ロイヤルホールディングス持株会社制への移行と、事業6社への会社分割
中央集権か分権か——創業50年続いた福岡本社のピラミッド組織をなぜ解体したか
- 概要
- 2005年2月17日の決算発表と同時に持株会社制への移行を公表し、同年7月1日にロイヤル株式会社をロイヤルホールディングス株式会社へ商号変更した。会社分割により中核事業会社の新ロイヤルほか6社へ事業を承継させ、創業以来50年続いた福岡本社を頂点とする中央集権的な組織を解いた。
- 背景
- 外食市場は1997年を境に縮小へ転じ、顧客ニーズの多様化と競合の激化が進んだ。出店増と売上増を追うチェーン理論に適した中央集権的な組織が合わなくなる一方、2001年からの経営構造改革で連結子会社の利益率が単体の約2倍に達し、権限を委ねた先のほうが稼ぐことを数字が示していた。
- 内容
- 持株会社はグループの企業価値最大化と事業ポートフォリオの最適化を担い、機能を内部統制・IR広報・M&Aといった経営管理に絞った。事業会社には所管事業の執行機能をすべて委譲し、バックオフィスは共通機能会社へ一括した。全事業の一斉分社はリスクがあるとして、工程はフェーズ1・フェーズ2の二段階に置かれた。
- 含意
- 分社は2006年10月の再分社で22社まで増えたが、実績と経営資源のばらつきが表面化し、2008年には4地域分社への集約、同年11月には持株会社内への事業統括本部の設置へと修正された。中期経営計画NEXT 50は経常利益90億円の目標に対し11億9000万円で終わった。
権限を配るということ
この移行を、構造改革の仕上げという言葉で片づけるのは惜しい。負の遺産の整理は2004年までにほぼ終えており、持株会社化はその後始末ではなく、創業以来50年続いた福岡本社の中央集権を解いて権限を配り直す統治の設計であった。連結子会社の利益率が単体の約2倍に達したという事実を根拠に据えたところに、この判断の性格がよく表れているとみることができる。仮説を子会社で数字により確かめてから、本体へ広げる順序を取っている。
もっとも、配った権限は三年で束ね直され始めた。2006年10月に22社へ増やした分社は、2008年には4つの地域分社への集約へ向かい、同年11月には持株会社内へ事業統括本部が置かれた。NEXT 50の経常利益は90億円の目標に対し11億9000万円で終わっている。権限を委ねれば効率と利益率が上がるという仮説は、独立した子会社では成り立っても、本体を割った先では同じようには働かなかったとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
中央集権が機能した時代の終わり
外食市場は1997年まで右肩上がりであった。顧客のニーズは比較的単一で競合も少なく、出店増と売上増をひとつのパターンで追えばよい時期が続いた。この環境ではチェーン理論を実践するための中央集権的でピラミッド型の組織が効果を発揮し、ロイヤルも創業以来50年にわたり福岡の本社から全国の店舗を統制してきた。1997年を境に市場が右肩下がりへ転じると、この形が合わなくなった[1][2]。
組織の限界は経営者自身が早くから口にしていた。1994年4月に社長へ就いた稲田直太氏は、1998年の取材で、同業には1000軒を目標に掲げる経営者もいるとしたうえで「ある大きさを超えたときに本部ではコントロールできなくなる」と述べている。本部が一人ひとりの店長と意思を通わせられる範囲には自ずと限りがある、という認識であった。中央集権への疑いは、持株会社化の七年前にすでにあった[3][4]。
構造改革が用意した前提
2001年に設けた経営構造改革本部のもとで、ロイヤルは四年間に連結129店、ロイヤル単体で85店を閉店した。三期にわたり合計300億円を超える特別損失を計上して赤字決算を続けた末、2004年12月期には連結売上高1005億円と四期ぶりの増収に戻し、経常利益は61億5500万円へ回復している。副社長の今井明夫氏は、赤字店舗の整理は概ね終了したと述べた[5][6]。
整理と並行して、子会社のほうが本体より高い利益率を出す構図が現れていた。1999年には連結の経常利益が単体を下回り、本体の利益を子会社が食う関係にあった。それが関西インフライトケイタリングの子会社化などを経て逆転し、2004年12月期には連結の売上高経常利益率6.12%に対し単体は4.91%、連結子会社の利益率は単体の約2倍に達した。権限を委ねた先が稼ぐという仮説は、この数字に裏づけられていた[7][8]。
決断
分権という設計思想
