TBSホールディングス楽天による経営統合提案の拒否と、認定放送持株会社への移行

事業で下から積み上げるか、株を買って上から来るか——楽天の統合提案に東京放送はどう応じたか

時期 2008年12月
意思決定者(推定) 井上弘 社長
論点 支配権の防衛と資本構造の組み替え
概要
2005年から2009年にかけて、東京放送(現TBSホールディングス)は、楽天が掲げた「ネットと放送の融合」による経営統合提案を退けた。業務提携協議を空転させたまま、2008年12月の臨時株主総会で放送法上の認定放送持株会社への移行を可決し、一株主が33%を超えて株式を保有できない制度によって、楽天が支配権を握る道をふさいだ。井上弘社長のもとで進めた支配権防衛であった。
背景
2005年、ネットベンチャーが高い時価総額を背景に既存企業へ買収攻勢をかける時期にあたり、楽天が東京放送株を買い集めて経営統合を提案した。放送とインターネットの融合をめぐる主導権争いのなかで、放送局が資本の論理でネット企業に取り込まれることが現実味を帯びた。
内容
東京放送は、楽天が保有株を手放すことを提携の前提だと主張し、具体的な業務提携には応じなかった。楽天の買い増しと株主提案には買収防衛策と安定株主で応じ、最終的に認定放送持株会社へ移行して、33%を超える保有そのものを制度で封じた。2009年4月に東京放送ホールディングスへ商号を改め、TBSテレビへ放送事業を吸収分割した。
含意
楽天は約1,200億円を投じたが経営権を握れず、放送事業の不振による株価下落で含み損は約650億円に達した。東京放送は支配権を守った一方、攻防が続いた期の連結純利益は17億円まで落ち込み、翌期は最終赤字に沈んだ。制度で身を守ることと、事業で価値を生むことは別の課題として残った。
筆者の見解

制度で守るということ

この一件を、ネットに乗り遅れた保守的なテレビ局が敵対的買収を撥ね返した話と読むと、事の芯を取り逃がす。東京放送は最後まで、楽天の統合提案を事業の論理で拒んだ。井上弘社長の「事業で下から積み上げたい/株を買って上から来ようとする」という対比は、放送は積み重ねで築くものだという事業観の表明であった。ところが決着をつけたのは事業ではなく、認定放送持株会社という放送法の制度であった。一株主の保有を33%で頭打ちにする仕組みが、1,200億円を投じた楽天の道をふさいだ。事業で語り、制度で守ったところに、この防衛の性格が凝縮されているとみられる。

もっとも、支配権を守ったことと、楽天が突きつけた問いに答えたこととは別である。「ネットと放送の融合」をどう自らの事業へ取り込むかという問いに、東京放送が事業の側から答えを出したわけではない。攻防が終わった2009年3月期の連結純利益は17億円まで落ち、翌期は最終赤字に沈んだ。制度で囲い込んだ支配権の内側で、地上波広告に頼る本業の稼ぐ力はすでに細っていた。守りきった代償は、成長の道筋を自ら描き直すという課題として残ったといえる。赤坂サカスの賃料収入という次の柱の芽は、その課題への最初の答えであった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

ネットマネーの放送局買収と、楽天の株式取得

2005年10月、楽天が東京放送の株を買い集め、「ネットと放送の融合」を掲げて経営統合を提案した。ライブドアがニッポン放送株を取得した直後にあたり、ネットベンチャーが高い時価総額を背景に既存企業へ買収攻勢をかけていた時期にあたる。連結売上高3,000億円規模の在京キー局に、時価総額で上回るネット企業が資本の論理で迫った。東京放送は猛反発し、銀行の仲介で楽天が議決権を凍結する代わりに業務提携の協議に応じることで、いったん休戦した[1][2]

相容れない二つの論理

両社の考え方は最初から噛み合わなかった。井上弘社長は、三木谷浩史社長との出会いから現在までを20分にわたって回想したうえで、「われわれは事業で実績を作って下から積み上げたい。三木谷さんは株を買って上から来ようとする」と述べ、アプローチの違いを強調した。筆頭株主として乗り込まれて以来、東京放送は、楽天が保有株を手放すことを事業提携の大前提だと主張し続けた。放送は事業の積み重ねで築くものだという構えであった[3]

一方の楽天にも筋は通っていた。三木谷浩史社長は「株は市場性があるもの。どうして買ってはいけないのかよくわからない」と述べ、株式取得の自由を正論として掲げた。楽天は保有株を手放そうとはせず、東京放送が求める提携の前提は満たされない。互いの申し入れがないかぎり協議期間を毎月自動延長するという取り決めだけが交わされ、1年半にわたって業務提携は何も決まらなかった。二つの論理は、対話の形を保ったまま平行線をたどった[4]

