ロイヤルホールディングス

の歴史

創業

1951年

創業者

江頭匡一

創業地

福岡県福岡市博多区

直近売上高(2025/12)

1,655億円

ロイヤルホールディングスの長期業績と経営の転換点売上高・利益率・経営トップ
売上高(億円純利益率(%)

1951年〜 「水商売」を産業に変えると誓った創業者と、福岡空港から始まった多角化

  1. 1951年日本航空国内線の営業開始と同時に、福岡空港において機内食搭載と喫茶営業を開始
  2. 1951年福岡市堅粕で製菓・製パン業を開始し、株式会社ロイヤルベーカリーを設立
  3. 1953年福岡市東中洲にレストランを開業し、有限会社ロイヤルを設立
  4. 1955年アイスクリームの製造販売に着手
  5. 1956年ロイヤル株式会社(資本金1,000千円)を福岡市東中洲に設立
  6. 1962年セントラルキッチンシステム(集中調理方式)を採用し、業務用冷凍料理の製造に着手
  7. 1969年福岡市大字那珂に新本社・工場(ロイヤルセンター)が完成し、全部門を移転

ロイヤルホールディングスの業績推移:単体

売上高(億円)

出所:有価証券報告書等

米軍の御用商人から日本航空の機内食へ

ロイヤルホールディングスの出発点は、終戦直後の福岡にある。創業者の江頭匡一氏は「調理場にもぐり込めば、どう転んでも餓死しないだろう」と考えてコックになり、一年ほどで米軍春日原基地の御用商人に転じた。日用雑貨やパン、写真の現像を扱う商いは、1950年4月にキルロイ特殊貿易株式会社として法人になっている。ところが1955年に国税庁の査察を受け、当時の金額で1億円近い追徴を課された。その痛手のさなかに読んだ米国の外食チェーン創業者ハワード・ジョンソンの伝記が、江頭氏に「飲食業を産業にする」という生涯の目標を与えた。 [1][2][3][4]

  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
    • [1]創業者は江頭匡一で、終戦後に米軍の調理場でコックとなり、その後に春日原ベースの御用商人へ転じた
    • [3]昭和30年(1955年)に国税庁の査察を受け、当時の金額で1億円近い追徴金を課された
  • 有価証券報告書
    • [2]1950年4月にキルロイ特殊貿易株式会社が設立された
    • [4]米国の外食チェーン創業者ハワード・ジョンソンの伝記を読んだことが、飲食業の産業化という目標の契機になった

飲食業への足がかりは空港だった。1951年10月、日本航空が国内線の運航を始めるのと同時に、板付空港(現福岡空港)で機内食の搭載と喫茶営業を開始した。江頭氏によれば、資金難だった日本航空の福岡支店開設を当時の200万円で援助し、その見返りに機内食納入の権利を得たという。同年12月には福岡市堅粕でベーカリー工場を建て、製菓・製パン業も始めている。1953年11月には福岡市東中洲に本格的なフランス料理店ロイヤル中洲本店を開き、有限会社ロイヤルを設立した。開店から3か月後には、新婚旅行と米軍基地の慰問を兼ねて福岡を訪れた女優マリリン・モンローが来店している。 [5][6][7][8][9]

  • 有価証券報告書
    • [5]1951年10月、日本航空国内線の営業開始と同時に福岡空港で機内食搭載と喫茶営業を開始した
    • [7]1951年12月に福岡市堅粕で製菓・製パン業を開始し、株式会社ロイヤルベーカリーを設立した
    • [8]1953年11月に福岡市東中洲でレストランを開業し、有限会社ロイヤルを設立した
  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
    • [6]日本航空福岡支店の開設を当時の200万円で援助し、その見返りに機内食を納入することになった
    • [9]ロイヤル中洲本店の開店から3か月後に、マリリン・モンローとジョー・ディマジオが来店した

1956年5月、資本金100万円でロイヤル株式会社を福岡市東中洲に設立した。同じ年にケーキの冷凍技術を開発して冷凍食品事業に着手しており、後の集中調理方式につながる技術の蓄積はここから始まっている。1959年には洋菓子売店を併設したファミリー向けレストラン、ロイヤル新天町店を福岡市の商店街に出した。空港の喫茶店、ベーカリー、フランス料理店、アイスクリーム、ファミリー向けレストランと、創業から十年足らずで扱う業態は五つに増えている。産業化という言葉を掲げる前に、江頭氏はまず食にまつわる仕事を手当たり次第に試していた。 [10][11][12]

  • 有価証券報告書
    • [10]1956年5月にロイヤル株式会社(資本金1,000千円)を福岡市東中洲に設立した
    • [11]1955年2月にアイスクリームの製造販売に着手した
    • [12]1956年にケーキの冷凍技術を開発し冷凍食品事業に着手、1959年に洋菓子売店を併設したロイヤル新天町店を出店した
  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
    • [1]創業者は江頭匡一で、終戦後に米軍の調理場でコックとなり、その後に春日原ベースの御用商人へ転じた
    • [3]昭和30年(1955年)に国税庁の査察を受け、当時の金額で1億円近い追徴金を課された
    • [6]日本航空福岡支店の開設を当時の200万円で援助し、その見返りに機内食を納入することになった
  • 有価証券報告書
    • [2]1950年4月にキルロイ特殊貿易株式会社が設立された
    • [5]1951年10月、日本航空国内線の営業開始と同時に福岡空港で機内食搭載と喫茶営業を開始した
    • [7]1951年12月に福岡市堅粕で製菓・製パン業を開始し、株式会社ロイヤルベーカリーを設立した
    • [8]1953年11月に福岡市東中洲でレストランを開業し、有限会社ロイヤルを設立した
    • [10]1956年5月にロイヤル株式会社(資本金1,000千円)を福岡市東中洲に設立した
    • [11]1955年2月にアイスクリームの製造販売に着手した
    • [4]米国の外食チェーン創業者ハワード・ジョンソンの伝記を読んだことが、飲食業の産業化という目標の契機になった
    • [9]ロイヤル中洲本店の開店から3か月後に、マリリン・モンローとジョー・ディマジオが来店した
    • [12]1956年にケーキの冷凍技術を開発し冷凍食品事業に着手、1959年に洋菓子売店を併設したロイヤル新天町店を出店した

セントラルキッチンと興銀融資が支えた産業化

1962年、ロイヤルはセントラルキッチンと呼ぶ集中調理方式を採用し、業務用冷凍料理の製造に着手した。同年4月に福岡市天神の福岡ビルへ出店するにあたり、賃料の高い繁華街で手ごろな価格を保つには、下ごしらえを店の外でまとめて行うほかなかった。もっとも社内の抵抗は激しかった。荒木茂専務は「中洲店にコック全員を集めて今後進むべき方向を説明したが、思い出してもくやしくなるくらい罵られ、半分ぐらいやめてしまった」と振り返っている(日経ビジネス1976年7月5日号)。料理を科学的に処理することへの反発は、同業者や専門家からも寄せられた。 [13][14][15]

