日本テレビホールディングス認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立

放送免許を持つ会社本体のままで放送外を育てられるか——地上波・BS・CSと事業各社をどう並べ直したか

時期 2012年5月
意思決定者(推定) 大久保好男 社長
論点 グループ体制と放送外事業の育成
概要
2012年10月1日、日本テレビ放送網が認定放送持株会社体制へ移行した経営判断。会社分割で新設した日本テレビ分割準備株式会社へ地上基幹放送局の免許を承継させ、既存の会社を日本テレビホールディングス株式会社へ商号変更した。簡易株式交換でBS日本とシーエス日本を完全子会社に収め、コンテンツ制作・流通機能を持つ6社も持株会社の直属とした。
背景
2011年7月に地上波アナログ放送を終えてデジタル完全移行を果たし、設備投資の山を越えていた。一方でテレビ広告は景気循環では説明できない縮小に入り、会長の氏家齊一郎氏は2009年の時点で「もっと大きい構造的な変化」と述べ、上位2〜3社しか残らないという見方を示していた。
内容
2012年3月29日に基本合意書を締結して分割準備会社を設立し、5月10日に統合契約・吸収分割契約・株式交換契約を結んだ。9月18日に認定放送持株会社の認定を取得し、10月1日に移行を完了している。地上波を中核にBS・CSを束ねる3波一体経営と、放送・メディアとコンテンツ制作という二つの強みの統合を狙いに置いた。
含意
以後のタツノコプロ、HJホールディングス(Hulu)、ティップネス、ムラヤマ、スタジオジブリの取得は、いずれもこの体制の下で行われた。連結売上高は2009年3月期の3245億円から2025年3月期に4619億円へ戻したが、放送収入そのものの縮小は続いている。
筆者の見解

筆者見解

局どうしの合併は法律で塞がれている、と氏家齊一郎氏は2009年に明言していた。5局を4局にできない業界で、縮む広告費を前に規模を作る道は放送の外にしかない。2012年10月の組み替えは、その袋小路への現実的な答えであったとみることができる。免許を新会社へ移し、本体を持株会社に変えたことで、地上波・BS・CSと制作各社が同じ資本の下に並び、放送業以外の会社を買って子会社に置くことが手続き上ふつうの動作になった。

ただし、体制を整えることと、稼ぎが生まれることは別であった。氏家氏自身が「そう簡単に大きな市場が見つかるわけではなく」と述べたとおりで、傘下に加えたティップネスは2021年3月期に198億円の減損を出し、生活・健康関連事業は72億円の損失に沈んでいる。2023年度になっても、経営陣はテレビ広告の構造的な問題を認めるところから説明を始めていた。持株会社は放送外を育てる前提条件を整えただけであり、何を買い、どう伸ばすかという問いはその後の十年に持ち越されたといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

設備投資の山を越えた先にあった広告の縮小

2011年7月、日本テレビ放送網は地上波アナログ放送を終え、デジタルへの完全移行を果たした。全国での完全移行は2012年3月に済んでいる。十年近く続いた送信設備の更新は一段落し、投資の重さからは解放された。ところが同じ時期、テレビ広告そのものが縮んでいた。2011年の日本のテレビ広告費は1兆7237億円で前年を0.5%下回り、東日本大震災後の広告自粛も重なっていた[1][2]

会長の氏家齊一郎氏は、この縮小を景気の波として見ていなかった。2009年の取材では「現在の広告減少は景気循環的なものではない。今進んでいるのは、もっと大きい構造的な変化だ」と述べ、限られたパイでは上位2〜3社しか残らないと語っている。2011年2月には、テレビ業界がここ7〜8年で5000億円近く売上を減らしたと数字を挙げ、放送外収入の開拓を試みても大きな市場はそう簡単に見つからないとも認めていた[3][4]

免許を持つ会社本体という制約

局どうしの合併という道は制度が塞いでいた。氏家齊一郎氏は2009年の取材で、日本テレビがどこかと一緒になって5局体制を4局体制にすることはマスコミ集中排除原則により法律的にできないと述べている。そのうえで、全国ネットを維持するために認定放送持株会社がキー局からローカル局を支えるしくみとして認められていることに触れていた。放送の枠内で規模を広げる手段は、あらかじめ限られていた[5]

グループの形も、放送を営む本体の周りに子会社が散らばったままであった。衛星放送はビーエス日本が1998年12月、シーエス日本が2001年3月に別法人として設けられ、番組制作の機能は2007年4月に会社分割と株式交換で5社へ分けられている。地上波・BS・CSと制作各社が横並びで存在するため、番組と権利をまたいで動かす判断は会社の壁をいくつも越える必要があった[6]