決断

議決権争奪戦と、買収防衛策による時間稼ぎ

議決権凍結の期限が切れた2007年4月、楽天は株の買い増しを再開し、三木谷浩史社長のほかカルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長らの社外取締役選任を求める株主提案に踏み込んだ。東京放送はこれを敵対的な動きとみて新たな買収防衛策を発表し、警戒レベルを一気に引き上げる。役員それぞれが大株主へじきじきに連絡を取り、幹部は「安定株主は6割近くある。株主提案をやっても無駄ですよ」と余裕を見せた。外部有識者による企業価値評価特別委員会も立て、正面からの防戦の構えを取った[5][6]

そもそも楽天が資金の力で押し切るには限界があった。当面の目標である20%超へ保有比率を引き上げて持分法適用会社にしても、経営権を握れるわけではない。重要事項への拒否権を持つには3分の1超の保有が必要で、そこへ届くにはさらに約1,000億円、過半数には約2,500億円超という追加資金が要る。すでに1,000億円以上を寝かせた楽天の財務では、その資金を市場から調達するのは難しくなっていた。買収防衛策は、この資金の壁を突く前に楽天を足止めする時間稼ぎでもあった[7]

制度による防衛——認定放送持株会社化

東京放送が最後に打った手は、個別の防衛策ではなく制度そのものであった。2008年12月17日、臨時株主総会を開き、2009年4月の放送法上の認定放送持株会社への移行を賛成多数で可決する。放送法は、認定放送持株会社に対して一株主が33%を超えて株式を保有することを認めていない。この移行によって、楽天が過半数を取得して支配権を握る道は、法制度の側から閉ざされた。買収防衛策で買い増しにタガをはめたうえに、法的にも買い増しを阻む仕組みへとつなげた形であった[8]

この持株会社化は楽天を想定した買収防衛策の色が濃く、楽天は当然に反対した。総会に出席した高山健取締役は「株式の保有制限を認める持ち株会社化は、上場会社としておかしい」と主張したが、賛成多数の前に覆らなかった。2009年4月、東京放送は認定放送持株会社となって商号を東京放送ホールディングスへ改め、同時にTBSテレビへ放送事業を吸収分割する。放送免許を持つ事業会社と、資本を配分する持株会社への分離が、支配権防衛と一体で完成した[9][10]

結果

楽天の撤退と、約650億円の含み損

制度の壁を前に、楽天のTBS買収は行き止まりに至った。楽天がTBS株に投じた金額は約1,200億円、1株あたり3,095円である。ところが東京放送は中核の放送事業が不振で業績が悪化し、株価は1,300円前後まで下がって、含み損は約650億円に達した。「ネットと放送の融合」を掲げた提携交渉も、2007年春以降は完全に断絶し、取っかかりすら失われていた。持株会社化に反対した楽天は株の買い取りを請求できたものの、投資を回収できる価格は望むべくもなかった[11]

攻防そのものにも、3年という歳月が費やされた。当時の楽天の売上高に匹敵する金額を投じた賭けは、経営権も業務提携も得られないまま厳しい結末を迎える。TBS株の評価損によって、楽天は2008年12月期に最終赤字へ転落するおそれさえ抱えた。ネット企業が資本の力でテレビ局を取り込もうとする試みは、放送の免許制度と、それを盾に取った相手の抵抗の前に成立しなかった。買収する側から見れば、時間と資金の双方を失った消耗戦であった[12]

守った支配権と、細っていた本業

東京放送は支配権を守り抜いた。ただ、その支配権の内側で放送本業の収益力は弱っていた。攻防が続いた2009年3月期の連結経常利益は200億円、親会社株主に帰属する当期純利益は17億円で、前期の190億円から大きく落ち込んでいる。翌2010年3月期には経常利益が39億円まで沈み、最終損益は23億円の赤字に転じた。楽天を退けた達成の裏で、地上波広告に頼る事業モデルそのものが軋み始めていたことは、数字に表れていた[13]

もっとも、この攻防のさなかに東京放送は放送外の柱も立てていた。2008年2月、赤坂再開発工事が終わって複合施設「赤坂サカス」が営業を始める。本社周辺の土地を商業・オフィスの集積へ変え、放送収入に依存しない賃料収入を生む資産に育てる試みであった。楽天対策として制度で守りを固める一方、収益源を放送の外へ広げる備えを同じ時期に進めていた。支配権の防衛と事業構造の組み替えは、この時期に表裏の関係にあったといえる[14]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2007年5月12日号「スペシャルリポート01 攻防戦は第2幕に突入 攻め上がる楽天 籠城のTBS」
  • 週刊東洋経済 2008年12月27日号「NEWS TOP4 放送TBS買収に終止符 楽天のさらなる誤算」
  • 東京放送 有価証券報告書(2005年3月期・連結)
  • 東京放送ホールディングス 有価証券報告書(2009年3月期・2010年3月期・連結)
  • 東京放送ホールディングス 有価証券報告書【沿革】

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