  • 有価証券報告書
    • [13]1962年9月にセントラルキッチンシステム(集中調理方式)を採用し、業務用冷凍料理の製造に着手した
    • [14]1962年4月に福岡市天神の福岡ビル内へ出店したことが集中調理方式導入の直接の契機だった
  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
    • [15]荒木茂専務が集中調理方式への社内の反発を証言している

産業化を掲げた江頭氏は、人と資金の両面で先手を打った。1965年ごろから大学卒業者の採用を始め、「食べ物の会社が大卒を募集するなどとは噴飯もの」と笑われながら、サンフランシスコ市立大学のレストラン学部へ社員を留学させている(証券アナリストジャーナル1979年8月号)。資金では日本興業銀行に狙いを定め、1967年に同行の調査員3人が3か月間福岡に滞在して飲食業を調べた末、翌1968年に6億円の融資が決まった。当時の年商は20億円ほどで、産業融資を専門とする興銀が飲食業に金を出した事実そのものが、江頭氏には産業として認められた証しだった。 [16][17]

1969年9月、福岡市大字那珂に新本社と工場を兼ねたロイヤルセンターが完成した。敷地6000坪、第1期工事だけで6億円を投じた設備は、興銀の融資がなければ建たなかった。翌1970年の大阪万国博覧会では、アメリカ館ゾーンにロイヤル・アメリカン・カフェテリアなど4店を出す。福岡から600キロ離れた会場での営業に江頭氏は迷ったが、稼働したばかりのセントラルキッチンで一週間分をまとめて作り冷凍庫に置く方式が当たった。売上高は11億5000万円、利益は1億5000万円にのぼり、アメリカ館への出店だったことで食材輸入に外貨を自由に使え、海外の食品企業との接点も得ている。 [18][19][20][21]

  • 有価証券報告書
    • [13]1962年9月にセントラルキッチンシステム(集中調理方式)を採用し、業務用冷凍料理の製造に着手した
    • [18]1969年9月に福岡市大字那珂で新本社・工場(ロイヤルセンター)が完成し、全部門を移転した
    • [14]1962年4月に福岡市天神の福岡ビル内へ出店したことが集中調理方式導入の直接の契機だった
    • [21]1970年の大阪万国博覧会で米国ゾーンにロイヤル・アメリカン・カフェテリアなど4店舗を出店した
  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
    • [15]荒木茂専務が集中調理方式への社内の反発を証言している
    • [16]1967年7〜9月に興銀の調査員3人が福岡に滞在して飲食業を調査し、1968年に6億円の融資が決まった。当時の年商は約20億円だった
    • [17]大学卒業者の採用開始は1965年ごろで、サンフランシスコ市立大学のレストラン学部へ社員を留学させていた
    • [19]ロイヤルセンターは6000坪で、第1期工事だけで6億円を要した
    • [20]大阪万博出店の売上高は11億5000万円、利益は1億5000万円で、アメリカ館への出店により食材輸入に外貨を自由に使えた

ロイヤルホストと高速道路が開いた全国展開

1971年、郊外型ファミリーレストランのロイヤルホスト1号店を北九州市黒崎に開いた。所得の上昇とモータリゼーションを背景に、駐車場を備えた店でファミリー層をつかむ狙いだった。1973年には関門自動車道めかりパーキングエリアにハイウェイレストランの1号店を出し、空港に続いて高速道路という交通インフラの内側に足場を得た。関西と関東への進出では大阪ガスとオージー・ロイヤル、三井物産と物産ロイヤルという合弁を組んだが、三井物産との合弁は物産側の出資比率が60%から30%へ引き下げられるなど早々にきしんだ。 [22][23][24]

    • [22]1971年に郊外型ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」1号店を北九州市黒崎に出店した
    • [23]1973年に関門自動車道めかりパーキングエリア内にハイウェイレストランの1号店を出店した
  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
    • [24]三井物産との合弁会社・物産ロイヤルでは、物産側の出資比率が設立当初の60%から30%へ変更された

1976年時点でロイヤルグループの売上高は150億7300万円、直営部門だけで102億4700万円に達し、日本の飲食業では6位に位置していた。ただし規模の裏には重い投資があった。荒木茂専務は「ロイヤルらしさを演出するためには1店当たり1億6000万円の投資が必要」と述べており(日経ビジネス1976年7月5日号)、1店2500万円で店数を競うすかいらーくとは資本の使い方が正反対だった。品質で選ばれる店を作るという方針は、そのまま固定費の重さとして貸借対照表に積み上がり、後の二十年を縛った。 [25][26][27]

  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
    • [25]1975年12月期の直営売上高は102億4700万円、フランチャイズを含めたグループ全体では150億7300万円だった
    • [26]日本の飲食業ランキング(1975年)でロイヤルは6位だった
    • [27]1店当たりの投資額はロイヤルが1億6000万円、すかいらーくが2500万円だった
    • [22]1971年に郊外型ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」1号店を北九州市黒崎に出店した
    • [23]1973年に関門自動車道めかりパーキングエリア内にハイウェイレストランの1号店を出店した
  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
    • [24]三井物産との合弁会社・物産ロイヤルでは、物産側の出資比率が設立当初の60%から30%へ変更された
    • [25]1975年12月期の直営売上高は102億4700万円、フランチャイズを含めたグループ全体では150億7300万円だった
    • [26]日本の飲食業ランキング(1975年)でロイヤルは6位だった
    • [27]1店当たりの投資額はロイヤルが1億6000万円、すかいらーくが2500万円だった

1978年〜 上場で認められた産業化と、重装備が招いた1990年代の長期低落

  1. 1978年福岡証券取引所に上場
  2. 1981年東京証券取引所市場第二部に上場
  3. 1982年東京都世田谷区桜新町に東京本社(現東京本部)を設置
  4. 1983年千葉県船橋市高瀬町に東京食品工場を建設
  5. 1983年東京証券取引所市場第一部に指定
  6. 1990年ロイヤルマリオットアンドエスシー株式会社(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を設立
  7. 2000年株式会社関西インフライトケイタリング(現双日ロイヤルインフライトケイタリング株式会社)を株式取得により連結子会社化

ロイヤルホールディングスの業績推移:単体

売上高(億円)

出所:有価証券報告書等

福岡・大阪・東京と積み上げた三度の上場

1978年8月、ロイヤルは福岡証券取引所に上場した。上場準備室を設けたのは1972年3月で、当時は「飲食業が上場するなどは夢物語」とされていた。江頭氏は米国で最初にパン屋が上場し、次に小売業、その後にフードサービスが続いた順序を引き、日本でも十年後には同じ順番が来ると読んでいた。1979年7月に大阪証券取引所、1981年8月に東京証券取引所市場第二部、1983年6月に同第一部と、上場の階段を五年で駆け上がった。東証二部への上場が決まったとき、江頭氏は「やっとここまできたんだなあ」と感慨を記している(証券アナリストジャーナル1981年9月号)。 [28][29][30]

