日本製鉄3Dのコングロマリットディスカウント批判と社長再任反対キャンペーンへの対峙

2025年進行中

時価総額を超える10兆円の投資と上場子会社の保有は正当化できるか——PBR0.5倍の鉄鋼最大手に向けられた資本規律の問い

時期 2025年6月
意思決定者 今井正・取締役会 社長
論点 コングロマリットディスカウントと資本規律
概要
2025年6月、シンガポールの投資ファンド3Dインベストメント・パートナーズが、日本製鉄のコングロマリットディスカウントと資本規律の欠如を批判するプレゼンテーションを公表し、定時株主総会で今井正社長と森高弘副会長の再任に反対票を投じるよう株主に推奨した。6月24日の総会で両氏は再任されたが、今井社長の賛成率は87.11%と他候補を約10ポイント下回った。3Dは2026年、上場子会社の日鉄ソリューションズへ株主提案を出して圧力を続けており、本稿の時点で決着していない。
背景
日本製鉄のPBRは1倍割れが常態化し、2025年5月末時点で約0.5倍にとどまっていた。3Dは、日鉄ソリューションズなど多くの上場子会社の保有が深刻なコングロマリットディスカウントを招いていると指摘した。USスチール買収の約2兆円に追加投資と脱炭素投資を合わせ10兆円規模と想定される投資計画は、当時の時価総額約3兆円をはるかに超えていた。
内容
3Dは2024年11月から書簡と面談で対話を求めたが、社長・会長との面談は実現しなかった。2025年3月に日鉄ソリューションズ株主への公開書簡で親会社への預け金961億円と利益相反を突き、6月10日にプレゼンテーションを公表して今井社長・森副会長の再任反対を推奨した。日本製鉄は、親子上場は事業シナジーを勘案してケースバイケースで判断すると応じ、体制と方針を変えなかった。
含意
総会は会社側の全議案可決で終わったが、今井社長にだけ反対票が集中した。2026年、3Dは日鉄ソリューションズへ預け金の禁止と開示を求める株主提案を出し、否決されたものの少数株主の約6割が賛成した。親子上場と資本配分の説明責任という論点は、次の総会へ持ち越されている。
筆者の見解

説明の水準を測られる10兆円

このキャンペーンの核心は、USスチール買収の是非そのものではなく、巨額投資を正当化する説明の水準にあるとみることができる。3Dが繰り返し求めたのは、資本コストを上回るリターンの定量的な説明であり、上場子会社については自社がベストオーナーかどうかの検証であった。総会で87%の信任を得たことと、その説明を尽くしたことは、必ずしも同じではない。10名の候補のうち今井社長にだけ反対票が集中した構図には、投資の規模に説明の密度が釣り合っているかを測る市場の視線がうかがえる。

親子上場の是正は、東京証券取引所の市場改革以降、日本の資本市場に共通する論点となっている。NSSOLの総会で少数株主の約6割が3D提案に賛成した事実は、提案が否決されてもなお、親会社と少数株主の利益相反への視線が退かないことを示している。サッポロやセブン&アイの例が示すとおり、否決された提案の論点を経営がのちにみずから実行に移す例は少なくない。10兆円規模の投資を選んだ日本製鉄が、残る上場子会社と政策保有をどう説明し、どう動かすか——コングロマリットディスカウントの解消をだれの手で行うかという問いは、次の総会にも持ち越されている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

PBR0.5倍と上場子会社という重荷

日本製鉄の株価純資産倍率(PBR)は1倍割れが常態化し、2025年5月末時点で約0.5倍にとどまっていた。シンガポールの投資ファンド3Dインベストメント・パートナーズは、この低評価の一因を上場子会社の保有に求めた。日鉄ソリューションズ(NSSOL)や大阪製鐵、黒崎播磨などの上場子会社を除いた事業の価値はEV/EBITDAで3倍前後と、5〜6倍で評価される内外の競合を大きく下回る——複数の上場子会社を抱える複合体ゆえに全体の評価が割り引かれる、コングロマリットディスカウントの典型と3Dは断じた[1]

日本製鉄も、資本効率への視線を無視していたわけではなかった。2024年11月の決算説明会では、韓国POSCO株の売却により連結ベースの実質的な政策保有株残高を7,000億円規模から5,000億円規模へ圧縮する見通しを示し、USスチール買収を見据えた財務体質の健全化を説明していた。2025年5月には、政策保有株の8割以上が売却済みで大量に残っている状況ではないと述べるまでに至る。それでも、上場子会社という親子上場の構図そのものには手を付けておらず、そこが物言う株主の突く余地として残っていた[2][3]

時価総額3兆円と10兆円の投資計画

3Dが問題にしたのは、この低評価のまま巨額投資へ突き進む資本規律であった。2023年12月に発表したUSスチール買収は約2兆円。2025年5月には買収後に約2兆円規模の追加投資を計画していると報じられ、従来4〜5兆円としてきた脱炭素投資の拡大見込みも合わせると、想定される投資は10兆円規模に達する。当時の時価総額約3兆円をはるかに超える規模であり、3Dは、資本コストを上回る投資対効果の定量的な説明がないまま実行すれば、不可逆的な企業価値毀損を招きかねないと主張した[4][5]

