吉野家ホールディングス の歴史

更新:

1958年、松田瑞穂氏が東京・築地で創業。1980年の会社更生法申請、2004年の米国産牛肉の輸入停止と牛丼休止までの沿革と経緯を執筆。

創業

1958年

創業者

松田瑞穂

創業地

東京都中央区築地

直近売上高(2026/2)

2,257億円

吉野家ホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年2月期2026年2月期
Q なぜ牛丼で急拡大した吉野家は1980年に会社更生法の申請へ追い込まれたのか
A 牛丼一品への集中は出店数がそのまま売上になる成長を生んだが、一店に一日1,000人を集めるには商圏人口10万が要り、社内では200店が限界とみられていた。それでもフランチャイズオーナーからの拡大要請が続き、限界を超えて出店を重ねた。加えて1973年の牛肉輸入制限で肉が高騰し、並盛は200円から350円へ上がって客足が遠のく。松田瑞穂氏は台湾での乾燥肉加工でしのごうとしたが味が落ち、1980年7月に会社更生法を申請、負債は約122億円に達した
Q なぜ2004年に牛丼の販売を休止してまで米国産牛肉にこだわったのか
A 吉野家の味は米国産ショートプレートを前提に規格化された一杯で、肉というパーツだけを差し替えても客が期待する同じ味は作れないという判断があった。2003年12月のBSE発生で米国産牛肉の輸入が止まると、牛肉の99%を米国産に頼っていた吉野家は2004年2月に牛丼の販売を休止する。すき家や松屋が豪州産や中国産で牛丼を続けるなかでも、安部修仁社長は切り替えではなく休止を選んだ。無借金で自己資金も厚く、2006年9月の復活まで耐える財務の余力があった
Q なぜ2020年前後に京樽やアークミールを次々と手放したのか
A 持株会社化のもとで広げたステーキやラーメンなどの多角化は収益に結びつかず、二度の危機を経た会社にとってむしろ重荷になっていた。そこへコロナ禍による外食の不振が追い打ちをかけ、吉野家ホールディングスは不採算店の閉鎖と並行して事業の絞り込みに踏み切る。2020年2月にステーキ業態のアークミールを安楽亭へ、2021年4月に持ち帰りずしの京樽をFOOD & LIFE COMPANIESへ譲渡した。翌2022年4月にはマレーシアのSUSHI KINGも手放し、牛丼の吉野家とうどんのはなまる、海外へ経営資源を絞り込んだ

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1958年〜 松田瑞穂氏の牛丼一筋チェーン化から1980年の会社更生法申請まで

  1. 1958年 吉野家を設立
  2. 1968年 新橋に「吉野家」2号店を開店
  3. 1977年 YOSHINOYA WEST,INC.を設立
  4. 1980年 会社更生法の申請と、不採算店閉鎖・生タレ復帰による再建 清算か、更生か——牛丼一品で急拡大した外食チェーンが倒産の淵で選んだ道
  5. 1983年 会社更生計画認可決定
  6. 1987年 会社更生手続終結決定

時給200円で人を集めた牛丼チェーンの急拡大

1958年12月、東京・築地で牛丼店を営んでいた松田瑞穂氏が株式会社吉野家(現・株式会社吉野家ホールディングス)を設立した[1]。牛丼一品に価値を集約するこの型が、その後の急拡大の土台になった。

  • 吉野家ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1958年12月に株式会社吉野家(現・吉野家ホールディングス)を設立した

松田瑞穂氏は多店舗化を急いだ。1968年12月にはチェーン展開による多店舗化を目指して新橋に二号店を開き[2]、都心の企業戦士でにぎわう立地に店を重ねた。学歴を問わず適性で若手を抜擢する松田瑞穂氏の登用方針が、現場から幹部を育てる文化をつくった。

  • 吉野家ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1968年12月にチェーン展開を目指し新橋に吉野家2号店を開いた

1977年11月には米国西海岸での店舗展開を目的にYOSHINOYA WEST, INC.(現・YOSHINOYA AMERICA, INC.)を設立し[3]、海外へも足を延ばした。牛丼という単品を短時間で回す業態は、都市の勤め人の胃袋を的確につかみ、外食チェーンの成長モデルとして注目を集めた。

  • 吉野家ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1977年11月に米国西海岸展開のためYOSHINOYA WEST, INC.(現・YOSHINOYA AMERICA, INC.)を設立した
  • 吉野家ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1958年12月に株式会社吉野家(現・吉野家ホールディングス)を設立した
    • [2]1968年12月にチェーン展開を目指し新橋に吉野家2号店を開いた
    • [3]1977年11月に米国西海岸展開のためYOSHINOYA WEST, INC.(現・YOSHINOYA AMERICA, INC.)を設立した