決断

免許を新会社へ移し、本体を持株会社にする

2012年3月29日、日本テレビ放送網はBS日本・シーエス日本との経営統合に関する基本合意書を結び、あわせて分割準備会社を設立した。5月10日には統合契約・吸収分割契約・株式交換契約を締結し、9月18日に認定放送持株会社の認定を取得している。10月1日、吸収分割で地上基幹放送局の免許を分割準備会社へ承継させ、既存の会社は日本テレビホールディングス株式会社へ、分割準備会社は日本テレビ放送網株式会社へ商号を変えた[7][8]

同時に、簡易株式交換でBS日本とシーエス日本をそれぞれ完全子会社として持株会社の下に置いた。グループでコンテンツ制作・流通の機能を持つ会社のうち6社も、持株会社の直属へ移している。会社側はこの組み替えの狙いを、地上波テレビ放送を中核としたBS・CSとの3波一体経営の推進と、放送・メディアとコンテンツ制作という二つのコア・コンピタンスの統合・強化に置くと説明した[9]

業績が持ち直した年に踏み切る

移行を決めた2012年3月期は、業績が戻った年であった。連結売上高は前期比2.5%増の3054億6000万円、営業利益は322億4900万円、当期純利益は227億2900万円となり、年間視聴率と年度視聴率の3部門すべてで在京キー局のトップを8年ぶりに奪い返している。番組コンテンツの自社制作比率は約89%に上っていた。追い込まれた側からの再編ではなく、手元の数字が改善した年に組み替えが選ばれた[10]

社長の大久保好男氏は、事業環境が劇的に変わりつつあるとしたうえで、経営体制の若返りによって迅速な意思決定と事業執行の速度を上げると述べた。役員・執行役員の体制は2012年6月28日の定時株主総会と取締役会を経て入れ替わっている。中期経営計画は持株会社化を前提として策定作業が進み、2013年3月期についてはそれまでを埋める「2012経営方針」が置かれた[11][12]

結果

持株会社の下で積み上げた買収

移行の翌々年から、放送以外の会社が次々にグループへ入った。2014年1月にタツノコプロ、4月にHJホールディングスの持分を取得してHuluの日本事業を、12月にはフィットネスのティップネスを傘下に収めている。2022年3月に展示・イベント制作のムラヤマホールディングスを完全子会社とし、2023年10月にはスタジオジブリの株式を追加取得して連結子会社とした。いずれも持株会社の下で行われている[13]

収益の並びも変わった。2025年3月期のセグメント別売上高は、メディア・コンテンツ事業が4309億円、生活・健康関連事業が264億円、不動産関連事業が45億円で、営業利益はそれぞれ521億円、1億円、44億円であった。連結売上高はリーマン・ショック後の2009年3月期に3245億円まで落ちたのち、2025年3月期には4619億円へ戻している[14][15]

それでも縮み続ける放送収入

放送そのものの収益は戻らなかった。2023年度第2四半期の決算説明会で、経営陣は番組枠を売るタイム広告と随時のスポット広告の双方について見込みを下方修正したうえで、出稿が活発化しない理由を市況だけでなくテレビ広告ビジネスの構造的な問題と捉えていると述べた。視聴率にも低減の傾向があり、劇的に良くなる見通しは立たないという認識が示されている[16]

放送外へ広げた事業も、無傷では済まなかった。新型コロナウイルスの影響を受けた2021年3月期には、フィットネスを含む生活・健康関連事業で198億円の減損損失を計上し、セグメント損益は72億円の損失に落ち込んでいる。売上高も前期の358億円から206億円へ半減した。持株会社の下に事業を並べたことは、放送の縮小を補う手段であると同時に、放送とは別種の変動を抱え込む選択でもあった[17]

出典・参考
  • 日本テレビ放送網 アニュアルレポート2012
  • 日本テレビホールディングス 有価証券報告書【沿革】
  • 日本テレビホールディングス 有価証券報告書(2012年3月期・2021年3月期・2025年3月期)
  • 日本テレビホールディングス 東証開示資料(2012年)
  • 日本テレビホールディングス 2023年度第2四半期 決算説明会 質疑応答
  • 週刊東洋経済 2009年1月31日号「特集 テレビ・新聞陥落! INTERVIEW 民放のドンが激白!!氏家齊一郎 日本テレビ放送網取締役会議長「テレビ広告はさらに減る 生き残るのは2〜3社だ」」
  • 週刊東洋経済 2011年2月15日号「特集 テレビ新世紀 part1 止まらない大地殻変動 INTERVIEW 日本テレビ放送網会長 氏家齊一郎 地上波が強い日本ではネットは脅威にならない」

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