サンケン電気 の歴史

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創業 1946年
創業者 小谷銕治
創業地 埼玉県志紀町
創業
1946年9月、小谷銕治氏が埼玉県志紀町に資本金15万円で東邦産研電気株式会社を設立した。1937年に東邦電力社長の松永安左ヱ門が創立50周年記念事業として設けた財団法人東邦産業研究所の半導体研究室が前身で、終戦で研究所が解散したさい、主任だった小谷氏が製造法と設備と研究員を引き継いだ。創立宣言には半導体工業に専念するという一項が掲げられている。セレン整流器から始めた製品は、1952〜53年に他社がゲルマニウムへ移るなかでシリコンへ先回りし、1958年に国産初の拡散型シリコン整流素子を完成させた。1961年10月に東京証券取引所市場第二部へ上場し、翌1962年6月に商号をサンケン電気へ変更している。
決断
本体より大きくなった子会社を、34年目に連結から外した。1990年12月、米スプレーグ・テクノロジーズの半導体部門を買収してマサチューセッツ州にAllegro MicroSystemsを設立し、車載用の磁気センサとパワーICの技術と北米の顧客を取り込んだ。Allegroは連結売上高の約4割を占め、2020年10月のNASDAQ上場では子会社の時価総額が親会社の4〜5倍に達する。2021年2月にはエフィッシモが公開買付けで持分を19.16%まで積み増し、その比率は2024年秋に28.65%へ上がった。同じ2021年5月に社会システム事業をGSユアサへ譲渡し、2024年8月にはAllegroを持分法適用関連会社とした。売却代金約1,370億円は、中期経営計画SK-26の遂行と有利子負債の削減、株主還元に充てられた。
現況
売上が3分の1になった後も、営業損益は赤字のままである。2026年3月期の連結売上高は802億円、営業損失47億円、純損失98億円で、報告セグメントは半導体デバイス事業ひとつになった。Allegroを外した最初の期にあたる2025年3月期の内訳は、製品別がパワーモジュール549億円・パワーデバイス484億円・センサー他183億円、市場別が自動車556億円・白物家電480億円で、地域別では日本325億円に対しアジアが770億円と63%を占める。2023年5月に新潟県柏崎市へ新潟サンケンを設立し、同年12月には韓国のEKを買収した。Allegroが抜けた売上を新潟と韓国で作るxEV向けパワーモジュールが埋められるかに、収益の回復がかかる。
競合
同業が本体へ投資を積んだ30年、サンケンの収益は米国子会社が出した。富士電機は2010年にパワー半導体とパワーエレクトロニクスへ投資を集中し、本体の生産設備でパワー半導体を伸ばした。サンケン電気は同じ時期、連結売上高の8割を半導体デバイス事業が占めながら、その中核は米国Allegroの車載センサにあり、本体側は白物家電向けのインバータ用パワーデバイスが主力だった。国内では2020年9月にSTマイクロエレクトロニクスと提携してSiCパワーデバイスの共同開発に入り、2021年9月にものづくり開発センターを稼働させ、2023年5月に新潟サンケンを設立している。買収で得た顧客を持分ごと連結から外した2024年、本体の量産拠点は稼働を始めたばかりで、連結の営業損益は赤字へ転じた。
サンケン電気:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2002年3月期2026年3月期

創業ストーリー 戦後復興期の半導体黎明と東邦産研の系譜を継ぐ独立 (1937年〜)

