幻冬舎 の歴史

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創業 1993年
創業者 見城徹
創業地 東京都新宿区
創業
1993年11月、見城徹氏ほか5名が株式会社角川書店を退社し、東京都新宿区三栄町に資本金1,000万円で幻冬舎を設立した。見城徹氏は『月刊カドカワ』の編集長として五木寛之氏や村上龍氏と近い関係を築いた編集者で、42歳、18年勤めた会社を離れている。翌1994年3月、単行本6作品を同時に刊行して書籍事業へ参入した。取次と書店を相手にする商売では点数の少ない新規参入者が配本で不利を負うため、まとまった数を一日で並べる入り方を選んでいる。同じ入り方は1997年4月の文庫62作品、2006年11月の新書17作品でも繰り返された。
決断
解散価値を4割下回る価格を示して、外から数字を測られる立場を降りた。2003年1月に日本証券業協会へ株式を店頭登録し、2004年12月にジャスダック証券取引所へ上場する。公開の年に3社を子会社化したものの、いずれも2年以内に株式を譲渡し、24億円あった有利子負債は2007年3月期にゼロへ戻した。売上高は2010年3月期に131億円と過去最高を更新したが、経常利益は2003年3月期の24億円を超えられない。2010年10月、見城徹社長が代表を務める特別目的会社が1株22万円で公開買付けを発表した。1株純資産37万円弱に対する22万円という価格に株主が反発し、24万8300円へ引き上げられた。人が当てる商売で貸借対照表に載る資産が薄いことが、純資産を下回る株価と、その株価を出発点にした買付価格の両方を生んだ。
現況
現在の幻冬舎を支えるのは、書店に並ぶ本ではなく企業から請け負う本である。上場最終期にあたる2010年3月期の連結売上高131億円のうち、書籍事業が93億円を占めた。もっとも営業利益率は書籍が12.0%、コミックスが7.7%にとどまるのに対し、企業のブランディング書籍を出すコーポレート・コミュニケーション事業は売上9億円で36.6%に達している。読者から代金を受け取る事業に返品はつきまとうが、著者や企業から制作費を受け取る事業にそれはない。2011年3月の上場廃止後、幻冬舎は2012年4月に幻冬舎総合財産コンサルティングを設立し、2015年1月に幻冬舎エデュケーションを吸収合併した。上場期の後半に立てた企業向けの事業が、開示の義務を離れた15年の収入を支えている。
競合
作品を別の売り場へ載せ替える道を採らず、本のまま買い手を替えた。見城徹氏が18年勤めた角川書店は1976年に東宝と提携して映画事業へ参入し、以後は同じ作品を文庫・映画・アニメへ流し、2014年にはドワンゴとの共同株式移転で持株会社を設立して上場を続けている。幻冬舎が増やしたのは売り場ではなく代金の出し手だった。2004年9月に自費出版の幻冬舎ルネッサンス、2005年6月に企業出版の幻冬舎メディアコンサルティングを設立し、回収先を読者から著者と企業へ移している。出版市場は幻冬舎の創業とほぼ同時に頂点を迎え、成長期はそのまま業界の縮小期と重なった。規模を作る側へ回らず回収先だけを替えた結果、社員126名・売上131億円の会社のまま市場を降りて出版を続けられた。
幻冬舎:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(百万円純利益率(%)
1999年3月期2010年3月期

創業ストーリー 角川書店を出た六人が、単行本六作から出版社の形をつくり上げるまで (1993年〜)

角川書店を出た六人が、単行本六作から出版社の形をつくり上げるまで

角川書店を退社した六人と、資本金1,000万円の設立

1993年11月、見城徹氏ほか5名が株式会社角川書店を退社し、東京都新宿区三栄町に資本金1000万円で幻冬舎を設立した[1]。見城氏は角川書店で『月刊カドカワ』の編集長を務め、五木寛之氏や村上龍氏ら書き手と近い関係を築いていた編集者である。独立の直接の契機は、角川春樹社長(当時)をめぐる一連の事件だった。42歳で、18年勤めた会社を離れている。設立時の資本金1000万円は、取次との取引や刊行点数の確保を考えれば潤沢とはいえない。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1993年11月、現代表取締役社長見城徹他5名が株式会社角川書店を退社し、東京都新宿区三栄町18番7号に資本金10百万円にて当社を設立

事業を始めたのは翌1994年3月で、単行本6作品を同時に出して書籍事業へ参入した[2]。のちの参入でも同じやり方を繰り返した。1997年4月の文庫は62作品[3]、2006年11月の新書は17作品[4]を、いずれも一度に並べて始めている。取次と書店の棚を相手にする商売では、点数の少ない新規参入者は取引条件でも配本でも不利を負う。まとまった数を一日で出す方法は、その不利をいくらか埋める。創業から13年の間に、幻冬舎はこの入り方を三度繰り返した。設立から最初の刊行までは4か月あり、同じ1994年9月には本社を新宿区三栄町から四谷一丁目へ移している[5]

