平井富三郎

日本製鉄・元取締役社長

Hirai Tomisaburo(敬称略)

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社長就任 1973年5月
生年月日 1906年1月1日
学歴 東京帝国大学法学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1906年に東京で生まれ、1931年に東京帝国大学法学部を出て商工省へ入った。1947年に石炭庁管理局長、1952年に経済審議庁次長、1953年に通商産業事務次官を務め、1956年に八幡製鐵へ参与兼八幡製鉄所管理局長として移った。同年に取締役、1958年に常務取締役兼八幡製鉄所副所長、1962年5月に専務取締役へ進んでいる。役所で鉄鋼行政に関わったのち、製鉄所を預かる役員として上がった経路である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1967年5月に八幡製鐵の代表取締役副社長となり、1970年3月の合併後も新日本製鐵の代表取締役副社長を務めた。1973年5月、稲山嘉寛氏の代表取締役会長就任を受けて代表取締役社長に就任した。同じ1973年版の役員欄には、富士製鐵で1962年5月から代表取締役副社長を続ける田坂輝敬氏が代表取締役として並ぶ。合併3年目の社長交代は、八幡製鐵側から先に出す人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

就任年度の1974年3月期は売上高1兆8558億円・経常利益1316億円で、前年度の1兆4187億円・601億円から倍増した。石油危機のあとは伸びが止まり、1975年3月期の経常利益は680億円、退任年度の1976年3月期は売上高2兆1011億円に対し当期純利益145億円まで下がっている。1976年6月、富士製鐵出身の田坂輝敬氏へ社長を渡した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1906〜1976年
在任中の業績
就任前(FY72)14,187億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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