東邦電力の研究機関から独立した整流器メーカーへの転換

1937年10月、東邦電力創立50周年記念事業として[1]、当時の社長松永安左ヱ門により財団法人東邦産業研究所が設立された。[2]研究所の半導体研究室ではセレン整流器の試作研究が始まり、戦時下には軍の指定研究機関として試作品を納入した実績も残した。[3]終戦により研究所は1946年に解散へ向かったが、半導体研究室主任で工学博士の小谷銕治が技術者と設備を引き継ぐ判断を下し、同年9月に東邦産研電気株式会社が埼玉県志紀町で設立された。[4]資本金は15万円という小さな船出で、社名は前身の研究機関名をそのまま引き継ぎ、技術の連続性を社外にも示す意味合いを持った。創立宣言には『吾等は半導体工業に専念し吾国産業の発展に寄与する』[引用元]という一項が掲げられ[5]、研究所由来の技術者集団が半導体一筋に進む初志が刻まれた。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1937年10月 東邦電力創立50周年記念事業として財団法人東邦産業研究所が設立され、セレン整流器の試作研究を開始
    • [2]東邦産業研究所設立を主導したのは東邦電力社長の松永安左ヱ門
    • [4]1946年9月 東邦産研電気株式会社を埼玉県志紀町で設立(研究所解散後に半導体製造法・設備・研究員を継承)
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [3]東邦産業研究所の半導体研究室は戦時中に軍の指定研究機関となり試作品を納入した実績がある
    • [5]創立宣言に「吾等は半導体工業に専念し吾国産業の発展に寄与する」の一項

戦後復興期の電気機器需要にあわせ、東邦産研電気はセレン整流器を主力商品として事業を立ち上げた。[6]1952年5月には本社・工場を埼玉県大和田町へ移転し[7]、研究所機能と量産機能を一体化する体制を整えた。製品の世代交代をめぐる判断は早かった。1952〜53年頃にゲルマニウム整流器が登場した際、その研究では他社に後れていた同社は『ゲルマニウムはセレンからシリコンに代わる一過程に過ぎない』[引用元]と見切り、他社に先がけてシリコンの開発に専念した。[8]その結果、1958年にはわが国ではじめて自社技術による拡散型シリコン整流素子を完成させ[9]、研究所出身の技術者集団が持つ研究力を量産製品の開発で示した。前身の研究所が松永安左ヱ門・東邦電力という戦前期の電力大手と接点を持っていた経緯は、戦後の取引基盤としても残り、産業用電源向け半導体の納入先を支えた。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [6]創業期の主力商品はセレン整流器(半導体素子=トランジスタ・ダイオードへ移行)
    • [7]1952年5月 本社・工場を埼玉県大和田町へ移転
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [8]1952〜53年頃のゲルマニウム整流器登場時、同社はゲルマニウムを「セレンからシリコンに代わる一過程」と見切り他社に先がけてシリコン開発に専念
    • [9]1958年 わが国ではじめて自社技術による拡散型シリコン整流素子を完成

1961年3月の店頭公開を経て同年10月[10]、東京証券取引所市場第二部へ上場した。上場により半導体素子の量産投資に資金を投じる道筋ができた。翌1962年6月、社名を東邦産研電気からサンケン電気に変更し[11]、現在の社名が定着した。社名変更は単なる名称差し替えに留まらず、研究機関の後継から半導体メーカーへ自己定義を移す節目として社内外に示された。技術面でも事業の柱が定まりつつあった。1962年には自動車用シリコン整流素子の量産を他社に先がけて開発し[12]、後年の車載半導体事業へつながる入り口を開いた。さらに1966年にはシリコンパワートランジスタが日本電信電話公社の初の認定品となり[13]、研究所由来の技術水準の高さを社外に示した。創業から四半世紀を経ずに東証二部上場と社名変更にこぎ着けた過程は、戦後復興期に半導体素子需要が伸びた追い風の上にあった。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1961年3月 株式店頭公開、同年10月 東証市場第二部へ上場
    • [11]1962年6月 商号を東邦産研電気からサンケン電気へ変更
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [12]1962年 自動車用シリコン整流素子の量産を他社に先がけて開発
    • [13]1966年 シリコンパワートランジスタが日本電信電話公社(電電公社)の初の認定品となる
  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1937年10月 東邦電力創立50周年記念事業として財団法人東邦産業研究所が設立され、セレン整流器の試作研究を開始
    • [2]東邦産業研究所設立を主導したのは東邦電力社長の松永安左ヱ門
    • [4]1946年9月 東邦産研電気株式会社を埼玉県志紀町で設立(研究所解散後に半導体製造法・設備・研究員を継承)
    • [6]創業期の主力商品はセレン整流器(半導体素子=トランジスタ・ダイオードへ移行)
    • [7]1952年5月 本社・工場を埼玉県大和田町へ移転
    • [10]1961年3月 株式店頭公開、同年10月 東証市場第二部へ上場
    • [11]1962年6月 商号を東邦産研電気からサンケン電気へ変更
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [3]東邦産業研究所の半導体研究室は戦時中に軍の指定研究機関となり試作品を納入した実績がある
    • [5]創立宣言に「吾等は半導体工業に専念し吾国産業の発展に寄与する」の一項
    • [8]1952〜53年頃のゲルマニウム整流器登場時、同社はゲルマニウムを「セレンからシリコンに代わる一過程」と見切り他社に先がけてシリコン開発に専念
    • [9]1958年 わが国ではじめて自社技術による拡散型シリコン整流素子を完成
    • [12]1962年 自動車用シリコン整流素子の量産を他社に先がけて開発
    • [13]1966年 シリコンパワートランジスタが日本電信電話公社(電電公社)の初の認定品となる

