エフィッシモによる公開買付けの実施と支配的株主への台頭

純投資を掲げた物言う株主のTOBに、サンケン電気はなぜ「中立」で応じたか

更新:

時期 2021年2月
意思決定者 和田節 社長
論点 資本政策と支配権
概要
2021年2月9日、旧村上ファンド系の投資会社エフィッシモ・キャピタル・マネージメントが、サンケン電気株の保有比率を約10%から最大30%へ引き上げるとして公開買付け(TOB)を開始した。買付価格は1株5,205円、最大251億円の枠であった。サンケン電気は2月24日に賛否を示さない「中立」の立場を表明し、TOBは目標に届かないまま成立して、エフィッシモの保有比率は19.16%へ上がった。
背景
エフィッシモは2017年11月からサンケン電気株の取得を続け、純投資を掲げて筆頭株主級の持分を積み上げていた。サンケン電気はパワー半導体を主力としながら、2021年3月期に連結営業損益が赤字へ転じるなど収益が低迷し、エフィッシモは株価が企業価値に比べ割安であることを追加取得の理由に挙げていた。
内容
買付期間は2月9日から3月24日で、買付予定数の上限は483万4,343株。前日終値4,445円に約17%を上乗せした価格で、エフィッシモは経営への関与を目的としない純投資と説明した。サンケン電気は特別委員会での検討を経て、価格の妥当性は株主各自の判断に委ねるとして中立を選んだ。
含意
会社の賛同を前提としない投資ファンドのTOBが日本で成立した数少ない例となった。TOB後もエフィッシモは買い増しを続け、2024年秋には保有比率が28.65%へ達し、保有目的にも重要提案行為を加えた。純投資として始まった持分は、実質的な支配的株主の地位へと形を変えていった。
筆者の見解

中立という選択がのちに問うもの

この一件の核心は、会社の賛同を取りつけないTOBが、対象会社の中立という態度に支えられて成立した点にある。買付価格にプレミアムが乗り、買付者が経営関与を否定していた状況で、賛否を明示すれば株主の利益を狭めかねない——サンケン電気が中立を選んだ判断には、そうした慎重さがうかがえる。ただ、中立は防衛でも歓迎でもない以上、大株主の持分がどこまで膨らむかを会社が制御する手立てを、みずから手放す側面もあった。純投資という説明を額面どおり受け取るかどうかを、会社は株主に委ねたことになる。

TOB後の買い増しと保有目的の書き換えは、純投資という建前がいつまで純投資であり続けるのかという問いを残した。約10%で始まった関与が3割近くへ達し、経営への助言や重要提案を視野に入れる段階に至ったとき、会社と大株主の関係は資本の論理だけでは測れない緊張をはらむ。物言う株主のTOBに中立で応じるという選択が、経営の自由度をどこまで保ったのかは、今後のサンケン電気の統治のあり方のなかで、あらためて問われていくとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

静かに積み上がった筆頭株主級の持分

エフィッシモ・キャピタル・マネージメントは、旧村上ファンドの出身者がシンガポールで設立した投資会社である。東芝の筆頭株主として企業統治に関与するなど、日本の上場企業へ大株主として働きかけてきた経緯を持つ。サンケン電気に対しては2017年11月から株式の取得を始め、市場で少しずつ買い進めて、約10%の議決権を握る筆頭株主級の位置につけていた。表向きに掲げたのは経営への影響を目的としない純投資であった[1]

エフィッシモが持分を積み上げた相手は、パワー半導体を主力とする老舗の半導体メーカーであった。サンケン電気は自動車や産業機器向けの電力制御素子に強みを持つ一方、米国子会社アレグロを傘下に抱えるなど連結構造が複雑で、市場が評価しづらい会社でもあった。こうした事業の中身と株価との開きが、割安を狙う投資会社にとって取得を続ける動機になっていた[2]

収益低迷という間隙

TOBが持ち上がった2021年3月期のサンケン電気は、業績が落ち込んでいた。連結売上高は1,568億円と前期から縮み、営業損益は12億円の赤字、親会社株主に帰属する当期損益は70億円の損失となった。半導体市況の変動と構造的な収益力の弱さが重なり、株価も伸び悩んでいた。会社の実力と市場評価の隔たりが広がった時期は、割安を主張する大株主が動く間隙となっていた[3]

決断

最大30%を狙う公開買付け

2021年2月9日、エフィッシモはサンケン電気株のTOBを開始した。買付価格は1株5,205円で、前日終値4,445円に約17%を上乗せした水準である。買付期間を2月9日から3月24日までとし、買付予定数の上限を483万4,343株、投じる資金の枠を最大251億円と定めた。狙いは、約10%であった保有比率を最大30%まで引き上げることであった。市場で買い集めるのではなくTOBという公然の手段を選んだ点に、この一件の性格が表れていた[4]

エフィッシモはこのTOBについても、経営に影響を及ぼすことを目的としない純投資と説明した。買収による支配や経営陣の刷新をうたわず、割安な株式の積み増しという建前を崩さなかった点は、日本で敵対的とみなされてきたTOBとは色合いが異なる。もっとも、会社の賛同を前もって取りつけないまま持分を3割近くへ高める構図には、純投資という言葉だけでは片づかない重さがあった[5]

会社が選んだ「中立」

TOBを受けたサンケン電気は、2021年2月24日に意見を表明した。賛成でも反対でもない「中立」を選び、価格の妥当性を含めて応募するか否かは株主各自の判断に委ねるとした。買付価格に一定のプレミアムが乗り、買付者が経営関与を否定していた事情のもとで、会社は防衛策を講じるでも歓迎するでもない態度をとった。物言う株主のTOBに正面から賛否を示さないこの選択は、後の展開を左右する分岐となっていた[6]

結果

目標に届かず、それでも成立

3月24日に締め切られたTOBには、上限に見合うだけの応募は集まらなかった。エフィッシモの保有比率は9.58%から19.16%へ上がったものの、掲げた最大30%には届かなかった。それでも下限を設けていなかったため、応募された株式は買い付けられ、TOB自体は成立した。会社の推薦を得ないまま投資ファンドのTOBが日本で成立した数少ない例であり、掲げた3割には届かないという中途半端さも含めて、この一件の特異さを示していた[7]

純投資から支配的株主へ

TOBの後もエフィッシモの買い集めは止まらなかった。2024年の夏から秋にかけて市場での取得を重ね、9月には保有比率を28.65%へと押し上げた。3分の1に迫る持分は、株主総会の特別決議を単独で左右し得る水準に近い。純投資として積み上げられたはずの株式は、会社の帰趨を握る支配的な株主の地位へと近づいていった[8]

保有目的の記述も、当初の純投資から書き換わっていた。2024年の大量保有報告書では、保有目的を「投資及び状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為を行うこと」と記し、経営への関与に踏み込む可能性を明示した。TOBの時点で崩さなかった純投資の建前は、支配的な持分を握った段階で、経営に注文をつける物言う株主の立場へと接続していった[9]

出典・参考