すかいらーくの原点は、1962年4月[1]に東京都北多摩郡保谷町(現西東京市)で開いた食料品店『ことぶき食品有限会社』である。長野県諏訪の横川家に育った横川端氏、茅野亮氏、横川竟氏、横川紀夫氏の四兄弟が[2]、日本住宅公団のひばりが丘団地前に小さな店を構えた。[3]三男の横川竟氏が早朝に築地市場へ仕入れに走り、干物や塩鮭、佃煮などを兄弟で店頭に並べる家族経営の商いだった。資本金200万円の有限会社が、後に外食産業を代表する企業へ育つ出発点となった。団地に暮らす主婦客をつかんだ食料品店は繁盛し、四兄弟はチェーン展開への足がかりをここで得た。
もっとも小売業としての先行きは長く安泰ではなかった。1960年代後半に大型スーパーマーケットが台頭すると、生鮮食品を売る個人商店は価格競争の波にさらされ、食料品店だけで成長を続ける展望は描きにくくなった。四兄弟は米国で普及が進んでいたチェーンレストランに次の活路を求め、外食への転身を決断する。1969年7月にことぶき食品を有限会社から株式会社[4]へ改組し、多店舗展開に耐える組織へと器を作り替えた。小売から外食への転換が、すかいらーく誕生の助走となった。
1970年7月、株式会社ことぶき食品は東京都府中市[5]にファミリーレストラン『すかいらーく』第一号店を出した。広い駐車場を備え、家族連れが自家用車で訪れる郊外立地という業態は、当時の日本ではまだ目新しい試みだった。折からのモータリゼーションの進展と核家族化を追い風に、店舗数を急速に伸ばした。米国型のチェーンオペレーションを取り入れ、標準化した店づくりで多店舗展開の速度を上げた。1974年11月には商号を株式会社すかいらーくへ改め[6]、社名を看板ブランドに一致させ、外食企業としての立場を明確にした。
すかいらーくは、ファミリーレストランという業態を一つの産業として成立させた草分けの存在となった。1977年には埼玉県東松山市にセントラルキッチン[7]を設けて調理を集中化し、各店舗へ半製品を配送する供給体制を築いて多店舗展開を支えた。資金調達の面でも歩みを速め、1978年7月に株式を日本証券業協会へ店頭登録したのち、1982年8月に東京証券取引所市場第二部へ株式を上場する。さらに1984年6月には第一部へ指定替えとなった。[8]創業から20年あまりで、保谷の食料品店は東証一部に名を連ねる企業へと成長した。
単一ブランドに頼る危うさを早くから意識したすかいらーくは、1980年前後から業態の多角化を始めた。1979年に設立した子会社を母体にファミリーレストラン『ジョナサン』を[9]、1985年には和食の『藍屋』を、1987年には中華の『バーミヤン』を相次いで立ち上げる。客単価や料理ジャンルの異なる複数チェーンを一つのグループで束ねる『食のコングロマリット』の構想が、この時期に骨格を得た。一部の子会社は個別に株式を店頭登録し、グループとして多層的な上場構造を持つ時期もあった。それぞれのブランドが別々の客層を受け持つ設計が、後の経営を支える資産となった。
業態開発を、経営陣は『十打数一安打』[10]と呼んだ。とにかく出店して来店客の反応を見なければ何も分からない、失敗を恐れていては新しい業態は生まれないという考え方である。焼き肉レストランやフライドチキン、地中海料理など試みの多くは短命に終わって撤退し、消えた業態は数えきれない。一つの業態開発には15億円ほどを投じたが、十のうち一つでも年商1,000億円級に育てば十分に引き合うという発想で挑み続けた。[11]この試行錯誤の蓄積こそが、後年の思い切った業態転換を可能にする経験値となった。
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|---|---|---|---|---|
| 1962〜1986年創業家四兄弟と郊外型ファミリーレストランの草分け | ことぶき食品を設立 | ★★ | ||
| ことぶき食品が、ことぶき食品に組織変更 | ★ | |||
| 食料品店からの業態転換とファミリーレストラン「すかいらーく」第1号店の開業 東京・保谷のひばりが丘団地前で食料品店ことぶき食品を営んでいた横川家の四兄弟は、1969年7月に会社を有限会社から株式会社へ改め、1970年7月に東京都府中市でファミリーレストラン『すかいらーく』第1号店を開いた。小売から外食チェーンへ生業の軸を移した業態転換であった。 詳細を読む | ★★★ | |||