上場で得た資金は設備と人に向かった。1982年8月に東京都世田谷区桜新町へ東京本社を置き、延べ700坪のうち300坪を教育センターにあてた。うち200坪はコックの教育に使う計画で、セントラルキッチンを持ってなおコックの育成を最優先に置く考え方が表れている。1983年10月には千葉県船橋市高瀬町に東京食品工場を建設し、福岡一極だった生産を二極に広げた。1981年時点のロイヤルホストは117店、売店やアイスクリーム営業所を含めると200店を超えており、江頭氏はこれを450店まで伸ばす構想を語っていた。 [31][32][33]

  • 有価証券報告書
    • [28]1978年8月に福岡証券取引所、1981年8月に東京証券取引所市場第二部、1983年6月に東京証券取引所市場第一部へ上場・指定された
    • [31]1982年8月に東京都世田谷区桜新町へ東京本社を設置し、1983年10月に千葉県船橋市高瀬町へ東京食品工場を建設した
    • [29]1979年7月に大阪証券取引所へ上場した
    • [30]上場準備室の設置は1972年3月で、当時は飲食業の上場が夢物語とされていた
    • [32]桜新町の東京本社は延べ700坪で、うち300坪が教育センター、その200坪をコック教育にあてる計画だった
    • [33]1981年時点のロイヤルホストは117店で、空港店・市中店・売店等を含めると200店を超えていた。全国450店程度が適正との構想を語っていた

値下げを拒みホスピタリティ企業を掲げた稲田直太社長

1994年4月、江頭氏は入社26年目の稲田直太氏に社長を譲った。稲田氏によれば、そのとき創業者から二つのことを言われている。株主重視の経営をすること、そして店舗の拡大計画を立てないことだった。1998年時点の店舗数は351軒で、稲田氏は将来も550軒程度が上限と見ていた。同業には1000軒を目標に掲げる経営者もいたが、稲田氏は「ある大きさを超えたときに本部ではコントロールできなくなる」として規模の追求を退けた(週刊東洋経済1998年3月21日号)。米国でも1000軒を超えたチェーンが統制を失って倒れたという観察が根拠だった。 [34][35][36]

  • 週刊東洋経済 1998年3月21日号「編集長インタビュー 稲田直太 ロイヤル社長 満点ではなく78点経営を目指す」
    • [34]稲田直太は1968年にロイヤルへ入社し、1994年4月から社長を務めた
    • [35]1998年時点の店舗数は351軒で、将来も550軒程度が上限との見方を示した
    • [36]社長就任時に創業者から株主重視の経営と、店舗の拡大計画を立てないことの二点を指示された

バブル崩壊後の外食市場では低価格路線が広がったが、ロイヤルは値段を下げなかった。稲田氏は「七五〇円のハンバーグステーキを同じ品質で三八〇円で提供するならいいが、何かの品質を落とすか、サービスを省略する」として、原料の大量購入によるコスト削減と店の雰囲気による付加価値で対抗する道を選んだ(週刊東洋経済1998年3月21日号)。1995年には飲食業ではなくホスピタリティ企業を目指すと宣言している。ただし1998年までに四期連続の減益となり、方針の正しさは当時の業績には表れなかった。 [37][38][39]

  • 週刊東洋経済 1998年3月21日号「編集長インタビュー 稲田直太 ロイヤル社長 満点ではなく78点経営を目指す」
    • [37]低価格路線を採らず、原料の大量購入によるコスト削減と店の雰囲気による付加価値で対抗する方針を示した
    • [38]1995年にホスピタリティ企業を目指すと宣言し、2001年の創立50周年での実現を掲げた
    • [39]バブル崩壊後に四期連続の減益決算となった

一方でグループは外食以外へ広がり続けた。1990年10月に住友商事との提携でロイヤルマリオットアンドエスシー(現ロイヤルコントラクトサービス)を設立し、事業所給食などの受託事業に入る。1991年にサラダバー&グリルレストランのシズラー1号店、1995年にはロイネットホテル1号店を大阪府東大阪市に開いた。空港・高速道路・事業所・ホテルと店を構える場所は増えたものの、いずれもロイヤルホストの不振を埋めるには至っていない。1990年代を通じて、多角化は収益の分散にはなっても回復の力にはならなかった。 [40][41][42]

  • 有価証券報告書
    • [40]1990年10月にロイヤルマリオットアンドエスシー株式会社(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を設立した
    • [41]1991年にサラダバー&グリルレストラン「シズラー」1号店、1995年に「ロイネットホテル」1号店を大阪府東大阪市に開業した
    • [42]ロイヤルマリオットアンドエスシーは住友商事との提携により設立された
  • 週刊東洋経済 1998年3月21日号「編集長インタビュー 稲田直太 ロイヤル社長 満点ではなく78点経営を目指す」
    • [34]稲田直太は1968年にロイヤルへ入社し、1994年4月から社長を務めた
    • [35]1998年時点の店舗数は351軒で、将来も550軒程度が上限との見方を示した
    • [36]社長就任時に創業者から株主重視の経営と、店舗の拡大計画を立てないことの二点を指示された
    • [37]低価格路線を採らず、原料の大量購入によるコスト削減と店の雰囲気による付加価値で対抗する方針を示した
    • [38]1995年にホスピタリティ企業を目指すと宣言し、2001年の創立50周年での実現を掲げた
    • [39]バブル崩壊後に四期連続の減益決算となった
  • 有価証券報告書
    • [40]1990年10月にロイヤルマリオットアンドエスシー株式会社(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を設立した
    • [41]1991年にサラダバー&グリルレストラン「シズラー」1号店、1995年に「ロイネットホテル」1号店を大阪府東大阪市に開業した
    • [42]ロイヤルマリオットアンドエスシーは住友商事との提携により設立された

切れなかった機内食事業と創業者への遠慮

2000年3月、ロイヤルは全日本空輸の子会社である関西インフライトケイタリングを株式取得で連結子会社にした。同社は累積損失を抱えて債務超過にあり、関西国際空港で機内食を作るロイヤルの子会社も赤字が続いていた。撤退ではなく統合を選んだ判断について、日経ビジネスは「機内食事業に思い入れのある創業者の江頭匡一さんに遠慮して、関西国際空港からロイヤルの旗を降ろせないらしい」という業界の見方を伝えている。会長の榎本一彦氏は「つぶすのが一番だと分かっていた」と同誌に明かしていた(日経ビジネス2000年4月10日号)。 [43][44][45]

  • 有価証券報告書
    • [43]2000年3月に株式会社関西インフライトケイタリングを株式取得により連結子会社化した
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号「撤退よりも拡大を選んだロイヤルの事情」
    • [44]会長の榎本一彦が関西インフライトケイタリングについて「つぶすのが一番だと分かっていた」と述べた
    • [45]関西インフライトケイタリングは全日本空輸の子会社で、債務超過の状態にあった

機内食は創業の事業であり、産業化の出発点でもあった。それだけに閉じる判断が下せなかった、と読むこともできる。もっともこの選択には合理性もあった。関西国際空港の機内食では日本航空系の事業者が高い占有率を持ち、規模を得なければ損益分岐点を超えられない構造にあったからである。誤算は、統合しても関空特有の高コストと低価格競争が消えなかったことにある。2001年12月期には連結売上高1059億円、経常利益15億円、当期純損失63億円を計上し、ロイヤルは創業50年の節目を業績の底で迎えた。 [46]

