幻冬舎の歴史

商業出版
Last Updated: | Author: @yusugiura
歴史概要
1993
幻冬舎を設立
角川書店の編集部長だった見城徹氏は、同社の最年少取締役に抜擢されるなど、編集者として実績を残していた。その一方で、角川書店の経営が杜撰だった(創業家がコカインを密輸)こ...
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1994
朝日新聞に新聞広告を出稿
幻冬舎は出版事業の急速な立ち上げのために、有名著者6名(五木寛之、村上龍、山田詠美、吉本ばなな、篠山 紀信、北方謙三)による6冊の書籍を刊行した。 見城徹氏は、新宿ゴー...
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1998
『ダディ』の大量増刷を決断
タレントの郷ひろみが、自らの離婚の理由を出版という形で世の中に公表するために、幻冬舎は『ダディ』としての書籍化と、初版50万部の印刷を決断した。発売前の書籍を大量に印刷...
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2004
ジャスダック証券取引所に株式上場
幻冬舎の創業者である見城徹氏は、ジャズダックへの株式上場を果たした。 上場を行なった理由は、マーケットがどのように価値を評価するかを見たい、活字から派生する新規事業への展開、自らにプレッシャーをかけたい、という意図があったという。 このため、資金調達を意図した株式上場ではなかった。
2010
MBOによる上場廃止を決定
創業者で筆頭株主であった見城徹氏(23%を保有)は、出版不況と株安を総合的に判断して、業績が好調なうちに株式上場を廃止する決断を下した。 2010年の時点で幻冬舎の時価...
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2010
臨時株主総会で上場廃止を決議
幻冬舎は上場廃止のための臨時株主総会を2010年3月15日に実施。たが、議決権もち株式の3/1を保有する立花証券は議決権を行使せず、株主総会を欠席したため、賛成多数によ...
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2022
非上場企業として存続
幻冬舎は見城徹氏が保有する非上場企業として存続している。業績は非開示のため、その経営内容は不明である。
Report

1993 幻冬舎を設立

角川書店の編集部長だった見城徹氏は、同社の最年少取締役に抜擢されるなど、編集者として実績を残していた。その一方で、角川書店の経営が杜撰だった(創業家がコカインを密輸)ことや、自分自身が「腐り始めている」と感じて、周囲の反対を押し切って独立を決意した。

1993年に東京都新宿区に「幻冬舎」を設立し、起業家に転身した。

なお、リスクをとった背景には、見城徹氏のリスク選好な思考がある。1つは、生来、難しいことにチャレンジすることが好きだったこと、もう一つは学生運動の経験による。

前者の実例としては、見城氏は学生時代の受験において、配点が高く難しい問題から挑戦していたという話がある。

後者に関しては、資本主義の疑念があり、大学時代に学生運動に身を投じつつも、周囲の同業が絶命する中(奥平剛士が小銃を乱射して自殺した事件)で、自分の命が惜しいと感じて足を洗った「挫折経験」があった。

このため、命をかけた学生運動に比べて、会社倒産は「リスクではない」と考えており、幻冬舎の経営を「リスクを顧みない」方向に進めていく原動力となった。

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1994 朝日新聞に新聞広告を出稿

幻冬舎は出版事業の急速な立ち上げのために、有名著者6名(五木寛之、村上龍、山田詠美、吉本ばなな、篠山 紀信、北方謙三)による6冊の書籍を刊行した。

見城徹氏は、新宿ゴールデン街などで、長年にわたって文壇や音楽家との関係を構築してきたことから、幻冬舎設立にあたっても、作家を確保することができたと思われる。

同時に、朝日新聞に「文芸元年。歴史はここから始まる」というメッセージの広告を出稿し、出版業界に参入した。会社設立当初は、ヒット作を出すことはもちろん、幻冬舎という会社のブランドが洗練されていくように、広告出稿を意識したという。

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1998 『ダディ』の大量増刷を決断

タレントの郷ひろみが、自らの離婚の理由を出版という形で世の中に公表するために、幻冬舎は『ダディ』としての書籍化と、初版50万部の印刷を決断した。発売前の書籍を大量に印刷することは、出版業界としては異例の決定であった。

見城徹氏は、ダディの発売にあたっては、センセーショナルな内容とともに、印刷部数のインパクトが「広告宣伝」になると判断し、1週間の短期決戦で増刷に臨んだ。

出版後、初速が良好なのを見て、出版3日後に30万部、出版5日後に20万部の増刷を決定し、1週間で累計100万部を印刷して世に送り出した。実売率は93%となり、幻冬舎にとってのドル箱書籍に育つとともに、出版社としての幻冬舎が広く認知されるきっかけとなった。

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2010 MBOによる上場廃止を決定

創業者で筆頭株主であった見城徹氏(23%を保有)は、出版不況と株安を総合的に判断して、業績が好調なうちに株式上場を廃止する決断を下した。

2010年の時点で幻冬舎の時価総額が約50億円に対して、総資産148億円(うち現預金同等物は約37億円)であり、無借金経営だったことから、割安で放置されていた。

MBOの実施に際して、見城徹氏は別会社TKホールディングスを立ち上げて、個人で銀行から約60億円を借り入れることによって、TKホールディングスが幻冬舎の株式を約60億円(当初は1株あたり22万円)ですべて買収することを目論んだ。すなわち、会社の解散価値よりも低い水準での買収を目論んだ。

ところが、既存株主は60億円での買収が「解散価値と比較して安すぎる」として、MBOに不満を表明した。この不満を嗅ぎ取ったある市場関係者は、投資会社「イサベル・リミテッド」を立ち上げて、立花証券を介して信用取引で幻冬舎の株式をTOB価格より1000円高く、市場から買い集めることで、30.6%の保有に成功した。1/3の保有によって、そもそも幻冬舎は「取締役会で上場廃止を決議できない」状況に陥る可能性があり、上場廃止の実現が怪しくなった。

そこで、幻冬舎はMBOにあたって、一株あたりの買取額を従来の220,000円から、248,300円に増額した。2010年に12月29日にTKHDはTOBによって幻冬舎の株式58.17%を保有したものの、イザベルはTOBに応じなかった。

なお、見城徹氏は、TKホールディングスの立ち上げで、みずほ銀行から63億円の借入を実施していたため、上場廃止によって莫大な利子負担を背負う可能性が生じてしまった。

ところが、イザベルは信用取引によって株を取得していたが、権利確定日までに立花証券に現金を支払って株を取得していなかった。このため、2011年2月3日の時点で、幻冬舎の株式を1/3保有するのは立花証券となり、議決権は立花証券が握る形になった。

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2010 臨時株主総会で上場廃止を決議

幻冬舎は上場廃止のための臨時株主総会を2010年3月15日に実施。たが、議決権もち株式の3/1を保有する立花証券は議決権を行使せず、株主総会を欠席したため、賛成多数によって上場廃止が可決された。

イザベルは、幻冬舎がTOB価格を引き上げたことで、1.6億円の利益を確定したと推察される。

幻冬舎による上場廃止に対する、信用取引に起因する議決権の失効という事例は、類例がなく、証券関係者でも議論されるなど、MBOの先駆的な事例になった。

2011年10月に日本証券協会は「信用取引に係る証券会社の保有担保株式の議決権行使の在り方に関する懇談会報告書」を公表している。

売上高の推移

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