過剰出店と乾燥肉の失敗が招いた会社更生法申請

社内では200店が限界という見方が共通認識だった。それでもフランチャイズオーナーの拡大要請が続いて出店は止まらなかった。一方で牛肉調達は難しさを増す。

松田瑞穂氏は輸入制限を避けるため、米国産の肉を台湾で乾燥肉(フリーズドライ肉)に加工して輸入する方式を考案し、タレも粉末化した。1980年に入ると経営は悪化し、資金繰りに窮した吉野家は大株主でフランチャイズオーナーでもあった不動産管理会社の新橋商事に緊急融資を仰いだ。営業部長だった安部修仁氏も有楽町店の店長へ降格されている。

1980年7月、吉野家は東京地方裁判所[4]に会社更生法の適用を申請し、事実上倒産した。負債は約122億円に上る。同年11月に更生手続開始が決定する。安部修仁氏ら現場の若手は新規出店をすべて止め、九州・広島地区の全店を含む不採算店を閉め、値引きの再建セールで『吉野家ここにあり』を訴えた。1983年3月には会社更生計画が認可[5]される。その後は朝食メニューやカレー、うどんの導入が当たって既存店売上高の更新が続き、1987年3月に会社更生手続が終結した。計画より早い債務完済で、倒産から六年八カ月で再建を果たしている。

  • 吉野家ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1980年7月に会社更生手続開始を申し立て、同年11月に更生手続開始が決定した
    • [5]1983年3月に会社更生計画認可、1987年3月に会社更生手続が終結した
  • 吉野家ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1980年7月に会社更生手続開始を申し立て、同年11月に更生手続開始が決定した
    • [5]1983年3月に会社更生計画認可、1987年3月に会社更生手続が終結した

1988年〜 商号変更と株式公開による再上場、そして二度目の危機となったBSE

吉野家ホールディングスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1988年 ディー・アンド・シー吸収合併による多角化と、京樽買収・東証一部上場 牛丼一品への集中をどこまで解くか——再建を終えた会社が選んだ幅の広げ方
  2. 1988年 吉野家ディー・アンド・シーに商号変更
  3. 1998年 ダンキンドーナツ事業から撤退
  4. 1999年 更生会社京樽の株式を取得
  5. 2004年 米国産牛肉の輸入停止にともなう牛丼販売の休止と、代替牛肉の不採用 看板を守るために売り物を手放すか——牛丼のない2年半をどう営んだか
  6. 2004年 はなまるの株式を取得
  7. 2007年 吉野家HDに商号変更

2008年〜 持株会社移行後の牛丼価格競争と事業ポートフォリオの再編

吉野家ホールディングスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2008年 「吉野家」の牛丼の24時間販売を再開
  2. 2011年 京樽を完全子会社化
  3. 2012年 はなまるを完全子会社化
  4. 2015年 SUSHI KING SDN.BHD. の株式を取得
  5. 2015年 アークミールを完全子会社化
  6. 2016年 せたが屋の株式を取得
  7. 2021年 京樽の全株式をFOOD & LIFE COMPANIESへ譲渡

吉野家ホールディングスの沿革1958〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
吉野家を設立
新橋に「吉野家」2号店を開店
YOSHINOYA WEST,INC.を設立
会社更生法の申請と、不採算店閉鎖・生タレ復帰による再建清算か、更生か——牛丼一品で急拡大した外食チェーンが倒産の淵で選んだ道 詳細を読む★★★
会社更生計画認可決定★★
会社更生手続終結決定
ディー・アンド・シー吸収合併による多角化と、京樽買収・東証一部上場牛丼一品への集中をどこまで解くか——再建を終えた会社が選んだ幅の広げ方 詳細を読む★★★
吉野家ディー・アンド・シーに商号変更
日本証券業協会に店頭登録銘柄として登録
安部修仁大東産業の株式を取得
安部修仁ダンキンドーナツ事業から撤退★★
安部修仁更生会社京樽の株式を取得★★
安部修仁東京証券取引所市場第一部に上場
安部修仁米国産牛肉の輸入停止にともなう牛丼販売の休止と、代替牛肉の不採用看板を守るために売り物を手放すか——牛丼のない2年半をどう営んだか 詳細を読む★★★
安部修仁はなまるの株式を取得★★
安部修仁吉野家HDに商号変更★★
安部修仁「吉野家」の牛丼の24時間販売を再開
安部修仁京樽を完全子会社化
河村泰貴はなまるを完全子会社化
河村泰貴SUSHI KING SDN.BHD. の株式を取得
河村泰貴アークミールを完全子会社化
河村泰貴せたが屋の株式を取得
河村泰貴アークミールの全株式を安楽亭へ譲渡
河村泰貴京樽の全株式をFOOD & LIFE COMPANIESへ譲渡★★
河村泰貴SUSHI KING SDN.BHD. の全株式を SUSHI KING HOLDINGS SDN.BHD. へ譲渡
河村泰貴キラメキノ未来の株式を取得
出典・参考
  • 吉野家ホールディングス 有価証券報告書【沿革】

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