  • 日経ビジネス 2000年4月10日号「撤退よりも拡大を選んだロイヤルの事情」
    • [46]関西国際空港では日本航空系の事業者が高い占有率を持ち、高コスト構造と低価格競争のため損益分岐点を超えるのが容易でなかった
  • 有価証券報告書
    • [43]2000年3月に株式会社関西インフライトケイタリングを株式取得により連結子会社化した
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号「撤退よりも拡大を選んだロイヤルの事情」
    • [44]会長の榎本一彦が関西インフライトケイタリングについて「つぶすのが一番だと分かっていた」と述べた
    • [45]関西インフライトケイタリングは全日本空輸の子会社で、債務超過の状態にあった
    • [46]関西国際空港では日本航空系の事業者が高い占有率を持ち、高コスト構造と低価格競争のため損益分岐点を超えるのが容易でなかった

2001年〜 三百億円の特別損失を出した経営構造改革と、持株会社制への移行と分社化

  1. 2001年経営構造改革本部を設置し、以後4年間で連結129店を閉店、300億円を超える特別損失を処理
  2. 2003年那須高原フードサービス株式会社を株式取得により連結子会社化
  3. 2004年アールエヌティーホテルズ株式会社を株式の追加取得により連結子会社化
  4. 2005年持株会社制に移行し、会社名をロイヤルホールディングス株式会社に変更。会社分割により、ロイヤル株式会社、ロイヤル北海道株式会社、ロイヤル九州株式会社、ロイヤル空港レストラン株式会社、ロイヤルカジュアルダイニング株式会社およびロイヤルマネジメント株式会社に事業を承継
  5. 2005年株式会社伊勢丹ダイニング(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を株式取得により連結子会社化
  6. 2005年関連会社アールアンドケーフードサービス株式会社がキリンダイニング株式会社より飲食店26店の営業を譲り受け、取締役の派遣等により同社を連結子会社化
  7. 2006年株式会社テンコーポレーション(現ロイヤルフードサービス株式会社)を株式取得および取締役の異動により連結子会社化

ロイヤルホールディングスの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

四年で129店を閉じた経営構造改革

2001年、ロイヤルは経営構造改革本部を設け、同年の決算で最初の大きな特別損失を計上した。以後三期にわたり合計300億円を超える特別損失を出し、赤字決算が続いた。四年間で閉店した店舗は連結129店、ロイヤル単体で85店にのぼった。新設もあったが、実態はスクラップ中心の整理だった。50年来福岡にあった経理部と人事部を東京本部に統合し、減損会計も前倒しで適用している。今井明夫副社長は2005年2月の決算説明会でこの経緯を説明し、赤字店舗の整理はおおむね終わったうえで、今後は低利益率の店をどうするかが残る課題だと述べている。 [47][48][49]

  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会「持株会社制移行について」(2005年2月18日)
    • [47]2001年に経営構造改革本部を設置し、以後三期で合計300億円を超える特別損失を計上、四年間で連結129店・ロイヤル単体85店を閉店した
    • [48]2005年2月の決算説明会で経営構造改革を説明したのは今井明夫副社長で、赤字店舗の整理は概ね終了し、次は低利益率の店が課題だと述べた
    • [49]50年来福岡にあった経理部・人事部を東京の本部に統合し、減損会計を前倒しで適用した

整理の効果は数字に表れた。2004年12月期の連結売上高は1005億円と四期ぶりに増収へ転じ、経常利益は61億円と1996年の過去最高益に迫った。当期純利益は48億9600万円にのぼっている。ただし回復は構造改革そのものというより、退職金の一時支給と厚生年金基金の解散に伴う特別利益にも支えられていた。翌2005年12月期の経常利益は50億円に戻り、減損損失の計上もあって当期純利益は33億円へ減っている。四年をかけた改革は過去の損失の処理を終えたが、稼ぐ力そのものの回復はそこから先の課題として残った。 [50]

  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会「昨年度の決算概要と本年度の方針」(2005年2月18日)
    • [50]1996年度の過去最高益は経常利益61億8400万円で、2004年12月期の61億5500万円はこれに次ぐ水準だった
  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会「持株会社制移行について」(2005年2月18日)
    • [47]2001年に経営構造改革本部を設置し、以後三期で合計300億円を超える特別損失を計上、四年間で連結129店・ロイヤル単体85店を閉店した
    • [48]2005年2月の決算説明会で経営構造改革を説明したのは今井明夫副社長で、赤字店舗の整理は概ね終了し、次は低利益率の店が課題だと述べた
    • [49]50年来福岡にあった経理部・人事部を東京の本部に統合し、減損会計を前倒しで適用した
  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会「昨年度の決算概要と本年度の方針」(2005年2月18日)
    • [50]1996年度の過去最高益は経常利益61億8400万円で、2004年12月期の61億5500万円はこれに次ぐ水準だった

持株会社への移行と二〇一一年の内紛

2005年7月1日、ロイヤルはロイヤルホールディングスへ商号を変更し、持株会社制へ移った。同時に会社分割でロイヤル、ロイヤル北海道、ロイヤル九州、ロイヤル空港レストラン、ロイヤルカジュアルダイニング、ロイヤルマネジメントの6社へ事業を承継させている。狙いは分権だった。中央集権的な意思決定より、地域別・機能別に権限を委ねたほうが効率も利益率も高まると、子会社の実績から判断したためである。翌2006年に始めた中期経営計画NEXT 50では、2008年度に売上1340億円・経常利益90億円を掲げた。 [51][52][53]

  • 有価証券報告書
    • [51]2005年7月に持株会社制へ移行し、会社名をロイヤルホールディングス株式会社へ変更、会社分割で6社へ事業を承継した
  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会 質疑応答(2005年2月18日)
    • [52]持株会社制移行の狙いは、中央集権的な意思決定より地域別・機能別の権限委譲のほうが効率と利益率が高まるという判断にあった
  • ロイヤルホールディングス 2005年12月期決算説明会「経営戦略」(2006年2月21日)
    • [53]中期経営計画NEXT 50では2008年度に売上高1,340億円・経常利益90億円を目標とした

分社と並行して買収も重ねた。2004年にアールエヌティーホテルズを子会社化してホテル事業を柱に育て、2005年に伊勢丹ダイニング、2006年に天丼てんやを運営するテンコーポレーションを傘下に収めている。しかしリーマン・ショックで流れは止まった。2008年12月期の連結売上高は1200億円、経常利益は11億円へ落ち、のれん減損や店舗撤退損失引当金など総額56億円の特別損失により55億円の当期純損失を計上した。2009年12月期には不採算店を中心に直営63店を閉鎖し、ロイヤルホストの次世代モデルへの改装に着手している。 [54][55][56]

