1984年10月、清水義雄氏は大阪府豊中市に株式会社すし太郎を設立[1]し、店名『すし太郎』として豊中市に1号店を出店した[2]。創業者の清水義雄氏は寿司職人出身で、回転寿司業界では珍しく寿司屋にルーツを持つ事業者として出発した。先行する回転寿司チェーンが多店舗展開を進めていた市場へ後発で参入したすし太郎は、寿司の品質を差別化軸に据える必要があった。
1991年10月、すし太郎は出店方針を直営店主体に切り替え、神戸市須磨区落合に往復ベルトコンベア方式の第1号店となる落合店を出店した[3]。直営店主体への切り替えで、店舗運営の品質を本社が直接管理する体制に移行した。1995年12月には宝塚安倉店隣接地に加工場を併設し[4]、店舗バックヤードに依存しない集中加工の仕組みを整えた。この加工場併設の判断は、後年の都市型店舗の展開と店舗内オペレーションの簡素化を可能にする前提条件となった。直営化と集中加工という2つの選択で、すし太郎は寿司屋出身の小規模チェーンから多店舗運営型の事業者への組織的な転換を1990年代前半に進めた。
1996年9月、すし太郎は1皿100円均一の第1号店『高司店』を兵庫県宝塚市に出店した[5]。回転寿司業界で『安かろう悪かろう』の代名詞と見られていた100円寿司の領域に、寿司屋出身の事業者として品質を伴う形で参入する経営判断だった。1999年8月には清水義雄氏の実弟・清水豊氏が代表取締役を務める同名のすし太郎社と合併し[6]、清水兄弟による経営を1社に統合した。
2000年12月、商号を株式会社あきんどスシロー(旧)に変更し、大阪府摂津市鶴野に本社を移転、新加工場・倉庫を本社内に統合併設[7]した。『すし太郎』から『あきんどスシロー』への商号変更は、寿司屋から商人(あきんど)の名を冠する事業者への自己定義の切り替えで、100円均一を恒常的な業態として確立する意思表示にあたる。2001年9月には東京都葛飾区・福生市に出店して関東エリアに進出し、[8]2002年7月には名古屋市熱田区に出店して中部エリアに進出した。[9]創業地・関西から関東・中部への展開を2年で実現し、全国チェーンとしての店舗網を順次広げた。2003年9月には東京証券取引所市場第二部に株式を上場し、創業から19[10]年で上場企業の地位に到達した。
2003年11月、関東エリアの配送業務を外部へ委託し[11]、自社配送網を抱える発想から外部物流活用の発想へ切り替えた。翌2004年2月には本社内の加工場を全面廃止し[12]、生鮮素材の仕込みを各エリアの加工拠点に分散させた。中央集権型の加工から分散型加工への切り替えで、関東・中部・九州など出店エリアの拡大に伴って物流距離を短縮する設計に踏み込んだ。2005年2月には大阪府吹田市に本社機能を移転し、[13]2006年4月には本店登記も吹田市に移した。[14]摂津市から吹田市への本社移転で、大阪都心への近接性を確保し、人材採用と取引先対応の効率を上げた。
上場後の2003年9月期から2008年9月期にかけて、あきんどスシローは全国エリアへの店舗展開を続けた。2006年4月、創業者の清水義雄氏は社長を退任し[15]、矢三圭史氏が2代目社長に就任した。創業者から雇われ経営者への初の世代交代で、寿司職人出身の創業者から店舗運営型の経営者へ社長像が切り替わった。2003年の東証2部上場と2006年の社長交代は[16]、清水義雄氏が個人で創業した寿司屋の延長として始まった事業を、市場で資金調達しながら全国展開する企業形態へ移す過渡期にあたる。次の節目は、2008年の投資ファンドによる買収と非公開化となる。
