ジャストシステム専用タブレットの通信教育「スマイルゼミ」を家庭へ投入し、売り切りソフト会社をやめる
学校で13年売ってきた会社が、なぜ端末まで自作して家庭の月額課金に出たか
- 概要
- 2012年11月20日にジャストシステムが小学生向けのタブレット通信教育「スマイルゼミ」を発表し、同年12月17日に開講した経営判断である。学校向け学習ソフトで13年かけて蓄えた知見を家庭向けに転用し、パッケージソフトの売り切りから月額課金へ収益の受け取り方を移した。
- 背景
- 同社は1999年に小学校のパソコン教室向けに「一太郎スマイル」を発売し、その後継の学習ソフトは全国公立小学校の約80%へ導入されていた。2011年の小学校学習指導要領の改定で家庭学習の負担が増すと見込まれ、共働き家庭の増加もあって保護者が付き添わずに回る仕組みへの需要が生まれていた。
- 内容
- 9.7インチのIPS液晶を載せたAndroidベースの専用タブレットを自社で用意し、手のひらの誤接触を無視するパームリジェクションで鉛筆に近い書き心地を確保した。小学1〜6年生を対象に、12カ月分一括払いで月あたり2,980円からという料金を設定した。
- 含意
- 連結売上高に占めるストックビジネスの比率は、2017年3月期の30%から2022年3月期の75%へ上がった。2013年3月期に139億円だった売上高は2025年3月期に446億円へ伸び、収益の主役はワープロソフトから通信教育と法人向けクラウドへ移った。
端末を自分で作るという選択
スマイルゼミの決断がふつうの新規事業と違うのは、社内に既に基盤があった点である。全国の公立小学校の約8割が使う学習ソフトを13年作ってきた会社にとって、子どもが操作する画面の作法は借り物ではなかった。足りなかったのは家庭という客先と、毎月代金を受け取る仕組みの二つで、専用タブレットはその両方を一度に埋める道具であった。汎用のタブレットにアプリを載せる形を選ばず、端末を自社で用意する負担を引き受けたところに、この判断の輪郭がある。
「一太郎」を守り切れなかった会社が、その製品を使わない事業で過去最大の収益を得た。2009年に基礎研究の部隊を失った会社が、教室で13年ためた地味な蓄積で立ち直ったともいえる。パッケージソフトの会社としてのジャストシステムは2000年代に一度行き止まりに達し、2010年代は通信教育と法人向けクラウドを売る会社として歩いた。社名も上場も本社の徳島も動かないまま、売っているものだけが入れ替わっている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
教室に13年かけて置いた基盤
ジャストシステムが教育市場に入ったのは1999年であった。小学校のパソコン教室向けに「一太郎スマイル」を発売し、以後は「ジャストスマイル」の名で学習・授業支援ソフトを供給した。同社の説明では、この学習ソフトは全国公立小学校の約80%へ導入され、小学校で使う定番ソフトに育った。子どもが迷わず触れる画面の作法を、同社は教室での13年間で蓄えた。ただしそれは学校が予算で買う法人向けの商いであり、家庭には届いていなかった[1][2]。
一方、本体のパッケージソフトは売り切りの商いであった。キーエンスの出資を受けた2009年以降、同社は費用を絞って黒字を回復し、2012年3月期には連結売上高129億2,500万円、営業利益25億400万円を計上している。利益率は戻ったものの、売上高は「一太郎」の最盛期に遠く、毎年の新版を売り直す以外に規模を伸ばす道筋が立っていなかった。次の柱を家庭向けに求める余地は、この収益構造の側にもあった[3]。
2011年の学習指導要領改定
家庭向けに出る判断のきっかけを、関灘恭太郎社長は2011年の小学校学習指導要領の改定に求めている。いわゆる脱ゆとりへの転換が家庭学習に影響を及ぼすことは、当時から見えていた。共働き家庭が増え、保護者が学習に付き添う余力は逆に細っていた。教科書の分量が増えるほど、家庭で補うべき部分も増える。ジャストシステムはその需要を、既に手元にあった子ども向けソフトの技術で受け取ろうとした[4]。
調査からは、つまずきが表に出にくいという実態が浮かんだ。関灘社長はこれを、わからなくなると続かないのに子どもは声に出さない、と要約している。検討チームが試作と聞き取りを重ねて行き着いたのは、求められているのが学力の向上そのものではなく学習習慣の定着だという理解であった。保護者が横に付かなくても回る仕組み、すなわちタブレット1台で学習が完結する形が要件になった[5][6]。
決断
紙をタブレットへ移し替えない