  • 有価証券報告書
    • [54]2004年7月にアールエヌティーホテルズ、2005年11月に伊勢丹ダイニング、2006年6月にテンコーポレーションを連結子会社化した
  • ロイヤルホールディングス 2008年12月期決算説明会(2009年2月17日)
    • [55]2008年12月期は総額56億47百万円の特別損失を計上し、のれん減損損失15億75百万円、店舗撤退損失引当金繰入14億3百万円などを含んでいた
  • ロイヤルホールディングス 2009年12月期決算説明会(2010年2月17日)
    • [56]2009年12月期に不採算店を中心に直営63店舗を閉鎖し、ロイヤルホストの次世代モデルへの改装に着手した

2011年2月3日、ロイヤルホールディングスは今井明夫氏の会長職を解いたと発表した。発端は今井氏を含む13人の株主が出した株主提案で、非常勤取締役である最高顧問が会社を私物化していると指摘し、経営陣の刷新を求める内容だった。批判の的となった榎本一彦氏は福岡地所の経営者で、1997年3月からロイヤルの代表取締役会長を務めていた。会社側は前年に社長へ就いた菊地唯夫氏が記者会見で反論し、第三者委員会による調査を表明している。株式の約12%を保有する創業家一族は、早々に会社側を支持する方針を表明した。 [57][58][59]

  • 週刊東洋経済 2011年2月19日号「会長が現体制に反旗 ロイヤル内紛の舞台裏」
    • [57]2011年2月3日に今井明夫の会長職を解職したと発表し、13人の株主による株主提案が発端だった
    • [59]創業家一族はロイヤルHD株を合計で約12%所有し、会社側を支持する方針を表明した
  • 有価証券報告書
    • [58]榎本一彦は1997年3月にロイヤルの代表取締役会長へ就任し、福岡地所の代表取締役社長・会長も務めた
  • 有価証券報告書
    • [51]2005年7月に持株会社制へ移行し、会社名をロイヤルホールディングス株式会社へ変更、会社分割で6社へ事業を承継した
    • [54]2004年7月にアールエヌティーホテルズ、2005年11月に伊勢丹ダイニング、2006年6月にテンコーポレーションを連結子会社化した
    • [58]榎本一彦は1997年3月にロイヤルの代表取締役会長へ就任し、福岡地所の代表取締役社長・会長も務めた
  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会 質疑応答(2005年2月18日)
    • [52]持株会社制移行の狙いは、中央集権的な意思決定より地域別・機能別の権限委譲のほうが効率と利益率が高まるという判断にあった
  • ロイヤルホールディングス 2005年12月期決算説明会「経営戦略」(2006年2月21日)
    • [53]中期経営計画NEXT 50では2008年度に売上高1,340億円・経常利益90億円を目標とした
  • ロイヤルホールディングス 2008年12月期決算説明会(2009年2月17日)
    • [55]2008年12月期は総額56億47百万円の特別損失を計上し、のれん減損損失15億75百万円、店舗撤退損失引当金繰入14億3百万円などを含んでいた
  • ロイヤルホールディングス 2009年12月期決算説明会(2010年2月17日)
    • [56]2009年12月期に不採算店を中心に直営63店舗を閉鎖し、ロイヤルホストの次世代モデルへの改装に着手した
  • 週刊東洋経済 2011年2月19日号「会長が現体制に反旗 ロイヤル内紛の舞台裏」
    • [57]2011年2月3日に今井明夫の会長職を解職したと発表し、13人の株主による株主提案が発端だった
    • [59]創業家一族はロイヤルHD株を合計で約12%所有し、会社側を支持する方針を表明した

値下げではなく客単価で戻したロイヤルホスト

不振の底は深かった。ロイヤルホストの既存店売上高は2010年8月まで48か月連続で前年を割り込み、客単価1000円超の店は700円前後のサイゼリヤなど低価格チェーンに客を奪われていた。2011年、ロイヤルは「家庭では作れないコックの味」を掲げてメニュー政策を組み替える。店内でコックが大半の料理を作る強みを生かすため、負担の重いメインメニューの改訂を年4回から1回に減らし、コックが調理と盛りつけに習熟できるようにした。黒毛和牛と黒豚を使う黒×黒ハンバーグを軸に、オニオングラタンやメンチカツへ品目を増やした。 [60][61][62]

  • 週刊東洋経済 2011年2月19日号「会長が現体制に反旗 ロイヤル内紛の舞台裏」
    • [60]既存店売上高が2010年8月まで48か月連続で前年割れとなり、客単価1000円超では低価格チェーンに勝てなかった
  • 週刊東洋経済 2013年4月13日号「大幅改装やメニュー刷新で商品価格と価値を高める」
    • [61]2011年から「家庭では作れないコックの味」を掲げ、メインメニューの変更を年4回から1回へ減らした
    • [62]黒毛和牛と黒豚を使った「黒×黒ハンバーグ」を主軸に、オニオングラタンやメンチカツへ商品を広げた

効果は二年で表れた。2012年12月期の既存店売上高は1996年以来16年ぶりに前年を超え、客単価は過去最高の1170円に達した。2009年より100円近く高く、ガストやサイゼリヤの1.5倍にあたる。一皿の平均価格は2009年の625円から2012年末に587円へ下がったが、客1人当たりの注文皿数が1.7皿から2皿へ増えたためである。提供時間や盛りつけへの苦情も約3割減っている。値下げを拒んで品質と雰囲気で戦うという稲田氏の路線は、十数年遅れて数字になった。連結経常利益も2012年12月期の28億円から2019年12月期の46億円へ伸びている。 [63][64]

  • 週刊東洋経済 2013年4月13日号「大幅改装やメニュー刷新で商品価格と価値を高める」
    • [63]2012年12月期の既存店売上高が1996年以来16年ぶりに前年を超え、客単価は過去最高の1170円となった
    • [64]一皿の平均価格は2009年の625円から2012年末の587円へ下がり、注文皿数は1.7皿から2皿へ増えた。苦情は約3割減った

人手不足への対応も、値下げと逆の方向で進めた。2011年から時短営業に踏み切り、2017年には多くの店で開店時間を朝7時から9時へ遅らせている。2018年からは元日休業も始めた。平日の2〜3倍を売る元日を休めば減収になるとみられたが、高価格帯メニューが効いて客単価が上がり、2019年の既存店売上高は前年比2%増となった。菊地唯夫会長は生産性を「分子をサービスの付加価値、分母を従業員数や労働時間とした分数」と説明し、規模を圧縮しながら価値を上げられるかが焦点だと述べている(週刊東洋経済2020年2月29日号)。 [65][66][67]

