サイゼリヤ の歴史

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創業者・正垣泰彦氏と本八幡の1号店

創業 1967年
創業者 正垣泰彦
創業地 千葉県市川市
創業
1967年7月、東京理科大学物理学科に在学中の正垣泰彦氏が、千葉県市川市本八幡で「レストラン・サイゼリヤ」を個人開業した。研究者の道に見切りをつけ、ゼロから大きくできる食べ物屋を選んだ。翌1968年4月に店内の火災で全焼すると、同じ本八幡でイタリア料理に絞って出し直す。手間をかけず素材をそのまま出せるイタリア料理なら、味の8〜9割は素材で決まり料理人の腕に左右されないという読みがあった。1973年5月には多店舗化を見据え株式会社マリアーヌ商会を設立する。ただし業態を変えても客足はつかず、開業から数年は不振が続いた。
決断
動かせない条件を早々に与件と見切り、残った一つの変数へ資源を集める判断に特色がある。立地も自分の料理の腕も変えられないと結論した正垣氏は、1970年代半ばにメニューを一部の特売ではなく全品5割引きへ下げた。人が迷わず払う額は雑誌や煙草の倍という見立てから1品を380〜440円に置き、賃料の安い立地で浮いた原資を素材の原価へ充当する配分を定めた。1997年には吉川工場を建てて調達から加工までを自社で握る製造直販へ進み、2003年には上海へ独資の子会社を設けて低価格の型を華人圏へ移した。国内で組んだ原価設計はそのまま別の市場でも通り、次の収益源になった。
現況
国内で磨いた低価格の店舗運営をアジアへ移し、そのアジアが国内の薄利を支える事業構造である。2025年8月期の連結売上高2,567億円は日本1,729億円・アジア838億円と国内が7割弱を占めるが、セグメント利益は日本50億円に対しアジア101億円で、稼ぎは海外が国内の2倍にあたる。日本のセグメント損益は2020年8月期から4期続けて赤字に沈み、その間もアジアは黒字を保った。円安は海外利益の円換算額を膨らませる一方、創業期からの強みだった食材の直接輸入では原価を押し上げる。同じ為替が、稼ぎと原価の両側に効いている。
競合
競争環境は熾烈である。1992年にすかいらーくが客単価760円のガストへ全店転換するきっかけをつくったのはサイゼリヤだと当時報じられた。駅前の一等地を避け、投下資本の20%以上の利益が出るかで出店を決める規律を通した結果、1999年8月期の売上高経常利益率13.2%は大手ファミリーレストランの5%前後を上回り、同年11月末の時価総額2,403億円は首位すかいらーくの2,510億円に迫った。同じ時期にハンバーガーの価格破壊へ踏み切った大手が値下げの代償を負ったのに対し、値下げを客寄せで終わらせず原価設計まで通したところで差がついた。現在国内では多業態を並べて調達を集約するゼンショーと、垂直統合の効率を競う。
サイゼリヤ:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1996年8月期2025年8月期

創業ストーリー 物理学出身者の実験と6〜7割引という賭け (1967年〜)

本八幡の火災と「レストラン・サイゼリヤ」からの再出発

1967年7月、創業者の正垣泰彦氏が個人店舗[1]『レストラン・サイゼリヤ』を開いた[2]。東京理科大学物理学科の4年に在学中で、店を構えたのは市川市の本八幡、開店日は7月7日[3]の仏滅だったと正垣氏はふり返った。初めは大学の研究室に残るつもりでいたが、卒業論文のため国の研究所へ通ううち、これを一生やる仕事ではないと考えを変えた[4]。自分で何かを興すなら、ゼロから出発して大きくなれる食べ物屋がよいと判断し[5]、在学中の開業に踏み切った。ところが1年目の1968年4月8日の夜、店内でヤクザ同士がけんか[6]を始め、投げ合われた石油ストーブから火が出て店は全焼した[7]

  • 株式会社サイゼリヤ 有価証券報告書 第53期(2025年8月期)【沿革】
    • [1]創業者は正垣泰彦。1967年7月より個人店舗「レストラン サイゼリヤ」を経営
    • [2]個人店舗の屋号は「レストラン サイゼリヤ」
  • あさひ銀総研レポート 2(7)(通巻76号)(あさひ銀総合研究所, 1993年7月)
    • [3]東京理科大学物理学科4年のとき、市川市の本八幡で7月7日の仏滅の日に開店したと正垣氏が語った
    • [4]当初は研究室に残る考えだったが、卒論で通った国の研究所での日々から研究職を選ばなかった
    • [5]ゼロから出発して大きくなるには食べ物屋がよいと考え、在学中に開業した
    • [6]開業1年目の4月8日の夜、店内でヤクザ同士がけんかを始めた
    • [7]投げ合われた石油ストーブが火元となり店は全焼した

