式の非公開化と買付価格の妥当性
概要
2010年10月29日、見城徹氏=社長が代表を務める特別目的会社TKホールディングスが、幻冬舎株式に対する公開買付けを1株22万円で発表した経営判断。買収総額は60億円強で、成立すれば見城社長が全株を持つ計画であった。2011年3月、幻冬舎は大阪証券取引所(ジャスダック)における株式の上場を廃止した。
背景
2009年の出版物販売金額は21年ぶりに2兆円を割り、大手出版社も赤字に沈んでいた。そのなかで幻冬舎は2010年3月期に過去最高の連結売上高131億6800万円を計上し、有利子負債はゼロであった。それでも株価は1株純資産の半値程度で推移し、上場を保つ費用は年間1億円に上っていた。
内容
買付価格22万円は発表前日の終値を51%上回る一方、解散価値である1株当たり純資産37万6060円の6割弱にとどまった。既存株主が反発するなか、イザベル・リミテッドが議決権の30.6%を取得。TKホールディングス側は24万8300円へ増額したが、応募は58.17%で3分の2に届かなかった。
含意
イザベルが信用取引で買っていたため、名義株主となった立花証券が2011年2月15日の臨時株主総会を欠席し、議案は可決された。市場が付けた半値の株価を出発点に、その市場を降りる価格が決まった——値付けの循環が、この非公開化の批判の芯に残った。
筆者の見解

値を付けたのは誰か

1株22万円という値は、市場が付けた半値の株価に51%を乗せて出てきた数字であった。市場の評価は実態に合わないという理由で降りながら、降りる価格の出発点はその市場価格に置かれている。編集者の目利きを、貸借対照表に載らない資産と考えるのであれば、それを織り込まない株価を買い取りの基準に使うことは、自らの主張と噛み合わない。見城社長が「全く適正な価格」と語ったこの値付けの循環が、非公開化に向けられた批判の芯にあったといえる。

ただ、市場の評価が一方的に低すぎたとも言い切れない。公開買付けが始まると株価は一時35万円まで買われ、解散価値に迫る水準まで戻っている。半値の株価は、買い手が名乗り出るまで誰も本気で値を付けていなかった結果とも読める。電子書籍が流通を変えるという見通しに幻冬舎がどう応えたのかも、非公開のまま歩んだ15年に開示がない以上、外からは確かめようがない。市場が値を付けられなかったのか、値の付く形で事業が示されなかったのか——問いは保留されたままである。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

無借金の会社に付いた、解散価値の半値

2009年の出版物販売金額は1兆9356億円で、5年連続の前年割れとなり、1988年以来21年ぶりに2兆円を下回った。講談社・小学館・光文社は2008年度から2期連続の最終赤字となり、文藝春秋も2009年度に最終赤字へ転じている。そのなかで幻冬舎は2010年3月期に連結売上高131億6800万円と過去最高を更新し、有利子負債はなく、自己資本比率は64.9%に達していた。業績の悪化が非公開化を促した会社ではなかった[1][2]

その会社の株式に、市場は解散価値の半分ほどの値しか付けていなかった。2010年6月末の1株当たり純資産は37万円弱で、株価はその半値程度で推移している。見城徹氏=社長はこれを、出版という商売はいずれ資産を食い潰すという市場の判断として受け取った。非公開化を具体的に考え始めたのは2010年8月ごろで、業績がよいうちに決断しなければ金融機関も助けてくれないという危機感が背中を押したと語っている[3]

上場が会社に残していたもの

上場を保つ費用は年間1億円に上っていた。無借金で手元の厚い会社に、投資資金を株式市場から調達する必要はない。久保田貴幸氏=取締役は当時、出版の枠にとらわれず出版社の進化形を目指すと述べ、他社が感じている以上に危機感は強いと語っている。電子書籍が普及すれば出版流通そのものが大きく変わるという見通しも重なり、事業の作り替えに伴う先行投資と損失を市場に説明し続ける立場から外れる判断が働いていた[4][5]

株式を公開したのは2003年1月であった。見城社長は当時、公開の理由に経営内容の開示と、提携や買収を進めるうえで株価という尺度を持つことの二つを挙げ、あわせて「上場は目標ではなくて始まり。ただ、地獄への道行だなとは思いました」とも述べている。自分の経営に市場がどういう評価を下すかを確かめたいと語り、初値をとりわけ重く見た経営者が、7年後にはその評価そのものを市場を降りる理由に据えた[6][7]

