1951年10月、日本テレビ放送網はテレビ放送の免許を電波監理委員会へ申請した[1]。読売新聞社主の正力松太郎氏[2]が発起人の中心となり、テレビ放送事業の開始に備えて米国から専門家を招いた準備がこれに先立つ。1952年7月、日本で第一号となるテレビ放送免許が下り[3]、同年10月15日の創立総会を経て10月28日に会社が設立された[4]。本社は東京都千代田区二番町、設立時の資本金は2億5000万円[5]であった。正力松太郎氏が社長に就いている。
1953年8月28日、地上波アナログ放送を開始した。呼出符号はJOAX-TV、チャンネルは4である[6]。テレビ放送の経営は開始後数年は赤字になるというのが当時の業界の常識であり、受像機がなお高価で家庭への普及に時間を要したため、営業開始早々に広告収入をあげることは難しいと見られていた。免許事業として電波法・放送法のもとで営まれる準独占の性格を持ちつつ[7]、収益をどう立ち上げるかが最初の課題であった。
受像機の家庭普及を待たずに視聴者を集めるため、日本テレビ放送網は放送開始と同時に東京都内や近県都市の繁華な場所へ大型受像機を設置した。街頭に置かれた受像機は相撲・レスリング・拳闘といった番組で群衆を呼び[8]、一台の前に数百から数千の人が集まった。飲食店や喫茶店でもテレビを備える店が続き、街頭テレビとあわせた視聴者は100万人を超えた[9]とされる。1955年6月時点の受像機台数は全国で約11万台、うち正式登録は6万7000台[10]ほどにとどまり、家庭への普及はなお途上にあった。広告価値は家庭の受信機の数で測るのが常識だったが、街頭受像機はその常識の外側で視聴者をつくり、広告収入を押し上げた。
テレビ放送は数年赤字が常識とされたなかで、日本テレビ放送網は放送開始から7か月目に、償却前とはいえ黒字を出した[11]。番組企画のほか、街頭受像機という自社の工夫が早期の収益化を支えたとされる。設立時に2億5000万円だった資本金は、1953年4月に建設資金と一部運転資金へ充てるため5億円へ、1955年4月にはさらに7億5000万円[12]へ増えた。同年11月、正力松太郎氏の入閣にともない清水与七郎氏が後任の社長となり[13]、1959年9月には東京証券取引所に上場している[14]。放送収入を軸とする経営の型が、開局から数年でひとまず固まった。
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|---|---|---|---|---|
| テレビ放送免許を申請 | ★ | |||
| 1952〜1959年日本初の民間テレビ局として開局し、街頭テレビで大衆をつかむ | 我が国第1号のテレビ放送免許を獲得 | ★★ | ||
| 創立総会(10月15日)を経て日本テレビ放送網を設立(10月28日) | ★ | |||
| 日本初の民間テレビ局としての開局と、街頭受像機による視聴者の創出 1953年8月28日、日本テレビ放送網が日本初の民間テレビ局として放送を開始した経営判断。受像機が家庭にほとんど無い段階で開局に踏み切り、放送開始と同時に東京都内や近県都市の繁華な場所へ大型受像機を据えて視聴者を集めた。読売新聞社主の正力松太郎氏が発起人の中心となり、社長として主導した。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 東京証券取引所に上場 | ★ | |||
| 1960〜2011年テレビ広告の成長を追い風に、系列と多角化の布石を打つ | カラーテレビの本放送を開始 | ★ | ||
| 日本テレビ音楽を設立 | ★ | |||
| 送信所を東京タワーへ移行 | ★ | |||
| 日本テレビサービスを設立 | ★ | |||
| クリーンアップを設立 | ★ | |||
| バップを設立 | ★ | |||
| NTV International Corporationを設立 | ★ | |||
| CATV局への日本テレビケーブルニュースの配信を開始 | ★ | |||
| ライツ・インを設立 | ★ | |||
| NNN24の本放送を開始 | ★ | |||
| ビーエス日本を設立 | ★ | |||
| ビーエス日本がBSデジタル放送を開始 | ★ | |||
| シーエス日本が東経110度CSデジタル放送を開始 | ★ | |||
| 新本社ビル「日本テレビタワー」が竣工 | ★ | |||
| 地上波デジタル放送を開始(呼出符号JOAX-DTV) | ★ | |||
| 久保伸太郎 | 番組制作系子会社を会社分割・株式交換により機能別5社に再編 | ★ | ||
| 大久保好男 | 地上波アナログ放送を終了しデジタル放送へ完全移行(全国での完全移行は2012年3月) | ★ | ||
| 2012〜2025年認定放送持株会社へ移行し、コンテンツ・ライフ・不動産へ広げる | 大久保好男 | 認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立 2012年10月1日、日本テレビ放送網が認定放送持株会社体制へ移行した経営判断。会社分割で新設した日本テレビ分割準備株式会社へ地上基幹放送局の免許を承継させ、既存の会社を日本テレビホールディングス株式会社へ商号変更した。簡易株式交換でBS日本とシーエス日本を完全子会社に収め、コンテンツ制作・流通機能を持つ6社も持株会社の直属とした。 詳細を読む | ★★★ | |
| 大久保好男 | 日本テレビ放送網を日本テレビHDに商号変更 | ★★ | ||
| 大久保好男 | Hulu日本事業の承継と、定額動画配信への参入 2014年2月28日、日本テレビ放送網が米Hulu LLCから定額動画配信サービス『Hulu』の日本市場向け事業を承継すると発表した経営判断。同年4月にHJホールディングスの持分を取得して子会社に収め、日本の放送局として定額制の動画配信に参入した。取得価額は公表されていない。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 大久保好男 | Huluの日本事業を承継 | ★★ | ||
| 杉山美邦 | ムラヤマHDの株式を取得 | ★ | ||
| 石澤顕 | la belle vieの株式を取得 | ★ | ||
| 石澤顕 | スタジオジブリの子会社化と、議決権42.3%の取得 2023年9月21日、日本テレビホールディングスが、傘下の日本テレビ放送網によるスタジオジブリの子会社化を発表した経営判断。議決権ベースで42.3%の株式を10月6日付で取得した。日本テレビ放送網はもともと約15%を保有しており、子会社化にかかった費用は100億円であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 石澤顕 | 議決権ベース42.3%を保有し子会社化 | ★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(日本テレビホールディングス)