世界中の料理で食べ方が昔から変わらないのはイタリア料理だけで、その理由は調理に手間をかけなくてよいこと[8]にあり、素材をそのまま食べれば飽きが来ない[9]からだと正垣氏は語った。料理のうまい、まずいは素材で決まり、内訳は素材が80〜90%、温度と湿度の管理[10]が5〜10%、コック作業が5〜10%だというのが正垣氏の見立てだった。1998年の講演では、素材90%、保管管理5%、調理5%[11]と数字を置き直した。イタリア料理へ向かうもう一つの手がかりは市場の観察で、戦後最も伸びた食材はにんにく[12]だったが、唐辛子で辛くする道は札幌ラーメンが先行していた。次に130%の伸びを示していたトマト・スパゲティ[13]と溶けるチーズから、正垣氏はイタリア料理に行き着いた。イタリア料理のチェーンは世界のどこにもなく、米国のオリーブ・ガーデンも素材別ポーション[14]ではなく一皿完結だというのが正垣氏の見方だった。

  • あさひ銀総研レポート 2(7)(通巻76号)(あさひ銀総合研究所, 1993年7月)
    • [8]食べ方が昔から変わらないのはイタリア料理だけで、理由は調理に手間を掛けなくてよいこと
    • [9]飽きずに継続して食べるには原材料をそのまま食べることだとする正垣氏の説明
    • [10]味は素材で決まり、素材80〜90%・温湿度管理5〜10%・コック作業5〜10%(1993年時点の説明)
  • 証券アナリストジャーナル 1998年5月号
    • [11]1998年4月24日の講演では、うまいものは素材90%・保管管理5%・調理5%と説明
    • [12]戦後最も伸びていた食材はにんにく。唐辛子路線は札幌ラーメンが先行していた
    • [13]130%の伸びを示していたトマト・スパゲティと溶けるチーズからイタリア料理を考えた
    • [14]イタリア料理のチェーンは世界中どこにもなく、米国のオリーブ・ガーデンも素材別ポーションでなく一皿完結だとする正垣氏の見方
  • 株式会社サイゼリヤ 有価証券報告書 第53期(2025年8月期)【沿革】
    • [1]創業者は正垣泰彦。1967年7月より個人店舗「レストラン サイゼリヤ」を経営
    • [2]個人店舗の屋号は「レストラン サイゼリヤ」
  • あさひ銀総研レポート 2(7)(通巻76号)(あさひ銀総合研究所, 1993年7月)
    • [3]東京理科大学物理学科4年のとき、市川市の本八幡で7月7日の仏滅の日に開店したと正垣氏が語った
    • [4]当初は研究室に残る考えだったが、卒論で通った国の研究所での日々から研究職を選ばなかった
    • [5]ゼロから出発して大きくなるには食べ物屋がよいと考え、在学中に開業した
    • [6]開業1年目の4月8日の夜、店内でヤクザ同士がけんかを始めた
    • [7]投げ合われた石油ストーブが火元となり店は全焼した
    • [8]食べ方が昔から変わらないのはイタリア料理だけで、理由は調理に手間を掛けなくてよいこと
    • [9]飽きずに継続して食べるには原材料をそのまま食べることだとする正垣氏の説明
    • [10]味は素材で決まり、素材80〜90%・温湿度管理5〜10%・コック作業5〜10%(1993年時点の説明)
  • 証券アナリストジャーナル 1998年5月号
    • [11]1998年4月24日の講演では、うまいものは素材90%・保管管理5%・調理5%と説明
    • [12]戦後最も伸びていた食材はにんにく。唐辛子路線は札幌ラーメンが先行していた
    • [13]130%の伸びを示していたトマト・スパゲティと溶けるチーズからイタリア料理を考えた
    • [14]イタリア料理のチェーンは世界中どこにもなく、米国のオリーブ・ガーデンも素材別ポーションでなく一皿完結だとする正垣氏の見方

全メニュー6〜7割引の「最後の賭け」と法人化への道筋

サイゼリヤのメニューは全部5割引きだと、正垣氏は1993年時点で説明していた[15]。1993年の説明によれば、人が考えずに払う食べ物の額はタバコや雑誌の倍で、最も売れていた週刊少年ジャンプが190円、セブンスターが220円であり、1品単価を380円から440円の間に置けば[16]客は自然に来る。安い水準の目安は1000円のものなら500円以下だと正垣氏は説明した[17]

  • あさひ銀総研レポート 2(7)(通巻76号)(あさひ銀総合研究所, 1993年7月)
    • [15]1993年時点の説明。サイゼリヤのメニューは全部5割引き
    • [16]考えずに払う食べ物の額はタバコや雑誌の倍。週刊少年ジャンプ190円・セブンスター220円から1品単価380〜440円
    • [17]安い水準の目安は「1000円のものなら500円以下」だと正垣氏が説明した

