| 時代 | 年月 | 社長・CEO | 出来事 | 重要度 |
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| 1977〜1986年技術誌の編集者3人が興した会社とパソコン産業の草創期(1977〜1986) | 西和彦氏ら3名がアスキー出版を設立 | ★★★ | ||
| パソコン統一規格「MSX」の提唱と国産メーカーの結集 1983年6月、アスキーは各社ばらばらだった国内のパソコン仕様を統一する規格として『MSX』を提唱し、松下電器産業をはじめとする国産メーカーを結集させた。提唱者の西和彦氏はまだ20代後半だった。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 日本初のパソコン通信網「アスキーネット」を開始 | ★★ | |||
| マイクロソフトとの極東総代理店契約を解消 | ★★ | |||
| 1987〜1991年株式公開で得た資金と、拡大路線をめぐる創業者の訣別(1987〜1991) | 西和彦氏が社長に就任 | ★★ | ||
| 川崎に研究開発拠点用地2,000坪を12億円で取得 | ★ | |||
| 株式を店頭公開 | ★ | |||
| 映画・地域開発を含む拡大路線の採用と、創業メンバー2名の退任 1991年7月1日の臨時役員会で、アスキーは映画などマルチメディアへ積極的に投資する拡大路線と、本業の出版・ソフトに投資を絞る堅実路線のどちらを取るかを採決した。西和彦社長の拡大路線案が通り、対案を出した郡司明郎氏と塚本慶一郎氏は退任した。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 転換社債の発行停止に伴い銀行団の協調融資を受け実質的な管理下に | ★★ | |||
| マイクロソフトと和解 | ★ | |||
| 経営体制をめぐる対立により役員が大量に退社 | ★★ | |||
| 事業単位ごとに権限を委ねるカンパニー制を導入 | ★ | |||
| 創立20周年記念事業として一般誌『週刊アスキー』を創刊 | ★★ | |||
| 債務超過の責任を負い西和彦氏が社長を退任 | ★★ | |||
| 借入金のうち200億円を無担保転換社債へ振り替え | ★ | |||
| CSKグループからの95億円の第三者割当増資の受け入れ 1997年12月24日のトップ会談を経て、アスキーは1998年1月に95億円の第三者割当増資をCSK側に引き受けてもらった。CSKとセガ、大川功会長が株式の45%を握り、アスキーはCSKグループに入った。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 特別損失455億円を計上し132億円の債務超過に転落 | ★★ | |||
| 西和彦氏が取締役を退任し特別顧問に就任 | ★★ | |||
| ユニゾン・キャピタルへの経営権譲渡で基本合意 | ★★ | |||
| 90パーセント減資とユニゾン・キャピタルへの第三者割当増資により上場廃止 | ★★★ |
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事実根拠:出所(アスキー)