歴代社長日本鋼管CEO/社長/会長など、経営トップの一覧歴代社長日本鋼管半明正之2002年就任下垣内洋一1997年就任三好俊吉1992年就任山城彬成1985年就任金尾実1980年就任槇田久生1971年就任河田重1947年就任浅野良三1942年就任大川平三郎1921年就任白石元治郎1912年就任下垣内洋一1997年就任社長(当時)三好俊吉1992年就任社長(当時)山城彬成1985年就任社長(当時)金尾実1980年就任代表取締役社長(当時)槇田久生1971年就任取締役社長(当時)河田重1947年就任取締役社長(当時)浅野良三1942年就任社長(当時)大川平三郎1921年就任社長(当時)白石元治郎1912年就任社長(当時)在任期間12名歴代社長 | 在任期間社長注:退任年は推定含む1912年2002年上場1916年1912年〜白石元治郎退任社長社長社長1921年〜大川平三郎退任社長社長1942年〜浅野良三退任社長社長1946年〜渡辺政人退任社長社長1947年〜河田重退任取締役社長取締役社長1963年〜赤坂武退任代表取締役社長代表取締役社長1971年〜槇田久生退任取締役社長取締役社長1980年〜金尾実退任代表取締役社長代表取締役社長1985年〜山城彬成退任社長社長1992年〜三好俊吉退任社長社長1997年〜下垣内洋一退任社長社長2002年〜半明正之退任代表取締役社長代表取締役社長創業社長の関係創業1912年、浅野総一郎氏の女婿である白石元治郎氏が、継目無鋼管の国産を掲げて日本鋼管を設立した。白石元治郎氏は創立から1921年までと1937年から1942年までの2度社長を務め、会長に退いた。減資を重ねた整理期の15年は創立時の取締役である大川平三郎氏を社長に迎え、自らは副社長として実務を握っている。社長登用の傾向登用1980年以降の社長5人のうち、経歴を確認できた4人はいずれも新卒入社のプロパーである。管理・財務・営業の事務系が続き、1992年の三好俊吉氏が技術畑から出た初の社長となった。戦後最初の3代である渡辺政人氏・河田重氏・赤坂武氏も、創業者の白石元治郎氏がみずから採用した社員だった。社長任期の傾向任期最長は公職追放で首脳が退いた1947年に急遽就いた河田重氏の16年で、水江製鉄所の新設から福山製鉄所の建設決定までを率いた。以後は赤坂武氏の8年、槇田久生氏の9年と10年弱の任期が続く。直近3代は三好俊吉氏の5年、下垣内洋一氏の5年弱、2002年2月に就いた半明正之氏の上場最後の7か月である。現在の体制への含意含意2026年11月執筆予定在任実績13名歴代社長の在任期間 | 主な意思決定氏名社長在任期間出自役職在任中の決断白石元治郎1912〜1921年創業家社長1912年横浜で継目無鋼管専業創業大川平三郎1921〜1936年外部出身社長白石元治郎1937〜1942年創業家社長浅野良三1942〜1946年—社長渡辺政人1946〜1947年—社長河田重1947〜1963年生え抜き取締役社長1962年福山に総合製鉄所建設赤坂武1963〜1971年—代表取締役社長槇田久生1971〜1980年生え抜き取締役社長金尾実1980〜1985年生え抜き代表取締役社長山城彬成1985〜1992年生え抜き社長三好俊吉1992〜1997年生え抜き社長下垣内洋一1997〜2002年生え抜き社長1998年トーア・スチールを清算半明正之2002〜2002年—代表取締役社長2002年〜半明正之社長1997年〜下垣内洋一社長1992年〜三好俊吉社長1985年〜山城彬成社長1980年〜金尾実社長1971年〜槇田久生社長1963年〜赤坂武社長1947年〜河田重社長1946年〜渡辺政人社長1942年〜浅野良三社長1921年〜大川平三郎社長1912年〜白石元治郎社長