2006年9月、あきんどスシローは岡山県岡山市に出店して中国エリアに進出した[17]。2007年8月には大手水産会社の極洋とユニゾン・キャピタル・グループとの戦略的業務提携[18]を結び、水産原料の調達と経営支援の枠組みを整えた。極洋との提携は、寿司ネタの主要供給ルートとなる遠洋・近海漁業の水産会社との関係を強化する目的で、回転寿司チェーンの調達力を補強する経営判断だった。2008年1月には徳島県徳島市に四国エリア初出店、4月には宮城県石巻市に東北エリア初出店、同月には熊本県菊池郡菊陽町に九州エリア初出店、7月には札幌市手稲区に北海道エリア初出店と、2008年1月から7月の半年で4[19]エリアの初出店を完了した。2008年の集中エリア展開で、あきんどスシローは沖縄を除く全国主要エリアをカバーする体制を整えた。
エリア展開の集中実行と並行して、あきんどスシローは投資ファンドによる買収の対象となった。2008年9月、エーエスホールディングス株式会社(ユニゾン・キャピタル系のSPV)はあきんどスシロー株券に対する公開買付け(TOB)を開始し、11月には発行済普通株式の65.19[20]%と新株予約権のすべてを取得して同社を子会社化した。2009年2月には臨時株主総会で吸収合併を決議し、4月に東証2[21]部の上場を廃止、5月にはエーエスHDがあきんどスシローを吸収合併し、商号を「株式会社あきんどスシロー」に変更した。上場廃止により、あきんどスシローはユニゾン・キャピタルの傘下で非公開企業として運営される体制に移行した。投資ファンドによる非公開化(MBO)は、上場企業特有の四半期開示の負担から離れて中長期の店舗投資に踏み込む経営判断にあたる。
2009年6月、豊崎賢一氏が3代目社長に就任[22]した。創業者の清水義雄氏、雇われ経営者の矢三圭史氏に続く3代目で、ユニゾン・キャピタル傘下での再生フェーズを率いる役割を担った。2011年4月、あきんどスシローは韓国ソウル市に子会社Sushiro Korea, Inc[23].を設立し、初の海外進出を実行した。回転寿司業態が日本食ブームと結びついた東アジアでの店舗展開で、後の台湾・香港・シンガポール・タイへの海外展開の出発点になった。2011年2月にはテレビ東京『カンブリア宮殿』に豊崎賢一氏が出演し[24]、回転寿司業界の代表的経営者の1人として広く認知された。
2012年9月、CEILジャパン株式会社がユニゾン・キャピタル・グループの保有[25]する前あきんどスシロー株式全株を取得し、子会社化した。CEILジャパンの母体は英国系投資ファンドのペルミラ(Permira)で、ユニゾンからペルミラへの株主交代が実現した。2013年1月にはCEILジャパンが前あきんどスシローを吸収合併し[26]、商号を『株式会社あきんどスシロー』に再変更した。2008年から2013年にかけて、あきんどスシローはユニゾン傘下→ペルミラ傘下へと2度の投資ファンドの保有を経験し、その都度組織再編と商号変更を繰り返した。
2015年2月、豊崎賢一氏は社長を退任し、後任に水留浩一氏が就任[27]した。水留浩一氏は電通・日本航空(JAL)を経て就任した外部招聘の経営者で、回転寿司業界の事業者出身ではない初の社長となった。同年3月、あきんどスシローは株式移転により株式会社あきんどスシローホールディングスを設立し、持株会社体制へ移行した[28]。持株会社化は再上場とグループ事業の整理を見据えた組織再編で、後年の京樽買収や海外子会社のグループ化を受け入れる受け皿の役を担った。2015年10月には持株会社の商号を「株式会社スシローグローバルホールディングス」に変更し、グローバル展開を社名に明示する形に踏み込んだ。
2015年10月には大阪府吹田市にスシロークリエイティブダイニングを新設分割により設立し[29]、スシロー本体の運営する高単価業態(都心型店舗・別業態店舗)を分社化した。あきんどスシロー本体は100円均一の郊外型回転寿司を担い、スシロークリエイティブダイニングは都心型・別業態を担う2社体制を整えた。2008年から2014年までの2度の投資ファンド傘下での経験は、店舗運営の効率化と財務体質の改善に直接寄与し、2015年以降の持株会社体制と外部招聘CEOによる経営に引き継がれた。100円均一回転寿司の創業地・関西発の事業者が、グローバル展開と都心型業態を併設する事業形態へ変化する準備が、この10年で整った。
