1993年〜 角川書店を出た六人が、単行本六作から出版社の形をつくり上げるまで
- 1993年 見城徹氏ほか5名が角川書店を退社
- 1993年 幻冬舎を設立
- 1994年 単行本6作品を皮切りに書籍事業へ参入
- 1994年 幻冬舎インターナショナルを100%出資子会社として設立
- 1995年 営業業務のアウトソーシングを目的に、幻冬舎ブックスを100%出資子会社として設立
角川書店を退社した六人と、資本金一千万円の設立
1993年11月、見城徹氏ほか5名が株式会社角川書店を退社し、東京都新宿区三栄町に資本金1000万円で幻冬舎を設立した。見城氏は角川書店で『月刊カドカワ』の編集長を務め、五木寛之氏や村上龍氏ら書き手と近い関係を築いていた編集者である。独立の直接の契機は、角川春樹社長(当時)をめぐる一連の事件だった。週刊東洋経済は1998年、この独立を「脱藩」と呼んでいる。見城氏は1950年生まれで、慶応大学法学部を出て1975年に角川書店へ入り、取締役編集部長を最後に退社した。42歳で、18年勤めた会社を離れている。設立時の資本金1000万円は、取次との取引や刊行点数の確保を考えれば潤沢とはいえない。 [1][2][3]
- 有価証券報告書【沿革】
- [1]1993年11月、現代表取締役社長見城徹他5名が株式会社角川書店を退社し、東京都新宿区三栄町18番7号に資本金10百万円にて当社を設立
- 週刊東洋経済 1998年7月4日号
- [2]93年、角川春樹・角川書店社長(当時)の一連の事件を機に「脱藩」した数人の編集者が創業した。同社代表の見城徹氏は元「月刊カドカワ」の敏腕編集長で、五木寛之氏や村上龍氏など著名作家に懇意
- 週刊東洋経済 2003年5月31日号
- [3]見城徹氏は1950年生まれ、慶応大学法学部卒業。1975年角川書店入社、取締役編集部長を最後に退社し、1993年に幻冬舎を設立
事業を始めたのは翌1994年3月で、単行本6作品を同時に出して書籍事業へ参入した。のちの参入でも同じやり方を繰り返した。1997年4月の文庫は62作品、2006年11月の新書は17作品を、いずれも一度に並べて始めている。取次と書店の棚を相手にする商売では、点数の少ない新規参入者は取引条件でも配本でも不利を負う。まとまった数を一日で出す方法は、その不利をいくらか埋める。創業から13年の間に、幻冬舎はこの入り方を三度繰り返した。設立から最初の刊行までは4か月あり、同じ1994年9月には本社を新宿区三栄町から四谷一丁目へ移している。 [4][5][6][7]
- 有価証券報告書【沿革】
- [4]1994年3月、単行本6作品を皮切りに書籍事業に参入
- [5]1997年4月、文庫本62作品を皮切りに文庫本分野に参入
- [6]2006年11月、新書17作品を皮切りに新書分野に参入
- [7]1994年9月、本社を東京都新宿区四谷一丁目22番6号に移転
- 有価証券報告書【沿革】
- [1]1993年11月、現代表取締役社長見城徹他5名が株式会社角川書店を退社し、東京都新宿区三栄町18番7号に資本金10百万円にて当社を設立
- [4]1994年3月、単行本6作品を皮切りに書籍事業に参入
- [5]1997年4月、文庫本62作品を皮切りに文庫本分野に参入
- [6]2006年11月、新書17作品を皮切りに新書分野に参入
- [7]1994年9月、本社を東京都新宿区四谷一丁目22番6号に移転
- 週刊東洋経済 1998年7月4日号
- [2]93年、角川春樹・角川書店社長(当時)の一連の事件を機に「脱藩」した数人の編集者が創業した。同社代表の見城徹氏は元「月刊カドカワ」の敏腕編集長で、五木寛之氏や村上龍氏など著名作家に懇意
- 週刊東洋経済 2003年5月31日号