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1994年3月、単行本6作品を皮切りに書籍事業に参入
    • [3]1997年4月、文庫本62作品を皮切りに文庫本分野に参入
    • [4]2006年11月、新書17作品を皮切りに新書分野に参入
    • [5]1994年9月、本社を東京都新宿区四谷一丁目22番6号に移転
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1993年11月、現代表取締役社長見城徹他5名が株式会社角川書店を退社し、東京都新宿区三栄町18番7号に資本金10百万円にて当社を設立
    • [2]1994年3月、単行本6作品を皮切りに書籍事業に参入
    • [3]1997年4月、文庫本62作品を皮切りに文庫本分野に参入
    • [4]2006年11月、新書17作品を皮切りに新書分野に参入
    • [5]1994年9月、本社を東京都新宿区四谷一丁目22番6号に移転

編集以外を外へ出した二つの子会社

創業の翌年から、幻冬舎は編集以外の機能を子会社へ移している。1994年7月、広告・経理を担う有限会社幻冬舎インターナショナルを100%出資で設立した[6]。1995年2月には営業を担う有限会社幻冬舎ブックスを設けている[7]。編集者の判断が売上に直結する事業であり、本体に残す機能は編集へ寄せた。幻冬舎ブックスを2000年8月、幻冬舎インターナショナルを同年11月に吸収合併し[8]、機能は再び一つの会社に戻った。合併後も人員が膨らんだわけではない。2002年3月期の連結従業員数は44名、うち提出会社が40名[9]で、子会社を含めても40人台にとどまっている。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1994年7月、広告・経理業務のアウトソーシングを目的に、有限会社幻冬舎インターナショナルを当社100%出資子会社として設立
    • [7]1995年2月、営業業務のアウトソーシングを目的に、有限会社幻冬舎ブックスを当社100%出資子会社として設立
    • [8]2000年8月に有限会社幻冬舎ブックスを、同年11月に有限会社幻冬舎インターナショナルをそれぞれ吸収合併
  • 有価証券報告書
    • [9]2002年3月期の連結従業員数44名、提出会社40名

出版市場そのものは、幻冬舎の創業とほぼ同時に頂点を迎えていた。幻冬舎の成長期は、そのまま業界全体の縮小期と重なっている。市場が伸びる時期に規模を広げた既存の出版社とは、初めから前提が違っていた。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1994年7月、広告・経理業務のアウトソーシングを目的に、有限会社幻冬舎インターナショナルを当社100%出資子会社として設立
    • [7]1995年2月、営業業務のアウトソーシングを目的に、有限会社幻冬舎ブックスを当社100%出資子会社として設立
    • [8]2000年8月に有限会社幻冬舎ブックスを、同年11月に有限会社幻冬舎インターナショナルをそれぞれ吸収合併
  • 有価証券報告書
    • [9]2002年3月期の連結従業員数44名、提出会社40名

文庫と部数決定の方法論で、ミリオンセラーを連続して生んだ時期

株式を公開した出版社が、買収と新分野で出版の外側を試した七年

解散価値を下回る価格で市場から降り、非公開の出版社へ戻るまで

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幻冬舎の沿革1993〜2011年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1993〜1996年角川書店を出た六人が、単行本六作から出版社の形をつくり上げるまで見城徹見城徹氏ほか5名が角川書店を退社
見城徹幻冬舎を設立
見城徹単行本6作品を皮切りに書籍事業へ参入
見城徹幻冬舎インターナショナルを100%出資子会社として設立
見城徹営業業務のアウトソーシングを目的に、幻冬舎ブックスを100%出資子会社として設立
1997〜2002年文庫と部数決定の方法論で、ミリオンセラーを連続して生んだ時期見城徹文庫本62作品を同時刊行
見城徹文庫本分野に参入★★
見城徹幻冬舎コミックスを設立
見城徹コミックス事業に参入★★
2003〜2009年株式を公開した出版社が、買収と新分野で出版の外側を試した七年見城徹日本証券業協会に株式を店頭登録
見城徹自費出版を手掛ける幻冬舎ルネッサンスを設立
見城徹ジャスダック証券取引所に上場
見城徹ワイドレシーバー(後の幻冬舎エデュケーション)を設立
見城徹幻冬舎ルネッサンスとライブドアの共同出資でライブドアパブリッシングを設立
見城徹企業出版を手掛ける幻冬舎メディアコンサルティングと幻冬舎エムディーを設立
見城徹ライブドアパブリッシングの株式を売却
見城徹新書17作品を皮切りに新書分野へ参入★★
2010〜2026年解散価値を下回る価格で市場から降り、非公開の出版社へ戻るまで見城徹解散価値を下回る価格での株式公開買付けと、ジャスダック上場の廃止

2010年10月29日、見城徹氏=社長が代表を務める特別目的会社TKホールディングスが、幻冬舎株式に対する公開買付けを1株22万円で発表した経営判断。買収総額は60億円強で、成立すれば見城社長が全株を持つ計画であった。2011年3月、幻冬舎は大阪証券取引所(ジャスダック)における株式の上場を廃止した。

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★★★
見城徹MBOによる上場廃止を表明★★
見城徹イザベル・リミテッドが株式の30.6%を取得
見城徹臨時株主総会でMBOに関する議案が可決
見城徹立花証券が議決権を行使せずMBOが成立★★
見城徹MBOの成立により、大阪証券取引所(ジャスダック)における株式を上場廃止
出典・参考
  • 有価証券報告書【沿革】
  • 有価証券報告書

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