決断

1株22万円という値付け

2010年10月29日、見城社長が代表を務める特別目的会社TKホールディングスが、幻冬舎株式への公開買付けを発表した。買付価格は1株22万円で、発表前日の終値を51%上回る水準である。買収総額は60億円強に上り、成立すれば見城社長が幻冬舎の全株を持つ計画であった。ただしこの価格は、解散価値である1株当たり純資産37万6060円の6割弱にとどまる。株価には高い上乗せを付けながら、純資産は4割下回る値付けであった[8][9][10]

上乗せ幅そのものは相場から外れていない。MBOのプレミアムは当時、平均で30%とされ、幻冬舎の51%はこれを上回っていた。もっとも算定にはディスカウントキャッシュフロー法や類似会社比較法が併存し、基準とする株価も発表前3カ月平均か半年平均かで案件ごとにまちまちで、恣意的な運用が入り込む余地が残る。市場価格に上乗せを重ねる方式をとる限り、半値に沈んだ株価がそのまま出発点になる。既存株主から強い不満の声が出た[11][12]

対抗する買い手の出現と、価格の引き上げ

2010年12月7日、イザベル・リミテッドと名乗るケイマン諸島に本籍を置くファンドが、関東財務局へ大量保有報告書を提出した。11月24日以降に数回に分けて市場内で買い集め、議決権比率30.6%にあたる8397株を保有していた。報告書の保有目的は「純投資」とされる一方、状況に応じて重要提案行為などを行う可能性があるとも明記されている。買付価格への不満が、対抗的な買い集めという形をとって現れた[13][14]

TKホールディングス側は買付価格を1株24万8300円へ引き上げた。それでも12月29日に判明した応募株数は1万5968株、議決権ベースで58.17%にとどまる。成立の下限である1万3725株(同50%)は超えたものの、非公開化に必要な定款変更の3分の2には届かなかった。イザベルは12月24日時点で35.73%を取得している。株価は一時35万円と買付価格を大きく上回り、市場は経営陣の提示額を認めなかった[15][16][17]

結果

議決権の形式でついた決着

決着は保有株数ではなく、議決権の形式でついた。イザベルは信用取引で買っていたため現物株を引き取れず、肩代わりして株を持つ立花証券が名義上の株主として浮上する。2011年2月15日の臨時株主総会で立花証券は欠席し、賛否いずれの議決権も行使しなかった。MBOに必要な定款変更議案は出席議決権ベースで3分の2を超える賛成で可決され、3月16日にジャスダックの上場を廃止する見通しとなった[18][19]

総会の当日、見城社長は買付価格について「全く適正な価格」であると強調している。一方で、証券会社と一体になれば信用取引でも議決権を行使できるのかという論点は決着せず、争点はイザベルが立花証券を訴えるかどうかへ移った。3分の2の賛成を自力では集められないまま、対抗した株主が議決権を使えない形になったことで議案が通っている。制度の隙間で成立した非公開化であったとみることができる[20][21][22]

値付けをめぐって残った批判

解散価値を下回る価格での買い取りは、上場時に高い値で株を引き受けた投資家の負担で経営の自由を買う形になる。東京証券取引所の斎藤惇社長(当時)は、高値で株主に買ってもらいながら、株主はうるさい、面倒くさいといって上場をやめるのは投資家を愚弄していると述べた。買付価格が1株純資産を下回るTOBは2010年だけで23件あり、2011年2月にはカルチュア・コンビニエンス・クラブも同じ批判を受けている[23][24][25]

上場していた8年は、幻冬舎が外から数字で測られた唯一の期間にあたる。その間に連結売上高は84億9400万円から131億6800万円へ、連結従業員数は41名から126名へ増えた。それでも市場が付けた値は解散価値の半分であった。人に払い、人が当てる商売では、貸借対照表に載る資産が薄くなる。公式の沿革は2011年3月の上場廃止を最後に市場との関わりを記さず、幻冬舎は非公開の会社として現在に至っている[26][27]

出典・参考

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