武田豊

日本製鉄・元取締役社長

Takeda Yutaka(敬称略)

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社長就任 1981年6月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1914年に生まれ、1939年に東京帝国大学法学部を出て富士製鐵へ入った。1965年5月に取締役、1970年3月に専務取締役へ進み、同月の八幡製鐵との合併で新日本製鐵の専務取締役となった。1977年6月に取締役副社長に就任している。八幡製鐵の系統ではなく、富士製鐵で役員まで上がった生え抜きである。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1977年版の役員欄では、社長の斎藤英四郎氏の下に副社長が10人並び、武田氏はその筆頭に載る。10人のうち富士製鐵出身は武田氏・大内俊司氏・原田鼎氏・田部三郎氏・豊田茂氏の5人で、八幡製鐵出身の5人と拮抗していた。1979年版でも副社長として名が残り、1981年6月に斎藤氏の後任として社長へ就任した。田坂輝敬氏以降、社長は富士製鐵出身と八幡製鐵出身が入れ替わりで務めていたとみられる。

在任中の主な施策
施策

就任年度の1982年3月期は売上高3兆1022億円・当期純利益560億円で、前年度の3兆1126億円・710億円から減った。円高と鋼材需要の減少で1984年3月期は売上高2兆6597億円・当期純利益39億円まで下がり、1987年に第4次合理化と多角化へ踏み切った。1985年3月期は売上高2兆8600億円・当期純利益415億円。1987年6月に取締役会長へ退き、斎藤裕氏へ社長を渡した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1939〜1987年
在任中の業績
就任前(FY80)31,126億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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