国内生産網拡張と1973年の海外進出第一歩

1963年3月には埼玉県川越市に川越工場を竣工し[14]、半導体素子の量産拠点を埼玉県内で増強する体制が定着した。1968年時点の同社は、創立25周年の1971年9月期を到達点に置く5ヵ年計画を進めており、同期の売上高35億円・年間成長率20%維持・利益率5〜6%維持という三つの数字を掲げ[15]、半導体専業のまま規模拡大と収益維持の両立を狙った。事業領域の拡張には合弁も用い、プロテクターを生産するサンケン・エアバクス社を設立して生産を始め、自動電圧調整機を手がける次の合弁会社の設立も進めた。[16]1970年8月には東京証券取引所市場第一部へ上場し[17]、戦前の研究所を起点とする企業がわずか33年で一部へ到達した。同時期の1970年2月には鹿島サンケン株式会社を生産子会社として設立し[18]、本社と離れた立地で集積回路向けの製造機能を持たせ、1970年代半ばまでに本社川越・鹿島の2極体制が組み上がった。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1963年3月 埼玉県川越市に川越工場を竣工
    • [17]1970年8月 東証市場第一部へ上場
    • [18]1970年2月 鹿島サンケン株式会社を生産子会社として設立
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [15]創立25周年の1971年9月期を目標とする5ヵ年計画(売上高35億円・年間成長率20%維持・利益率5〜6%維持)
    • [16]プロテクターを生産する合弁会社サンケン・エアバクス社を設立して生産を開始、自動電圧調整機の合弁会社設立も進行

1973年6月、韓国サンケン株式会社を設立[19]して海外進出の第一歩を記した。日本企業の韓国進出としては比較的早い時期の事例で、半導体組み立て工程の人件費差を取り込む狙いが先行した。1974年4月にはサンケン電設株式会社を設立して電設機器分野への参入を進め[20]、半導体だけでなく電源装置・社会システム分野へ事業領域を広げる初期段階の布石が打たれた。1978年7月には石川県下の関係会社5社を合併して石川サンケン株式会社を設立し[21]、地域別に分散していた生産機能を集約する整理が進んだ。1981年10月には山形サンケン株式会社を、1988年3月には福島サンケン株式会社を設立した[22]

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1973年6月 韓国サンケン株式会社を設立(初の海外子会社)
    • [20]1974年4月 サンケン電設株式会社を設立(電設機器分野へ参入)
    • [21]1978年7月 石川県下の関係会社5社を合併して石川サンケン株式会社を設立
    • [22]1981年10月 山形サンケン株式会社を設立、1988年3月 福島サンケン株式会社を設立