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|---|---|---|---|---|
| 1984〜2003年寿司屋発の100円均一回転寿司モデル確立と東証2部上場 | 清水義雄 | すし太郎を設立し1号店を出店 | ★ | |
| 清水義雄 | 直営店主体に切り替え往復ベルトコンベア方式の第1号店を出店 | ★★ | ||
| 清水義雄 | 加工場を宝塚安倉店隣接地に併設 | ★ | ||
| 清水義雄 | 兵庫県宝塚市・高司店での1皿100円均一の開始と均一価格業態への移行 1996年9月、株式会社すし太郎は1皿100円均一の第1号店となる高司店を兵庫県宝塚市に開いた。創業者の清水義雄氏は大阪市阿倍野の寿司屋『鯛すし』を営んでいた職人で、寿司屋を出自とする会社が価格訴求の業態へ自ら移る判断であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 清水義雄 | 同名他社と合併し事業基盤を統合 | ★★ | ||
| 清水義雄 | 商号をあきんどスシローに変更し本社を移転 | ★ | ||
| 清水義雄 | 東京証券取引所市場第二部に上場 | ★ | ||
| 2004〜2014年全国エリア展開とユニゾン・ペルミラによる二度の非公開化 | 矢三圭史 | ユニゾン・キャピタルによる公開買付けの受け入れと東証2部からの上場廃止 2008年9月24日、ユニゾン・キャピタル系の受け皿会社エーエスホールディングスが、東証2部上場のあきんどスシロー(証券コード2781)に対し1株3,250円の公開買付けを開始し、11月に発行済普通株式の65.19%を取得して子会社化、2009年4月に上場を廃止した非公開化。筆頭株主ゼンショーとの統合構想を退け、独立を保つための資本の組み替えであった。 詳細を読む | ★★★ | |
| 矢三圭史 | 東京証券取引所市場第二部を上場廃止 | ★★ | ||
| 矢三圭史 | エーエスHDが旧あきんどスシローを吸収合併し商号変更 | ★ | ||
| 豊崎賢一 | 韓国子会社SUSHIRO KOREAの設立とソウル1号店の開業 2011年4月、あきんどスシローはソウル市に現地法人SUSHIRO KOREA, Inc.を設立し、同年12月5日に海外1号店『スシローコリア 001チョンノ店』をプレオープンした。創業から27年を経ての初の海外拠点で、資本金は30億ウォン、代表にはチェ・セチョル氏が就いた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2015〜2025年水留浩一CEO体制での再上場・京樽買収・FOOD & LIFE COMPANIES化 | 水留浩一 | 株式移転によりあきんどスシローHDを設立し持株会社体制へ移行 | ★★ | |
| 水留浩一 | あきんどスシローHDの商号をスシローグローバルHDに変更 | ★ | ||
| 水留浩一 | 東京証券取引所市場第一部に株式を上場 | ★ | ||
| 水留浩一 | 神明・元気寿司と資本業務提携 | ★ | ||
| 水留浩一 | 聯發國際餐飲事業股份有限公司との間で合弁会社Sharetea Japanを設立 | ★ | ||
| 水留浩一 | FOOD & LIFE COMPANIESに商号変更 | ★ | ||
| 水留浩一 | 京樽を子会社化 | ★★ | ||
| 水留浩一 | 子会社FOOD & LIFE COMPANIES USA Corp・その子会社LLCを設立 | ★ |
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事実根拠:出所(FOOD&LIFECOMPANIES)