コロワイドの源流は、1963年4月に神奈川県逗子市で飲食店および軽飲食店の営業を目的として設立された[1]会社にさかのぼる。当初は逗子の小さな飲食店にすぎなかったが、1977年9月に『甘太郎食堂』を『手作り居酒屋 甘太郎』へ業態変更し[2]、この逗子店を後年まで創業店と位置づけた。居酒屋という大衆業態を主力に定めたこの転換が、その後の多店舗展開の出発点となった。当時社長を務めた蔵人金男氏は後年、昭和52年に逗子で30坪の甘太郎を出したのが始まりだと振り返り[3]、これを主力業態として一貫して直営で店舗を広げてきたと述べている。
甘太郎が掲げたのは、仕事帰りの時間帯に落ち着いて過ごせる場を提供するという発想であった。蔵人社長は後年、居酒屋という外食の一業態を通じてアフター5の快適なコミュニケーション空間を届けることを方針に据え[4]、差別化したメニュー、ゆったり食事のできる席、カラオケなどの装備をそろえてきたと説明している。安売り競争に走るのではなく、性別や年齢層、客単価の違いに応じて来店動機を細かくとらえる店づくりを、創業まもない時期から志向していた。この考え方が、後の複数業態の開発と、直営で地域を面として押さえる展開の下地になった。
甘太郎は当初から一貫して直営による店舗展開を貫いた。1981年11月に大船1号店を開いて直営のみの多店舗展開を本格化させ[5]、1986年には町田1号店で東京都へ進出した。同じ1986年には本社を藤沢市へ移し、逗子市に逗子工場を設けて[6]自前の食材加工体制づくりに着手した。単独の看板を広げるフランチャイズ方式ではなく、直営で面を押さえる出店手法が、この時期に土台として据えられた。店舗が増えるほど自前の加工・供給が効いてくる構造を、早い段階から意識していたことがうかがえる。
業態の幅も広げていった。1987年に串焼きと釜飯の『三間堂』、1992年に『ダイニングカラオケ デイ・トリッパー』を開くなど[7]、顧客層や客単価の違いに応じて複数の業態を自社で開発した。蔵人社長はこの方針を、1地域で幅広い年齢層を集める『地域1番店商法』と表現し[8]、1業態を広域に展開するチェーンとは逆の道をとったと説明している。差別化したメニューと複合出店を組み合わせ、直営ならではの機動的な業態開発で成長を重ねた時期であった。
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|---|---|---|---|---|
| 1963〜1993年逗子の飲食店から直営多店舗の居酒屋チェーンを築いた創業期 | 会社設立 | ★ | ||
| 本社を移転 | ★ | |||
| 「甘太郎食堂」を「手作り居酒屋 甘太郎」に業態変更 | ★★ | |||
| 創業店となる逗子店を開店 | ★ | |||
| 「手作り居酒屋 甘太郎」大船1号店を開店 | ★ | |||
| 直営による多店舗展開を開始 | ★ | |||
| 東京都に初出店 | ★ | |||
| 本社を移転。神奈川県逗子市に逗子工場を新設 | ★ | |||
| 新業態「日本料理 三間堂」(串焼きと釜飯)を開店 | ★ | |||
| 1994〜2004年社名をコロワイドと改め株式公開から持株会社制へ移った転換期 | コロワイドに商号変更 | ★ | ||
| 逗子工場の閉鎖と鎌倉キッチン配送センターの新設、セントラルキッチン網の構築 1994年10月、コロワイドが創業地の逗子工場を閉鎖し、セントラルキッチンの本格稼働と物流の強化を目指して神奈川県鎌倉市に鎌倉キッチン配送センターを設置した経営判断。統合報告書2025は、この月をもって自分達で作って、自分達で運んで、自分達で売るというマーチャンダイジング戦略が本格的に始まったと記している。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 鎌倉キッチン配送センターを新設 | ★ | |||
| 新業態「イタメシヤ ラ パウザ」を開店 | ★ | |||
| 日本証券業協会に株式を店頭登録 | ★ | |||
| 渡辺順寛 | 平成フードサービスの発行済全株式を取得することにより、子会社化 | ★★ | ||
| 渡辺順寛 | 贔屓屋の株式の50.22%を取得することにより、子会社化 | ★ | ||
| 渡辺順寛 | 持株会社制に移行 | ★★ | ||
| 2005〜2015年外食M&Aを重ねブランド子会社群を束ねる連邦型の企業体へ | 渡辺順寛 | アトムを子会社化 | ★★ | |
| 渡辺順寛 | 宮を子会社化 | ★ | ||
| 野尻公平 | レックス・HDを子会社化 | ★★ | ||
| 野尻公平 | REINS INTERNATIONAL(THAILAND)CO.,LTD.を設立 | ★ | ||
| 野尻公平 | カッパ・クリエイトHDを子会社化 | ★★ | ||
| 野尻公平 | レインズインターナショナルを完全子会社化 | ★ | ||
| 2016〜2026年大戸屋買収とコロナ禍を経て事業構成を組み替え規模を伸ばした近年 | 野尻公平 | レインズインターナショナルがフレッシュネスを子会社化 | ★ | |
| 野尻公平 | 公開買付けにより大戸屋HDを子会社化 | ★★ | ||
| 野尻公平 | ソシオフードサービスとクックサービス・ソシオMDを子会社化 | ★ | ||
| 野尻公平 | コロワイドMDがSeagrass Holdco Pty Ltd.を子会社化 | ★ | ||
| 野尻公平 | コロワイドMDがC-Unitedを子会社化 | ★ |
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事実根拠:出所(コロワイド)