すかいらーくホールディングス創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のMBOと東証一部からの非上場化

短期の株価圧力から離れて構造改革を進められるか——横川竟社長はなぜ上場企業の座をいったん手放したか

時期 2006年6月
意思決定者(推定) 横川竟 社長
論点 上場の是非と構造改革の進め方
概要
2006年、すかいらーくは創業家の横川竟社長が主導し、投資ファンドと組む経営陣による買収(MBO)で非上場化した。SNCインベストメントが同年7月に公開買付けを実施し、9月に東京証券取引所市場第一部の上場を廃止する。総額2,700億円を超える当時の国内最大級の買収で、株式交換を経てすかいらーくはSNCの完全子会社となった。
背景
1982年の東証二部上場、1984年の一部指定を経て、すかいらーくは上場企業として四半世紀を歩んだ。ガスト転換でバブル崩壊後の危機は越えたものの、家賃の高い立地の大型店中心の店舗構造や膨らんだ有利子負債が残り、上場のままでは着手しにくい課題が積み残されていた。
内容
買収の主体には野村プリンシパル・ファイナンスと欧州系のCVCキャピタル・パートナーズが名を連ね、負債を含め2,500億円を超える規模で組まれた。横川社長は上場を5年後とすること、人事権と資産処分権を自らが持つことを条件とし、四半期業績や株価の圧力から離れて構造改革を進める狙いを掲げた。
含意
非上場化の後も業績はすぐには上向かず、2008年には大株主となった野村・CVCが業績不振を理由に横川社長の退任を求めた。創業家経営はここで途切れ、2011年にベインキャピタルが親会社となる。2014年10月の再上場時の時価総額は約2,219億円で、MBO前の水準には届かなかった。
筆者の見解

主導権と時間をめぐる取り引き

このMBOの芯にあったのは、店舗網を作り替える時間を、上場企業の身分と引き換えに買うという取り引きであった。四半期の株価に追われず不採算店を畳み、大型店中心の構造を組み替えるには、市場の目から一度離れる必要があった。横川竟社長が上場を5年後とし、人事権と資産処分権を自らに残す条件を付したのは、時間だけを買い、経営の主導権は手放さないという線引きだったとみられる。2,700億円という国内最大級の値づけは、その主導権の対価でもあった。

もっとも、資金の1,500億円を野村とCVCに頼った座組では、主導権を条件で縛りきることは難しかった。業績が計画に届かないと分かった2008年、大株主となったファンドは業績不振を理由に横川氏の退任を求め、創業家はことぶき食品以来の経営から退いた。買ったはずの時間は、皮肉にも創業家が去った後の再建に使われ、店舗網の整理はそこから本格化する。主導権を守るための条件が、資金の出し手との力関係の前でどこまで有効かを、この一件は示しているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

上場四半世紀と積み残された構造課題

すかいらーくは、1978年7月に株式を店頭登録し、1982年8月に東京証券取引所市場第二部へ上場、1984年6月に第一部へ指定替えとなった。ファミリーレストランという業態を産業として成立させた草分けは、上場企業として資金を集めながら多店舗展開を進めた。バブル崩壊後の危機は、低価格業態ガストへの全店転換で切り抜けている。看板を掛け替えてでも収益体質を作り替える経営が、上場企業としての歩みを支えていた[1]

もっとも、市場から評価を受ける立場は、身軽さと引き換えの制約でもあった。家賃の高い立地に大型店を構える従来型の店舗構造は、低成長の時代には重い固定費として残り、有利子負債も膨らんでいた。四半期ごとの業績や株価が問われる上場のままでは、店舗網を根本から組み替える抜本的な手に着手しにくい。ガスト転換を経てなお積み残された課題に、外部資本の規律で向き合う道を、創業家は探り始めていた[2]

決断

国内最大級のMBOという選択

2006年、すかいらーくは創業家と投資ファンドが組む経営陣による買収を選んだ。受け皿会社のSNCインベストメントが同年7月に公開買付けを実施し、9月に東京証券取引所市場第一部の上場を廃止する。総額2,700億円を超えるこの買収は当時の国内最大級で、四半期ごとの株価や短期業績の圧力から離れ、腰を据えて構造改革を進める狙いがあった。株式交換を経て、すかいらーくはSNCインベストメントの完全子会社となった[3][4]

非上場化にあたっては、資本の構成も組み替えられた。2007年7月、SNCインベストメントは同社を存続会社としてすかいらーくと合併し、同日に商号を株式会社すかいらーくへ改める。上場企業として四半世紀を歩んだ会社は、いったん株式市場から退いてファンド主導の再建に身を委ねた。市場の目を気にせず不採算店を畳み、店舗網とコスト構造を作り替える——その時間を買うための非上場化であったとみられる[5]

野村・CVCとの座組と横川氏の条件

2,700億円規模の資金は、複数の担い手で組まれた。買収の主体には野村プリンシパル・ファイナンスと欧州系のCVCキャピタル・パートナーズが名を連ね、外部からの借入金も1,500億円が必要とされた。出資の配分は交渉の末に固まり、野村が1,000億円、CVCが500億円を負担する形で決着した。創業家のMBOとはいえ、実際の資金は投資ファンドと金融機関が大きく支える座組であった[6]

横川竟社長は、この座組にいくつかの条件を付していた。のちに語ったところによれば、上場を5年後とすること、人事権と資産処分権を自らが持つことを約束させたという。ファンドの資金を受け入れながらも、経営の主導権は創業家に残す構えである。もっとも、こうした約束が非上場化の後にどこまで守られるかは、業績の推移とファンドとの力関係に委ねられていた[7]

結果

大株主との対立と創業家経営からの離脱

非上場化の後も、業績はすぐには上向かなかった。景気後退が外食需要を冷やすなか、再建の速度をめぐって創業家とファンドの間に溝が生まれる。2008年8月、すかいらーくは臨時株主総会とその後の取締役会で、横川竟社長の退任と谷真常務執行役員の社長昇格を決めた。大株主となった野村プリンシパル・ファイナンスとCVCが業績不振を理由に退任を求め、創業家出身の社長が事実上その座を追われた形である[8]

ことぶき食品以来つづいた創業家による経営は、ここでファンド主導の経営へと切り替わった。谷真社長のもとで、すかいらーくは低価格のガストを収益の軸に据え、不採算店の閉鎖とコスト構造の見直しを進める。原点ブランドのファミリーレストラン「すかいらーく」も2009年10月に完全閉店した。上場のままでは着手しにくいとされた店舗網の再編は、皮肉にも創業家が退いた後に本格化していった[9]

八年ぶりの再上場と、届かなかった買収時の水準

2011年、米投資ファンドのベインキャピタルが野村側からすかいらーく株を取得し、新たな親会社となった。ガストを軸にした収益構造の立て直しと出店戦略の再構築を経て、2014年10月9日、すかいらーくは東京証券取引所市場第一部へ再上場する。2006年の上場廃止からおよそ八年ぶりの株式市場復帰であり、ファンド傘下での出直しが一区切りを迎えた。公開価格と初値はともに1,200円で、終値は1,143円と初値から下げて取引を終えた[10]

再上場時の時価総額は、終値ベースで約2,219億円であった。総額2,700億円超を投じたMBOの規模には及ばず、上場廃止直前の時価総額2,944億円と比べても低い水準にとどまる。八年をかけた非上場下の構造改革は、外食大手としての収益体質を鍛え直しはしたものの、買収時に見込んだ企業価値をそのまま市場から取り戻すには至らなかった。創業家の手を離れた会社が、外部資本の規律のもとで公開市場に戻ってきた[11]

出典・参考

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