吉野家ホールディングス米国産牛肉の輸入停止にともなう牛丼販売の休止と、代替牛肉の不採用
- 概要
- 2003年12月の米国産牛肉の輸入停止を受け、吉野家ディー・アンド・シーは2004年2月11日に牛丼の販売を休止した。他社が豪州産や中国産で牛丼を続けるなかでも代替の牛肉は採らず、豚丼やカレー丼を組み合わせた品揃えで店を開け続け、950日後の2006年9月18日に牛丼を再開した経営判断である。
- 背景
- 同社は牛肉の99%を米国産に頼り、1店あたり1日800人の客数と16%を超える営業利益率を単品経営で実現していた。輸入停止の直前は相場高で在庫を1カ月分に絞っており、卸価格は5〜6割上がった。
- 内容
- 牛丼の在庫が切れても全店の営業を続ける方針を先に決め、カレー丼を代替の中心に据えて973店を9グループに分け、店ごとに異なるメニューで営業した。2004年8月からは4品に統一したメニュー・ミックスへ切り替え、調理機器を1000店舗分入れ替えた。
- 含意
- 牛丼という一品に価値を集約してきた会社が、その一品を売らない期間を2年半にわたって経営した。単品では1500店で飽和するとみていた店舗網に、複数のメニューで回る型が加わった一方、客数はピークの水準へは戻らなかった。
筆者の見解
守った味と、戻らなかった客数
この判断の中心にあったのは、牛丼を素材の組み合わせではなく一つの設計とみる考え方であった。肉の産地を替えればタレもタマネギも作り直しになり、量が減れば加熱による味の均質さも保てない。ゆえに代替の牛肉を採らず、売り物のない2年半を選んだ。常連客に対する約束を守るという意味では筋の通った判断であり、再開の日に全国で完売が続いたことも、その支持を示している。一方で、豪州産や中国産で牛丼を続けた同業との差は客数と業績に表れ、この期間に開いた差は簡単には埋まらなかった。
残ったものは牛丼だけではない。牛丼を売れない期間に組み上げたメニュー・ミックスと、それに合わせて入れ替えた厨房の設備は、単品では飽和するとみられていた店舗網に別の広がりをもたらした。ただし1店1日800人という水準へ客数が戻ることはなく、牛丼店の総数が増えた市場では、以前の型をそのまま復元する道も残されていなかった。一品に価値を集約する経営は、その一品を失ったときに何を守り、何を作り替えるのか——2004年からの2年半は、その問いに一つの答えを出した期間であったとみることができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
- 吉野家ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- 吉野家ディー・アンド・シー 有価証券報告書(2006年2月期・連結)