1973年5月、将来の多店舗化を視野に入れ[18]、より一層の発展を図るために個人経営を法人化し、株式会社マリアーヌ商会を千葉県市川市に設立[19]し、資本金は100万円、券面額は500円[20]だった。1998年の講演で正垣泰彦社長は、イタリア料理を通して日本社会に生活の豊かさを提案することが会社の設立目的だ[21]と語った。

  • 株式会社サイゼリヤ 有価証券報告書 第53期(2025年8月期)【沿革】
    • [18]1973年5月、将来の多店舗化を視野に入れ、より一層の発展を図るために法人化し、株式会社マリアーヌ商会を千葉県市川市に設立
    • [19]法人化した会社は株式会社マリアーヌ商会、設立地は千葉県市川市
    • [20]設立時の資本金1,000千円(100万円)、券面額500円
  • 証券アナリストジャーナル 1998年5月号
    • [21]1998年講演。設立目的はイタリア料理を通して日本社会に生活の豊かさを提案すること
  • あさひ銀総研レポート 2(7)(通巻76号)(あさひ銀総合研究所, 1993年7月)
    • [15]1993年時点の説明。サイゼリヤのメニューは全部5割引き
    • [16]考えずに払う食べ物の額はタバコや雑誌の倍。週刊少年ジャンプ190円・セブンスター220円から1品単価380〜440円
    • [17]安い水準の目安は「1000円のものなら500円以下」だと正垣氏が説明した
  • 株式会社サイゼリヤ 有価証券報告書 第53期(2025年8月期)【沿革】
    • [18]1973年5月、将来の多店舗化を視野に入れ、より一層の発展を図るために法人化し、株式会社マリアーヌ商会を千葉県市川市に設立
    • [19]法人化した会社は株式会社マリアーヌ商会、設立地は千葉県市川市
    • [20]設立時の資本金1,000千円(100万円)、券面額500円
  • 証券アナリストジャーナル 1998年5月号
    • [21]1998年講演。設立目的はイタリア料理を通して日本社会に生活の豊かさを提案すること

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サイゼリヤの沿革1967〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1967〜1976年物理学出身者の実験と6〜7割引という賭け正垣泰彦氏が飲食店を個人開業
正垣泰彦イタリアンレストラン「サイゼリヤ」の経営を開始★★
正垣泰彦全品半額への値下げと低価格イタリア料理チェーンへの業態転換

1967年に千葉県市川市本八幡で開いた洋食店が数年の不振に沈んだのち、創業者の正垣泰彦が1975年ごろに全メニューを前の相場より6〜7割安い水準まで下げ、低価格のイタリア料理店へ業態を変えた判断。驚くほどの安さに客が集まり、看板のミラノ風ドリアを304円で売る後年の原型が固まった。

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★★★
1977〜2002年首都圏ドミナントから東証上場・中国進出へ正垣泰彦多店舗展開と同時に仕入を強化
正垣泰彦ショッピングセンター業態に参入★★
正垣泰彦駅ビル業態に参入
正垣泰彦商号をマリアーノに変更
正垣泰彦ハンディ端末によるオーダーエントリーシステム導入
正垣泰彦ロードサイド業態に参入
正垣泰彦全国で多店舗展開を本格化
正垣泰彦サイゼリヤに商号変更
正垣泰彦広告宣伝に注力しない体制へ★★
正垣泰彦吉川工場を新設、本社を併設
正垣泰彦日本証券業協会に株式を店頭登録
正垣泰彦製造子会社SAIZERIYA AUSTRALIA PTY.LTD.を設立
正垣泰彦神奈川工場を新設
2003〜2026年アジア海外展開と食材調達コスト構造の転換正垣泰彦兵庫工場を新設
正垣泰彦中国・上海への進出による低価格モデルの海外移植とアジア利益柱への反転

2003年、サイゼリヤが中国・上海に独資の子会社を設け、国内で磨いた低価格と製造直販の型を華人圏へ移した経営判断。当初は赤字が続いたが、赤字を織り込んで出店の密度を積み上げ、20年を経てアジア(中国中核)がグループの利益柱へ育った。

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★★★
堀埜一成国内1000店舗を達成
堀埜一成千葉工場を新設
堀埜一成新業態で店舗開発(のちに撤退決定)★★
堀埜一成監査等委員会設置会社へ移行
堀埜一成国内外店舗数1500店舗を達成
堀埜一成最終赤字に転落
松谷秀治売上高は過去最高・利益は下方修正へ
松谷秀治朝食業態「朝サイゼ」を開始
出典・参考
  • 株式会社サイゼリヤ 有価証券報告書 第53期(2025年8月期)【沿革】
  • あさひ銀総研レポート 2(7)(通巻76号)(あさひ銀総合研究所, 1993年7月)
  • 証券アナリストジャーナル 1998年5月号

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