- [3]見城徹氏は1950年生まれ、慶応大学法学部卒業。1975年角川書店入社、取締役編集部長を最後に退社し、1993年に幻冬舎を設立
編集以外を外へ出した二つの子会社
創業の翌年から、幻冬舎は編集以外の機能を子会社へ移している。1994年7月、広告・経理を担う有限会社幻冬舎インターナショナルを100%出資で設立した。1995年2月には営業を担う有限会社幻冬舎ブックスを設けている。編集者の判断が売上に直結する事業であり、本体に残す機能は編集へ寄せた。幻冬舎ブックスを2000年8月、幻冬舎インターナショナルを同年11月に吸収合併し、機能は再び一つの会社に戻った。合併後も人員が膨らんだわけではない。2002年3月期の連結従業員数は44名、うち提出会社が40名で、子会社を含めても40人台にとどまっている。 [8][9][10][11]
- 有価証券報告書
- [8]2002年3月期の連結従業員数44名、提出会社40名
- 有価証券報告書【沿革】
- [9]1994年7月、広告・経理業務のアウトソーシングを目的に、有限会社幻冬舎インターナショナルを当社100%出資子会社として設立
- [10]1995年2月、営業業務のアウトソーシングを目的に、有限会社幻冬舎ブックスを当社100%出資子会社として設立
- [11]2000年8月に有限会社幻冬舎ブックスを、同年11月に有限会社幻冬舎インターナショナルをそれぞれ吸収合併
出版市場そのものは、幻冬舎の創業とほぼ同時に頂点を迎えていた。書籍・雑誌をあわせた出版物の販売金額は1996年を境に減少へ転じ、以後は前年割れが常態となる。2009年には1兆9356億円と、1988年以来21年ぶりに2兆円を割った。幻冬舎の成長期は、そのまま業界全体の縮小期と重なっている。市場が伸びる時期に規模を広げた既存の出版社とは、初めから前提が違っていた。講談社・小学館・光文社が2008年度から2009年度にかけて2期連続の最終赤字となり、文藝春秋も2009年度に最終赤字へ転じたのは、その縮小の帰結にあたる。 [12][13][14]
- 週刊東洋経済 2011年10月15日号
- [12]1996年をピークに右肩下がりの続く出版マーケット。そんな逆風下にあって、93年の設立以来、ヒットを飛ばし続けているのが幻冬舎だ
- 週刊東洋経済 2010年11月13日号
- [13]2009年の出版物販売金額は1兆9356億円。5年連続で前年を下回り、1988年以来、21年ぶりに2兆円を割った
- [14]講談社や小学館、光文社は08〜09年度に2期連続で最終赤字。文藝春秋も09年度は最終赤字に転落した
- 有価証券報告書
- [8]2002年3月期の連結従業員数44名、提出会社40名
- 有価証券報告書【沿革】
- [9]1994年7月、広告・経理業務のアウトソーシングを目的に、有限会社幻冬舎インターナショナルを当社100%出資子会社として設立
- [10]1995年2月、営業業務のアウトソーシングを目的に、有限会社幻冬舎ブックスを当社100%出資子会社として設立
- [11]2000年8月に有限会社幻冬舎ブックスを、同年11月に有限会社幻冬舎インターナショナルをそれぞれ吸収合併
- 週刊東洋経済 2011年10月15日号
- [12]1996年をピークに右肩下がりの続く出版マーケット。そんな逆風下にあって、93年の設立以来、ヒットを飛ばし続けているのが幻冬舎だ
- 週刊東洋経済 2010年11月13日号
- [13]2009年の出版物販売金額は1兆9356億円。5年連続で前年を下回り、1988年以来、21年ぶりに2兆円を割った
- [14]講談社や小学館、光文社は08〜09年度に2期連続で最終赤字。文藝春秋も09年度は最終赤字に転落した