  • 週刊東洋経済 2020年2月29日号「負け組の逆襲 すかいらーく、ロイホの狙い 人手不足という重い課題」
    • [65]2011年から時短営業を実施し、2017年に多くの店舗で開店時間を朝7時から9時へ変更、2018年から元日休業を始めた
    • [66]元日休業にもかかわらず客単価上昇により2019年の既存店売上高は前年比2%増となった
    • [67]菊地唯夫は2004年にロイヤルへ入社し、2010年に社長、2019年から会長を務めた
  • 週刊東洋経済 2011年2月19日号「会長が現体制に反旗 ロイヤル内紛の舞台裏」
    • [60]既存店売上高が2010年8月まで48か月連続で前年割れとなり、客単価1000円超では低価格チェーンに勝てなかった
  • 週刊東洋経済 2013年4月13日号「大幅改装やメニュー刷新で商品価格と価値を高める」
    • [61]2011年から「家庭では作れないコックの味」を掲げ、メインメニューの変更を年4回から1回へ減らした
    • [62]黒毛和牛と黒豚を使った「黒×黒ハンバーグ」を主軸に、オニオングラタンやメンチカツへ商品を広げた
    • [63]2012年12月期の既存店売上高が1996年以来16年ぶりに前年を超え、客単価は過去最高の1170円となった
    • [64]一皿の平均価格は2009年の625円から2012年末の587円へ下がり、注文皿数は1.7皿から2皿へ増えた。苦情は約3割減った
  • 週刊東洋経済 2020年2月29日号「負け組の逆襲 すかいらーく、ロイホの狙い 人手不足という重い課題」
    • [65]2011年から時短営業を実施し、2017年に多くの店舗で開店時間を朝7時から9時へ変更、2018年から元日休業を始めた
    • [66]元日休業にもかかわらず客単価上昇により2019年の既存店売上高は前年比2%増となった
    • [67]菊地唯夫は2004年にロイヤルへ入社し、2010年に社長、2019年から会長を務めた

2020年〜 コロナ禍の巨額赤字と、双日との資本業務提携が促した事業構造の組み替え

  1. 2020年西洋フード・コンパスグループ株式会社からハイウェイロイヤル株式会社の株式を取得し、関連会社として持分法を適用
  2. 2021年双日株式会社と資本業務提携契約を締結
  3. 2021年ロイヤルホスト株式会社が株式会社テンコーポレーションおよびアールアンドケーフードサービス株式会社を吸収合併し商号をロイヤルフードサービス株式会社に変更。ロイヤル空港高速フードサービス株式会社がロイヤルコントラクトサービス株式会社を吸収合併し同商号に変更
  4. 2021年双日株式会社を割当先とする普通株式9,999百万円を発行し、双日株式会社がロイヤルホールディングスの主要株主となる。ロイヤルインフライトケイタリング株式会社は第三者割当増資に伴い連結子会社から持分法適用の関連会社へ移行し、商号を双日ロイヤルインフライトケイタリング株式会社に変更
  5. 2021年双日株式会社との合弁契約により、シンガポール共和国に海外子会社Royal Sojitz International Pte. Ltd.を設立
  6. 2022年双日株式会社による資本業務提携契約に基づく新株予約権の一部行使を受け、双日株式会社がロイヤルホールディングスのその他の関係会社となる
  7. 2022年ハイウェイロイヤル株式会社(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を株式の追加取得により連結子会社化

ロイヤルホールディングスの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

全事業が赤字に沈んだ2020年12月期

2020年12月期の連結売上高は803億円と前年の1365億円から落ち込み、経常損失198億円、当期純損失275億円を計上した。外食・コントラクト・ホテル・食品のすべてが経常赤字となり、人流に依存する事業構成の弱さがそのまま数字になった。ロイヤルは不採算店約90店の撤退方針を決め、リッチモンドホテル5棟を宿泊療養施設として提供している。連結従業員数は2019年末の2706人から2021年末には1894人へ減っている。ただしこの減少には、後述する機内食子会社の連結除外による分も含まれており、すべてが人員の削減によるものではない。 [68]

  • ロイヤルホールディングス 2020年12月期決算説明資料(2021年2月15日)
    • [68]2020年12月期は全事業セグメントが経常赤字となり、不採算店約90店の撤退方針を決定、ホテル5棟を宿泊療養施設として提供した

2021年2月15日、ロイヤルホールディングスは双日との資本業務提携契約の締結を決議した。双日を割当先とする普通株式99億9900万円と新株予約権を発行し、みずほ銀行・日本政策投資銀行・福岡銀行・西日本シティ銀行の四行には優先株式を割り当てている。あわせて資本準備金と利益準備金を減らして繰越利益剰余金の欠損を埋め、取締役7名のうち2名を双日の指名とした。同年3月には機内食子会社のロイヤルインフライトケイタリングが第三者割当増資によって持分法適用会社となり、連結の範囲から外れている。創業の事業が、七十年を経て連結の外へ出た。 [69][70][71]

  • 有価証券報告書
    • [69]2021年2月に双日株式会社と資本業務提携契約を締結し、同年3月に双日を割当先とする普通株式9,999百万円を発行して双日が主要株主となった
    • [71]2021年3月にロイヤルインフライトケイタリングが第三者割当増資により連結子会社から持分法適用の関連会社へ移行し、双日ロイヤルインフライトケイタリングへ商号変更した
  • ロイヤルホールディングス「双日株式会社との資本業務提携および今次ファイナンスに関する説明資料」(2021年2月15日)
    • [70]みずほ銀行・日本政策投資銀行・福岡銀行・西日本シティ銀行の四行を割当先とする優先株式を発行し、資本準備金・利益準備金の減少で欠損填補を行い、取締役7名のうち2名を双日が指名した
  • ロイヤルホールディングス 2020年12月期決算説明資料(2021年2月15日)
    • [68]2020年12月期は全事業セグメントが経常赤字となり、不採算店約90店の撤退方針を決定、ホテル5棟を宿泊療養施設として提供した
  • 有価証券報告書
    • [69]2021年2月に双日株式会社と資本業務提携契約を締結し、同年3月に双日を割当先とする普通株式9,999百万円を発行して双日が主要株主となった
    • [71]2021年3月にロイヤルインフライトケイタリングが第三者割当増資により連結子会社から持分法適用の関連会社へ移行し、双日ロイヤルインフライトケイタリングへ商号変更した
  • ロイヤルホールディングス「双日株式会社との資本業務提携および今次ファイナンスに関する説明資料」(2021年2月15日)
    • [70]みずほ銀行・日本政策投資銀行・福岡銀行・西日本シティ銀行の四行を割当先とする優先株式を発行し、資本準備金・利益準備金の減少で欠損填補を行い、取締役7名のうち2名を双日が指名した

ホテルが最大の利益源になった外食企業

回復は三段で進んだ。2021年12月期は経常損失45億円と赤字が続いたものの、構造改革による費用の低減で損失幅は前年の四分の一以下に縮んだ。2022年12月期は経常利益21億円とコロナ禍以降で初めて通期黒字に戻り、2023年12月期はハイウェイロイヤルの連結子会社化により117億円の増収効果を得て経常利益52億円まで戻している。そして2025年12月期の連結売上高は1655億円、経常利益は79億円と、いずれも過去最高を更新した。もっともこの回復は自力の再建だけによるものではなく、高速道路事業の連結取り込みと観光需要の戻りに大きく助けられている。 [72]

  • ロイヤルホールディングス 2023年12月期決算説明会資料(2024年2月15日)
    • [72]2023年12月期はハイウェイロイヤル株式会社の連結子会社化に伴い117億円の増収効果があった