2005年2月17日、ロイヤルは決算発表と同時に持株会社制への移行を公表した。翌18日の説明会で、経営構造改革本部を担当する今井明夫副社長が狙いを説明している。ロイヤル関西の成功事例を本体へ広げるだけかと問われた同氏は、それだけではないと答え、複数の子会社の経営結果から、中央集権的でピラミッド的な意思決定より地域別・機能別に権限を委譲したほうが効率も利益率も高まると証明できたことを根拠に挙げた[9][10]。
設計は三層に分けられた。持株会社はグループの企業価値を最大化し事業ポートフォリオを最適化する役で、機能は内部統制・IR広報・M&Aといった経営管理に絞る。事業会社は所管事業の収益性を極大化する責任を負い、そのための事業執行機能はすべて委譲される。共通機能会社はバックオフィスを引き受け、シェアードサービスとしてコストを軽減する。責任と権限を持たせたうえで統一性を保つ形であった[11][12]。
6社への分割と二段階の工程
2005年7月1日、ロイヤル株式会社はロイヤルホールディングス株式会社へ商号を変更した。高速道路事業部を除く事業を分社型分割で切り出し、中核事業会社の新ロイヤル、ロイヤル北海道、ロイヤル九州、ロイヤル空港レストラン、シズラーを担うロイヤルカジュアルダイニング、バックオフィスを一括するロイヤルマネジメントの6社へ承継させている。新ロイヤルは店舗数236、従業員1121名を擁した[13][14]。
工程は二段階に置かれた。全事業を一度に分社することはリスクがあるとして、まず中核事業会社の新ロイヤルを作るのがフェーズ1にあたる。今井副社長は説明会の質疑で、フェーズ2はフェーズ1が完了してから一年二年のうちに進めると答え、ロイヤルホストの地域分社を先に、その他のサービス部門の分社を後に置く順序も示した。機内食やベーカリー、工場を含む食品事業の機能分社も検討対象に挙げられていた[15][16]。
結果
分社の増殖と中期経営計画の未達
フェーズ2は予定どおり動いた。2006年10月にロイヤル株式会社の再分社を実施し、子会社数は17社から22社へ増えた。ところが2008年2月の説明会では、分社やカンパニーによって実績と経営資源にばらつきがあり、フランチャイザーの効率を上げる余地も残るとして、自主自立で成果を出してきた分社を核に4つの地域分社へ集約する見直しが示された。分けた単位を、三年で束ね直す判断であった[17][18]。
中期経営計画NEXT 50の数値には届かなかった。2008年度に売上高1340億円・経常利益90億円を掲げたのに対し、実績は売上高1200億円・経常利益11億9000万円にとどまっている。乖離が最も大きかったのは外食事業で、経常利益59億円の目標に対し1億4000万円であった。一方でロイヤルホストへの依存率は約半分から36.7%へ下がり、事業の多様化という側面だけは前へ進んだ[19][20]。
求心力の再構築
2009年2月、取締役の菊地唯夫氏は未達の内的要因を五つ挙げた。そのひとつが分権の副作用であった。分権型で進めた結果、会社によっては店舗ごとにサービスや効率性のばらつきが生じ、すべてがうまくいく改善にはならなかったと同氏は総括している。購買・物流・工場・間接部門といった外食インフラ機能をグループ全体へ広げる取り組みも、想定どおりの結果を生まなかった[21][22]。
会社は求心力を戻す側へ動いた。2008年11月、持株会社内に全事業を統括する事業統括本部を設置している。各事業会社の自主自立を尊重する分権型から、統括本部が経営指導とグループ資源の配分を担う形への修正であった。子会社数も2008年12月の21社から3社を再編して18社へ減っている。内部統制や品質衛生対応、J-SOX対応で個社単位の負担が重くなっていたことも、集約の理由に挙げられた[23][24]。
- ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会「持株会社制移行について」(2005年2月18日)
- ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会「昨年度の決算概要と本年度の方針」(2005年2月18日)
- ロイヤルホールディングス 2004年12月期決算説明会 質疑応答(2005年2月18日)
- ロイヤルホールディングス 2005年12月期決算説明会「経営戦略」(2006年2月21日)
- ロイヤルホールディングス 2006年12月期決算説明会資料(2007年2月22日)
- ロイヤルホールディングス 2008年12月期決算説明会 中期経営計画レビュー(2009年2月17日)
- ロイヤルホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- ロイヤルホールディングス 有価証券報告書(2005年12月期・連結)
- 週刊東洋経済 1998年3月21日号「[編集長インタビュー]稲田直太 ロイヤル社長満点ではなく78点経営を目指す」