重要な意思決定
全国で多店舗展開を本格化
背景
投資リターン20%という数理に基づく全国展開の設計
1990年代に入り、サイゼリヤは首都圏に限定していた出店を全国へ拡大した。1991年5月に愛知県(豊田そごう店)、1992年3月に北海道と富山県へ進出し、1992年6月に50店舗、1994年7月に100店舗を突破した。この出店速度を支えたのは、創業者・正垣泰彦が設定した投資リターン20%という基準値であった。自己資本の3倍を銀行借入で調達し、全額を出店に投資して経常利益率20%を確保すれば、売上高は年率130〜150%で成長し、20年間で200倍になるという計算であった。
正垣はこの数理を「食べ物屋さんにとって決してムリな数字ではない」と語っている。投資リターン20%を確保できる立地を選ぶことが出店判断の核であり、それは必然的に駅前の一等地ではなく、駅ビルの2階や地下1階といった賃料の安い場所を意味した。1993年頃には経常利益率10%を確保し、イタリア料理チェーンとしては競合を寄せ付けない出店スピードを実現していた。
決断
悪立地への出店を数理で正当化した経営判断
サイゼリヤの立地戦略は、創業期の「半額にすれば客は来る」という経験則の延長線上にあった。一等地の賃料を払うよりも、悪立地で出店コストを抑え、浮いた資金を食材原価に投資する方が投資効率は高い。正垣の表現を借りれば「誰も手をつけたがらない立地条件が悪い場所」こそが、投資額に対して20%以上の経常利益を生む場所であった。
1995年5月には関西地区(六甲アイランド店)への出店を開始し、全国展開の地理的な範囲をさらに拡大した。出店コストの抑制と低価格メニューの組み合わせは、バブル崩壊後の消費低迷期にあって、外食産業の中でも異例の成長軌道を描く要因となった。イタリア料理チェーンとしての独自性と、理系出身の創業者が組み上げた投資基準が、全国展開を支える構造であった。