ただし利益の出どころは創業以来の外食ではない。2025年12月期のセグメント別では、外食事業が売上659億円に対し経常利益23億円、コントラクト事業が529億円で26億円、食品事業が50億円で4億円だったのに対し、ホテル事業は売上412億円で経常利益68億円を稼いだ。全社の経常利益79億円の大半をホテルが占めた計算になる。1995年に東大阪で1棟目を開いたロイネットホテルは、三十年かけてグループ最大の利益源へ育った。ロイヤルホストの既存店は2024年8月以降17か月連続、てんやは2021年3月以降58か月連続で前年を超えている。 [73][74]

    • [73]ロイヤルホストの既存店は2024年8月以降17か月連続、てんやは2021年3月以降58か月連続で前年度水準を超えた
    • [74]ロイネットホテル1号店は1995年に大阪府東大阪市で開業し、2007年にリッチモンドホテルへ名称変更された

海外にも足を延ばした。2021年8月に双日との合弁でシンガポールにRoyal Sojitz Internationalを設立し、2023年5月には同国にRoyal Food Servicesを、2024年8月にはベトナムにROYAL SOJITZ VIETNAMを置いている。2025年にはシンガポールでロイヤルホストの海外直営店2店を出し、ベトナムではTHE ROYALといねやの新業態を6店連続で開いた。米国カリフォルニア州では銚子丸・双日と組んで寿司新業態を出店している。2025年2月には経営ビジョン2035と中期経営計画2025〜2027を定め、2027年に売上高1875億円・経常利益100億円・ROE12%を掲げた。 [75][76][77]

  • 有価証券報告書
    • [75]2021年8月にシンガポールへRoyal Sojitz International Pte. Ltd.、2023年5月にRoyal Food Services (Singapore) Pte. Ltd.、2024年8月にベトナムへROYAL SOJITZ VIETNAM COMPANY LIMITEDを設立した
    • [76]中期経営計画2025〜2027の最終年度目標は売上高1,875億円・経常利益100億円・EPS135円・自己資本比率40%・ROE12%である
    • [77]2025年にシンガポールでロイヤルホスト海外直営店2店、ベトナムでTHE ROYALといねやの新業態6店、米国カリフォルニア州で銚子丸・双日との協業により寿司新業態を出店した
  • ロイヤルホールディングス 2023年12月期決算説明会資料(2024年2月15日)
    • [72]2023年12月期はハイウェイロイヤル株式会社の連結子会社化に伴い117億円の増収効果があった
    • [73]ロイヤルホストの既存店は2024年8月以降17か月連続、てんやは2021年3月以降58か月連続で前年度水準を超えた
    • [74]ロイネットホテル1号店は1995年に大阪府東大阪市で開業し、2007年にリッチモンドホテルへ名称変更された
    • [77]2025年にシンガポールでロイヤルホスト海外直営店2店、ベトナムでTHE ROYALといねやの新業態6店、米国カリフォルニア州で銚子丸・双日との協業により寿司新業態を出店した
  • 有価証券報告書
    • [75]2021年8月にシンガポールへRoyal Sojitz International Pte. Ltd.、2023年5月にRoyal Food Services (Singapore) Pte. Ltd.、2024年8月にベトナムへROYAL SOJITZ VIETNAM COMPANY LIMITEDを設立した
    • [76]中期経営計画2025〜2027の最終年度目標は売上高1,875億円・経常利益100億円・EPS135円・自己資本比率40%・ROE12%である

人流に依存する構造という残された課題

2022年3月に社長へ就いた阿部正孝氏は、コロナ禍の教訓をこう総括している。「われわれの弱点は人流に依存したポートフォリオだったことだ。コロナ禍で人の動きが止まったことによって深刻な影響を被った」(週刊東洋経済2022年5月14日号)。中期経営計画では既存領域に124億円、事業創造領域に72億円を投じる計画を示し、家庭用冷凍食品のロイヤルデリやフライドチキン専門店ラッキーロッキーチキンを育てて、2024年度に全売上高の10%を事業創造領域が占める姿を目標に掲げた。人流が止まっても売れる商品を持つこと、それが提携と投資の主眼だった。 [78][79]

  • 週刊東洋経済 2022年5月14日号「トップに直撃 ロイヤルホールディングス 社長 阿部正孝」
    • [78]阿部正孝は1971年3月生まれ、1993年にロイヤルへ入社し、ロイヤルコントラクトサービス社長を経て2022年3月に社長へ就任した
    • [79]中期経営計画で既存領域に124億円、事業創造領域に72億円の計196億円を投じ、2024年度に事業創造領域が全売上高の10%を占める姿を目標とした

もっとも、過去最高益を支えているのは国内外の観光需要である。2025年12月期の経常利益79億円のうちホテル事業が68億円を占め、外食とコントラクトは原材料費の上昇と出店費用により前期を下回った。人流に依存する構造は、収益源をホテルへ移したぶん、かたちを変えて残っている。連結従業員数も2383人で、コロナ前の2706人には届いていない。飲食業を国民生活に役立つ産業へ育てるという江頭氏の目標は、人と設備への先行投資を前提としていた。その前提が人手不足の時代にどこまで通るかが、次の十年の試験になる。 [80]

  • 週刊東洋経済 2022年5月14日号「トップに直撃 ロイヤルホールディングス 社長 阿部正孝」
    • [78]阿部正孝は1971年3月生まれ、1993年にロイヤルへ入社し、ロイヤルコントラクトサービス社長を経て2022年3月に社長へ就任した
    • [79]中期経営計画で既存領域に124億円、事業創造領域に72億円の計196億円を投じ、2024年度に事業創造領域が全売上高の10%を占める姿を目標とした
    • [80]外食事業およびコントラクト事業の経常利益は原材料費の上昇や出店費用等により対前年度比で微減となった

