アスキーの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

会社の資金の行き先を、最後まで創業者ひとりが決めた。1983年6月、アスキーはパソコンの統一規格「MSX」を提唱した。マイクロソフトのBASICを載せた共通仕様で機種ごとの分断を解こうとしたが、代理店として稼ぐ場所へ自らの規格を立てたことが開発元の不満を招き、1986年3月に極東総代理店契約は解消された。1989年の株式店頭公開で西氏は、2000年までに東証一部へ上場して売上高1,120億円とし、うち400億円から500億円を新規事業で得ると掲げている。1991年7月の臨時役員会は本業に絞る案と映画・地域開発へ広げる案を採決に掛け、西氏の拡大路線が通って創業メンバー2名が退任した。態度未定の役員を個別に説得して通した路線が、翌1992年の転換社債の発行停止と銀行団の管理下入りへ行き着いた。

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