| ことぶき食品が、すかいらーくに商号変更 | ★ | |||
| 旧すかいらーく②が、旧すかいらーく①を吸収合併 | ★ | |||
| セントラルキッチン東松山工場を新設 | ★ | |||
| すかいらーく株式が、日本証券業協会に店頭登録銘柄として登録 | ★ | |||
| すかいらーく1号店がフランチャイズにて出店 | ★ | |||
| 子会社として藍屋設立(2000年7月、すかいらーくが合併) | ★ | |||
| 1987〜2005年バブル崩壊とガスト革命による低価格への大転換 | 関西工場を新設 | ★ | ||
| 子会社としてバーミヤン設立(1999年7月、すかいらーくが合併) | ★★ | |||
| 関連会社としてニラックス設立 | ★ | |||
| 客単価760円「ガスト」への全店転換と原点ブランド「すかいらーく」の廃止 1992年3月に低価格業態『ガスト』の一号店を出したすかいらーくは、1994年8月に稼ぎ頭のファミリーレストラン『すかいらーく』全店を新業態へ転換し、1996年中に原点ブランドの看板をすべて外す方針を発表した。客単価を約300円下げて760円とし、セルフサービスと家賃圧縮でローコスト経営へ作り替えた業態転換で、茅野亮社長が主導した。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 藍屋の株式が東京証券取引所市場第二部に上場 | ★ | |||
| 子会社としてビルディ設立(すかいらーくが2007年1月に合併) | ★ | |||
| 子会社としてジャパンシーアンドシー設立 | ★ | |||
| 子会社ジャパンプロダクツマーチャンダイジングを設立 | ★ | |||
| ジョナサンを完全子会社化 | ★★ | |||
| 2006〜2014年創業家によるMBOとファンド傘下での出直し | 創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のMBOと東証一部からの非上場化 2006年、すかいらーくは創業家の横川竟社長が主導し、投資ファンドと組む経営陣による買収(MBO)で非上場化した。SNCインベストメントが同年7月に公開買付けを実施し、9月に東京証券取引所市場第一部の上場を廃止する。総額2,700億円を超える当時の国内最大級の買収で、株式交換を経てすかいらーくはSNCの完全子会社となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| すかいらーく株式が東京証券取引所市場第一部上場廃止 | ★★ | |||
| すかいらーくに商号変更 | ★ | |||
| ファミリーレストラン「すかいらーく」完全閉店 | ★★ | |||
| BCJHD6がすかいらーく株式を取得 | ★★ | |||
| ジョナサンを合併 | ★ | |||
| 谷真 | ベインキャピタル傘下での経営再建と八年ぶりの東証再上場 2006年に創業家と投資ファンドのMBOで非上場化したすかいらーくは、2011年11月に米ベインキャピタルへ株式が転売され、その傘下で既存店の立て直しを進めた。2014年10月9日、8年ぶりに東京証券取引所第一部へ再上場する。谷真社長が続投し、マクドナルド出身者らを軸にした外部人材が改革を担った。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2015〜2025年持株会社体制への移行とコロナ禍を越えた再成長 | 谷真 | 持株会社体制へ移行 | ★★ | |
| 谷真 | すかいらーくHDに商号変更 | ★ | ||
| 谷真 | マレーシア(クアラルンプール)にしゃぶ葉1号店をオープン | ★ | ||
| 谷真 | 米国(シカゴ)にしゃぶ葉1号店をオープン | ★ | ||
| 金谷実 | 資さんの株式取得により同社を子会社化 | ★★ | ||
| 金谷実 | Createries Consultancy Sdn.Bhd.等の株式取得により同社を子会社化 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(すかいらーくホールディングス)