ロイヤルホールディングスの沿革1951〜2026年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
日本航空国内線の営業開始と同時に、福岡空港において機内食搭載と喫茶営業を開始★★★
福岡市堅粕で製菓・製パン業を開始し、株式会社ロイヤルベーカリーを設立★★
福岡市東中洲にレストランを開業し、有限会社ロイヤルを設立★★★
アイスクリームの製造販売に着手
ロイヤル株式会社(資本金1,000千円)を福岡市東中洲に設立★★★
セントラルキッチンシステム(集中調理方式)を採用し、業務用冷凍料理の製造に着手★★★
福岡市大字那珂に新本社・工場(ロイヤルセンター)が完成し、全部門を移転★★
福岡証券取引所に上場
東京証券取引所市場第二部に上場
東京都世田谷区桜新町に東京本社(現東京本部)を設置★★
東京証券取引所市場第一部に指定
千葉県船橋市高瀬町に東京食品工場を建設★★
ロイヤルマリオットアンドエスシー株式会社(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を設立★★
株式会社関西インフライトケイタリング(現双日ロイヤルインフライトケイタリング株式会社)を株式取得により連結子会社化★★
経営構造改革本部を設置し、以後4年間で連結129店を閉店、300億円を超える特別損失を処理★★★
オージー・ロイヤル株式会社(現ロイヤルフードサービス株式会社)を株式の追加取得により連結子会社化
那須高原フードサービス株式会社を株式取得により連結子会社化★★
アールエヌティーホテルズ株式会社を株式の追加取得により連結子会社化★★★
今井明夫持株会社制に移行し、会社名をロイヤルホールディングス株式会社に変更。会社分割により、ロイヤル株式会社、ロイヤル北海道株式会社、ロイヤル九州株式会社、ロイヤル空港レストラン株式会社、ロイヤルカジュアルダイニング株式会社およびロイヤルマネジメント株式会社に事業を承継★★★
今井明夫株式会社伊勢丹ダイニング(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を株式取得により連結子会社化★★
今井明夫関連会社アールアンドケーフードサービス株式会社がキリンダイニング株式会社より飲食店26店の営業を譲り受け、取締役の派遣等により同社を連結子会社化★★
今井明夫株式会社テンコーポレーション(現ロイヤルフードサービス株式会社)を株式取得および取締役の異動により連結子会社化★★★
今井明夫セントレスタ株式会社(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を株式取得により連結子会社化
今井明夫ロイヤル株式会社が会社分割によりロイヤル関東株式会社(現ロイヤルフードサービス株式会社)に事業を承継
今井明夫福岡ケータリングサービス株式会社(現双日ロイヤルインフライトケイタリング株式会社)を株式取得により連結子会社化
菊地唯夫ロイヤル関東株式会社(現ロイヤルフードサービス株式会社)がロイヤル東日本株式会社を吸収合併
菊地唯夫那須高原フードサービス株式会社を吸収合併。アールアンドケーフードサービス株式会社がロイヤルカジュアルダイニング株式会社を、セントレスタ株式会社がアールアンドアイダイニング株式会社(旧株式会社伊勢丹ダイニング)をそれぞれ吸収合併★★
菊地唯夫会社分割によりロイヤル空港レストラン株式会社に高速道路事業を承継。ロイヤル東日本株式会社がロイヤル関西株式会社およびロイヤル西日本株式会社を吸収合併し商号をロイヤルホスト株式会社に変更。アールアンドケーフードサービス株式会社が株式会社カフェクロワッサンを吸収合併★★
黒須康宏福岡インフライトケイタリング株式会社が、沖縄県那覇市鏡水に沖縄工場を建設
黒須康宏ロイヤルコントラクトサービス株式会社がセントレスタ株式会社を吸収合併
黒須康宏株式会社関西インフライトケイタリングが福岡インフライトケイタリング株式会社を吸収合併し、商号をロイヤルインフライトケイタリング株式会社に変更
黒須康宏株式会社チャウダーズ(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を株式取得により連結子会社化
黒須康宏ロイヤル空港高速フードサービス株式会社が株式会社チャウダーズを吸収合併
黒須康宏西洋フード・コンパスグループ株式会社からハイウェイロイヤル株式会社の株式を取得し、関連会社として持分法を適用★★
阿部正孝ロイヤルホスト株式会社が株式会社テンコーポレーションおよびアールアンドケーフードサービス株式会社を吸収合併し商号をロイヤルフードサービス株式会社に変更。ロイヤル空港高速フードサービス株式会社がロイヤルコントラクトサービス株式会社を吸収合併し同商号に変更★★★
阿部正孝双日株式会社と資本業務提携契約を締結★★★
阿部正孝双日株式会社を割当先とする普通株式9,999百万円を発行し、双日株式会社がロイヤルホールディングスの主要株主となる。ロイヤルインフライトケイタリング株式会社は第三者割当増資に伴い連結子会社から持分法適用の関連会社へ移行し、商号を双日ロイヤルインフライトケイタリング株式会社に変更★★★
阿部正孝双日株式会社との合弁契約により、シンガポール共和国に海外子会社Royal Sojitz International Pte. Ltd.を設立★★
阿部正孝双日株式会社による資本業務提携契約に基づく新株予約権の一部行使を受け、双日株式会社がロイヤルホールディングスのその他の関係会社となる★★
阿部正孝東京証券取引所の市場区分の見直しにより、市場第一部からプライム市場に移行
阿部正孝ハイウェイロイヤル株式会社(現ロイヤルコントラクトサービス株式会社)を株式の追加取得により連結子会社化★★
阿部正孝Royal Sojitz International Pte. Ltd.の子会社として、シンガポール共和国にRoyal Food Services (Singapore) Pte. Ltd.を設立
阿部正孝ロイヤルコントラクトサービス株式会社がハイウェイロイヤル株式会社を吸収合併
阿部正孝双日株式会社との合弁契約により、ベトナム社会主義共和国に海外子会社ROYAL SOJITZ VIETNAM COMPANY LIMITEDを設立(2025年度より連結子会社)★★
阿部正孝Royal Food Services (Singapore) Pte. Ltd.がRoyal Sojitz International Pte. Ltd.を吸収合併(2024年度より連結子会社)
阿部正孝たびスル株式会社を株式取得により連結子会社化★★
普通株式1株につき2株の割合で株式分割を実施
出典・参考
  • 日経ビジネス 1976年7月5日号「水商売を飲食産業に“調理”して成長」
  • 有価証券報告書
  • 証券アナリストジャーナル 1979年8月号「ロイヤル 飲食業の産業化に成功」江頭匡一
  • ロイヤルホールディングス 統合報告書2026
  • 証券アナリストジャーナル 1981年9月号「ロイヤル “飲食業の産業化”で国民生活向上に貢献」江頭匡一
  • 週刊東洋経済 1998年3月21日号「編集長インタビュー 稲田直太 ロイヤル社長 満点ではなく78点経営を目指す」
  • ロイヤルホールディングス 統合報告書2019
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号「撤退よりも拡大を選んだロイヤルの事情」
  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会「持株会社制移行について」(2005年2月18日)
  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会「昨年度の決算概要と本年度の方針」(2005年2月18日)
  • ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会 質疑応答(2005年2月18日)
  • ロイヤルホールディングス 2005年12月期決算説明会「経営戦略」(2006年2月21日)
  • ロイヤルホールディングス 2008年12月期決算説明会(2009年2月17日)
  • ロイヤルホールディングス 2009年12月期決算説明会(2010年2月17日)
  • 週刊東洋経済 2011年2月19日号「会長が現体制に反旗 ロイヤル内紛の舞台裏」
  • 週刊東洋経済 2013年4月13日号「大幅改装やメニュー刷新で商品価格と価値を高める」
  • 週刊東洋経済 2020年2月29日号「負け組の逆襲 すかいらーく、ロイホの狙い 人手不足という重い課題」
  • ロイヤルホールディングス 2020年12月期決算説明資料(2021年2月15日)
  • ロイヤルホールディングス「双日株式会社との資本業務提携および今次ファイナンスに関する説明資料」(2021年2月15日)
  • ロイヤルホールディングス 2023年12月期決算説明会資料(2024年2月15日)
  • 週刊東洋経済 2022年5月14日号「トップに直撃 ロイヤルホールディングス 社長 阿部正孝」

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