1980年代の入り口にあたる1978〜1981年、サンケン電気の事業構造は半導体素子・電源装置・社会システムの3分野構成へ向けて骨組みが固まった。[23]半導体素子は家電・産業機器向けのトランジスタ・ダイオード、電源装置は産業用スイッチング電源、社会システムは航空障害灯・LED表示器などの公共インフラ向け製品である。各分野はそれぞれ異なる顧客層を持ち、相互の景気変動を打ち消す事業ポートフォリオの形を取った。研究所から引き継いだ技術系企業文化と、戦後復興期の国内需要のもとで組み上がった3分野構成は、1990年代以降30年以上にわたって同社の事業構造の基本形として残った。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [23]1978〜1981年に半導体素子・電源装置・社会システムの3分野構成へ骨組みが固まったとの整理。1985年3月期の単体セグメントは半導体素子60%・電子機器21%・電源機器14%で、当時から複数事業を持つ点は支持されるが『3分野構成』の確立時期・分類名は資産で厳密確認できず
  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1963年3月 埼玉県川越市に川越工場を竣工
    • [17]1970年8月 東証市場第一部へ上場
    • [18]1970年2月 鹿島サンケン株式会社を生産子会社として設立
    • [19]1973年6月 韓国サンケン株式会社を設立(初の海外子会社)
    • [20]1974年4月 サンケン電設株式会社を設立(電設機器分野へ参入)
    • [21]1978年7月 石川県下の関係会社5社を合併して石川サンケン株式会社を設立
    • [22]1981年10月 山形サンケン株式会社を設立、1988年3月 福島サンケン株式会社を設立
    • [23]1978〜1981年に半導体素子・電源装置・社会システムの3分野構成へ骨組みが固まったとの整理。1985年3月期の単体セグメントは半導体素子60%・電子機器21%・電源機器14%で、当時から複数事業を持つ点は支持されるが『3分野構成』の確立時期・分類名は資産で厳密確認できず
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [15]創立25周年の1971年9月期を目標とする5ヵ年計画(売上高35億円・年間成長率20%維持・利益率5〜6%維持)
    • [16]プロテクターを生産する合弁会社サンケン・エアバクス社を設立して生産を開始、自動電圧調整機の合弁会社設立も進行

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サンケン電気の沿革1937〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1937〜1980年戦後復興期の半導体黎明と東邦産研の系譜を継ぐ独立故松永安左ヱ門氏により㈶東邦産業研究所が設立されセレン整流器の試作研究を開始★★
東邦産研電気を設立
本社・工場を移転
株式店頭公開開始
東京証券取引所市場第二部に上場
商号をサンケン電気と変更
川越工場竣工
鹿島サンケンを設立
東京証券取引所市場第一部に上場
サンケンを設立
サンケン電設を設立
石川県下の関係会社5社を合併し石川サンケンを設立
1981〜2015年海外展開とパワー半導体事業の世界規模拡張山形サンケンを設立
福島サンケンを設立
サンケン エレクトリック ホンコン カンパニーを設立
スプレーグ テクノロジーズ半導体部門を買収しAllegro MicroSystems Incを設立★★
ピーティー サンケン インドネシアを設立
サンケン エレクトリック コリアを設立
台湾三墾電気股份有限公司を設立
ポーラー ファブ エルエルシーを買収しポーラー セミコンダクター インクを設立
サンケンオプトプロダクツを設立
飯島貞利サンケンロジスティクスを新設分割により設立
飯島貞利サンケン ノースアメリカ インクを設立
2016〜2025年事業選択集中とAllegro持分減で塗り替わる連結体和田節サンケン エレクトリック(タイランド)カンパニー リミテッドを設立
和田節エフィッシモによる公開買付けの実施と支配的株主への台頭

2021年2月9日、旧村上ファンド系の投資会社エフィッシモ・キャピタル・マネージメントが、サンケン電気株の保有比率を約10%から最大30%へ引き上げるとして公開買付け(TOB)を開始した。買付価格は1株5,205円、最大251億円の枠であった。サンケン電気は2月24日に賛否を示さない『中立』の立場を表明し、TOBは目標に届かないまま成立して、エフィッシモの保有比率は19.16%へ上がった。

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★★★
和田節サンケン電設の株式の全てをGSユアサに譲渡
髙橋広Allegro MicroSystems Incの公募増資・株式売却により持分法適用関連会社化★★
髙橋広ポーラー セミコンダクター エルエルシーが連結対象から除外
出典・参考
  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)

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