2012年11月20日、ジャストシステムはタブレットを使う小学生向け通信教育「スマイルゼミ」を発表し、同日から申し込みを受け付けた。開講は12月17日である。小学1・2年生は国語・算数・漢検ドリル・計算ドリル、小学3〜6年生はこれに理科と社会を加えた構成とし、料金は12カ月分一括払いなら月あたり2,980円からとした。教材は専用タブレットと組で提供され、学校向け「ジャストスマイル」で13年かけて得た知見が土台に置かれた[7]。
端末には汎用のタブレットを使わず、9.7インチのIPS液晶を載せたAndroidベースの専用機を自社で用意した。手のひらが画面に触れても反応しないパームリジェクションを備え、鉛筆で書く動作をそのまま持ち込めるようにしている。同社が目指したのは紙の教材をタブレットへ移し替えることではなく、解答した直後に正誤と解説が出て、音と動きで理解を助ける教材であった。書く学びを残したうえで、紙にはない即応性を足す設計になった[8][9]。
売り切りから月額へ
この判断は、代金の受け取り方も変えた。パッケージソフトは新版を出して売り切る商いで、売上は発売の時期に集中し、翌年また同じ勝負を強いられる。通信教育は入会した会員が毎月払う仕組みで、端末を持って始めた会員は学年をまたいで残る。スマイルゼミは月払い・6カ月分一括・12カ月分一括の3通りを用意し、長く続ける家庭ほど単価が下がる建て付けにした。開発費の回収を単年の販売本数に預けなくてよくなった点が、以前との差であった[10]。
事業の出発点は、社内の小さな悩みであった。同社の説明では、企画は自分の子どもがなかなか勉強しないという女性社員の言葉から始まっている。学校で定番となった学習ソフトを作ってきた会社が、その蓄積を自宅の食卓の問題へ向け直した。ソフトを箱に詰めて売る会社から、教材を毎月届けて子どもの学習習慣を預かる会社へ。2012年12月17日の開講は、その入り口にあたる[11]。
結果
収益の中身が入れ替わる
開講から4年後、外部の見方は変わっていた。週刊東洋経済は2016年末の特集で、キーエンスの出資後に実施された構造改革のうち最も効果が高かったものとして、2012年12月に始めた小中学生向けの通信教育スマイルゼミを挙げている。タブレットを使うクラウド型で、受講者が専用のカリキュラムを組める点が支持されたという見立てであった。同誌は法人向けデータ分析システムの伸びと合わせ、営業利益率が毎期上昇していると伝えている[12]。
数字の上では、売上の中身が入れ替わった。関灘恭太郎社長によれば、2017年3月期は連結売上高194億円のうちストックビジネスが30%を占めたのに対し、2022年3月期は連結売上高416億円のうち75%に達した。売上が5年で2倍を超えるあいだに、月次で積み上がる収益の比率は倍以上に上がった。スマイルゼミに加え、日本語入力の「ATOK Passport」や法人向けの営業支援クラウド「JUST.SFA」が、その中身を構成した[13]。
学年の上下へ伸ばす
会員の入り口は、小学生から前後へ伸ばされた。小学生コースに続いて中学生コース、幼児コースが加わり、2022年11月17日には高校生コースが発売された。高校生コースは塾に通わずタブレット1台で志望大学合格を目指す設計で、6教科31科目の教材を1台に収め、24時間365日の対話で学習プランを作る「戦略AIコーチ」を組み込んだ。料金は12カ月分一括払いで月あたり15,800円(税別)からと、小学生コースの5倍以上に置かれた[14][15]。
業績は開講の前後で段違いになった。開講年度にあたる2013年3月期の連結売上高は139億6,600万円、営業利益は29億500万円であった。これが2019年3月期には売上高286億円・営業利益76億円、2025年3月期には売上高446億円・営業利益180億円に達した。開講から12年で売上高は3倍を超え、営業利益は6倍になった。増収の主因は教育とクラウドの月額収入であり、ワープロソフトの新版販売ではなかった[16]。
- ジャストシステム「JUST STORIES スマイルゼミ」
- INTERNET Watch(2012年11月20日)「ジャスト、タブレットを使った小学生向け通信教育「スマイルゼミ」」
- 週刊東洋経済 2016年12月31日号「【特集 2017年大予測】 ジャストシステム キーエンス流の改革が開花」
- ジャストシステム ニュースリリース 2022年8月30日「塾へ行かずに、タブレット1台で志望大学合格を目指す 高校生向け通信教育「スマイルゼミ 高校生コース」 2022年11月17日より、新発売」
- マイナビニュース(2022年11月16日)「ジャストシステム社長が語る、スマイルゼミ誕生秘話と高校生コースの魅力」
- ジャストシステム 有価証券報告書(2012年3月期・2013年3月期・2019年3月期・2025年3月期/連結)