3Dによれば、公開攻勢は突然のものではなかった。2024年11月にコングロマリットディスカウントの存在を指摘する書簡を取締役会へ送り、会長・社長との面談を求めたが、2025年2月に面談は断られた。3月には社外取締役との面談を要請したものの設定されず、5月にはNSSOLのマーケットチェック(売却可能性の検証)か、USスチール買収を株主総会に付議して株主の信認を得ることを要望したが、前者には明確な回答がなく、後者は拒絶されたとする。対話の閉塞が、議決権行使の勧誘という次の一手につながった[6]

決断

子会社への書簡から再任反対推奨へ

公開キャンペーンの先陣は、まず上場子会社に向いた。2025年3月31日、3DはNSSOL株式の9.4%を保有する株主として、同社の株主に宛てた書簡と提言資料を公表した。純資産の4割にあたる961億円を金利0.2%という資本コストを下回る条件で親会社側へ預け入れ、親会社案件の価格条件が収益性を下げているなど、親会社と少数株主の利益相反でNSSOLの企業価値が毀損されていると指摘し、日本製鉄からの独立性確保とガバナンス整備を求めた。NSSOLは、誤解や事実誤認を含むと反論した[7][8]

2025年6月10日、3Dは矛先を親会社本体へ向けた。「日本製鉄の企業価値最大化に向けて」と題する33ページの資料を公表し、6月24日の定時株主総会で今井正社長と森高弘副会長の再任に反対票を投じるよう株主に推奨した。資本規律・資本配分への懸念を放置し、株主への説明責任を果たさない責任は社長にあり、財務・IR担当の森氏はその説明責任を放棄している、という理由であった。買収の中止要求や自前の取締役候補の擁立ではなく、経営トップの信任だけを問う形に絞った点に、このキャンペーンの特徴があった[9][10]

裁量を手放さない会社側の応答

上場子会社を突くアクティビストは3Dだけではなかった。国内のストラテジックキャピタルは2025年4月、上場子会社の経営計画の妥当性を取締役会で年1回以上審議することなどを定款に定める株主提案を日本製鉄へ提出した。取締役会は5月16日、上場子会社管理に関する審議・開示といった事項を定款で一律かつ固定的に定めることは不適切であるとして反対を表明した。個別の資本政策は取締役会がその都度判断するとして、裁量を手放さなかった[11][12]

親子上場そのものへの考え方は、2025年5月9日の決算説明会でアナリストから質された。経営側は、親子上場という点だけを理由に資本政策を急ぐのではなく、親子会社間の事業シナジーや連携効果を勘案して総合的に判断すべきであるとし、グループ会社株式の売却や山陽特殊製鋼の完全子会社化を例に、会社ごとのケースバイケースで見直すと答えた。ベストオーナーかどうかの定量的な検証を求める3Dと、シナジーの総合判断を語る会社側の議論はかみ合わないまま、総会の日を迎えた[13]

結果

総会の帰結——全議案可決と反対票の集中

2025年6月24日の第101回定時株主総会は、会社側の全議案可決で終わった。取締役選任議案は10名全員が可決され、今井社長の賛成率は87.11%、森副会長は97.25%、橋本英二会長は94.01%であった。ストラテジックキャピタルの株主提案3件はいずれも否決され、子会社管理に係る定款変更を求めた第4号議案は反対86.19%で退けられた。総会の6日前にはUSスチールの完全子会社化が完了しており、3Dが信認を問うた買収は、既成事実の上で採決を迎えた形であった[14]

ただし、数字は無風を意味しなかった。今井社長の賛成率87.11%は、97%前後で並んだ他の社内取締役候補を約10ポイント下回り、88万個を超える反対票が集中した。議決権の1割超が3Dの勧誘に同調した計算であり、資本配分の説明責任という論点が一部の機関投資家に届いていたことを示している。一方のUSスチール買収は、6月18日に約141億ドルの払い込みを終えて完了し、米国政府に黄金株を発行する国家安全保障協定も結ばれていた。買収完遂という成果と資本規律への疑義が、同じ総会に併存していた[15][16]

子会社戦線への移行と続く圧力

キャンペーンは総会で終わらず、戦線は上場子会社へ移った。3Dは2026年5月、保有比率を10.1%へ高めたNSSOLに対し、日本製鉄グループへの預け金の禁止と、取引条件や合理性の判断根拠の開示を求める株主提案を提出した。NSSOLは、純資産の4割をグループのキャッシュ・マネジメント・システムに預け入れている状態を資本効率の面から突かれながらも反対を表明し、2026年6月19日の株主総会で提案はいずれも否決された[17][18]

もっとも、否決の内訳は会社側に安穏を許さないものであった。3Dの集計によれば、親会社を除く少数株主ベースの賛成率は、預け金の禁止を求める議案で59.8%、開示を求める議案で60.9%に達した。3Dは6月30日、この結果を踏まえてNSSOLの社外取締役との面談を要請する公開書簡を発出した。ストラテジックキャピタルも2026年の日本製鉄の総会へ上場子会社対応の提案を再び出し、会社側は反対している。コングロマリットディスカウントをめぐる攻防は、本稿の時点(2026年7月)で決着していない[19][20]

出典・参考

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