大和工業軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行
工場を持つ会社が海外合弁を束ねるのか、束ねる会社が工場を子会社に持つのか——法人の役割の組み替え
- 概要
- 2002年4月に軌道用品事業を分社して大和軌道製造を、2003年10月に鉄鋼事業と重工加工品事業を分社してヤマトスチールを設立し、大和工業本体は製造を持たない純粋持株会社へ移った経営判断。
- 背景
- 1987年の米国、1992年のタイと海外合弁が積み上がる一方、本体は姫路で三つの事業を営む製造会社であった。事業の運営と海外への出資管理が一つの法人に同居していた。
- 内容
- 会社分割により軌道用品を大和軌道製造へ、鉄鋼と重工加工品をヤマトスチールへ承継させ、いずれも全額出資の子会社とした。本体は出資と不動産賃貸を担う法人となった。
- 含意
- 移行後の提出会社の売上高は2003年3月期の219億円から2006年3月期の39億円へ、単体従業員は340名から26名へ縮んだ。国内2社と海外合弁群を並べて管理する現在のグループ構造は、この分割で形になった。
作る会社と、持つ会社を分ける
この組み替えは、事業の売買をともなわない。工場も人も社内に残ったまま、法人の輪郭だけを引き直した判断であった。それでも意味は小さくないとみられる。海外の合弁は出資比率が過半に届かず、口を出せる範囲も限られる。その出資を、姫路の工場を回す組織と同じ帳簿のなかで抱えていれば、国内の操業と海外への投資が同じ物差しで語られにくい。事業会社を分けて本体を管理に専念させたことで、二つを別々に見て別々に判断する下地ができたとみることができる。
一方で、持株会社が管理するものの中身は年を追って変わった。分割の当初に本体が握っていたのは国内2社と米国・タイの合弁であったが、いまでは中東や東南アジアの拠点が加わり、経常利益の多くは持分法投資利益として海外から届く。作る会社と持つ会社を分けた2003年の判断は、結果として「持つ会社」の比重が増していく道筋を用意した。工場を持たない本体が、他社と共同で運営する海外の工場をどう束ねるのか——大和工業の構造は、その問いを20年以上にわたって実地で試している例といえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
三つの事業と、増えていく海外合弁
2000年代初頭の大和工業は、姫路の工場で鉄鋼、重工加工品、軌道用品の三つを作る製造会社であった。鉄鋼ではH形鋼・溝形鋼・I形鋼・鋼矢板・エレベータガイドレール・棒鋼を、重工加工品では鋳鋼品や船尾骨材・舵といった船舶構造物を、軌道用品では分岐器類やタイプレート・ボルト類を手がけていた。品種も顧客も異なる三つの商いが、一つの法人と一つの決算のなかに同居していた[1]。
一方で、利益の出どころは国内の工場だけではなくなっていた。1987年に設立した米国のニューコア・ヤマト・スチールカンパニー、1992年に設立したタイのサイアム・ヤマト・スチールカンパニーリミテッドは、いずれも出資比率が過半に届かない合弁で、その成果は持分法投資利益として営業外に立つ。2002年3月期の連結売上高214億円に対し、経常利益は151億円に達した。売上の7割に相当する経常利益という比率は、稼ぎの多くが姫路の工場の外で生まれていたことを示している[2]。
決断
軌道用品の分社から、本体の空洞化まで
組み替えは2段階で進んだ。まず2002年4月、軌道用品事業を分社分割して大和軌道製造株式会社を設立した。1945年の転換以来、会社の出発点にあたる事業を最初に切り出した形で、規模も顧客も他の二事業と異なる商いを独立採算の会社へ移した判断であった。同じ年の11月には韓国にヤマト・コリア・スチールコーポレーションを設立し、経営破綻した韓宝釜山製鉄所の営業を譲り受けている。国内の事業を分ける作業と、海外で拠点を増やす動きが並行していた[3]。
続く2003年10月1日、大和工業は残る鉄鋼事業と重工加工品事業を会社分割してヤマトスチール株式会社に承継させ、みずからは持株会社へ移った。姫路の工場も設備も従業員も新会社へ移り、本体には出資と不動産賃貸だけが残る。創業以来59年にわたり自社で鉄を作ってきた法人が、鉄を作らない会社になった。ヤマトスチール、大和軌道製造とも全額出資の子会社で、資本関係を薄めずに機能だけを分けた組み替えであった[4][5]。
結果
単体決算に現れた変化
移行の効果は、提出会社単体の数字にそのまま出た。単体売上高は2002年3月期の209億円、2003年3月期の219億円から、分割を挟んだ2004年3月期に125億円へ落ち、2005年3月期は16億円、2006年3月期は39億円となった。単体の従業員数も2002年3月期の477名、2003年3月期の340名から、2004年3月期には22名へ減っている。製造の機能が子会社へ移り、本体に残ったのは出資の管理と不動産の賃貸であった[6]。
連結側では、逆に規模が伸びた。連結売上高は2003年3月期の285億円から2004年3月期に711億円、2006年3月期には993億円となり、経常利益も121億円から322億円へ増えた。連結従業員数も2002年3月期の527名から2003年3月期に1,210名へ増えている。持株会社の下に事業会社と海外の合弁を並べる構造が整った2007年6月には、タイのサイアム・ヤマト・スチールの株式を追加取得して連結子会社とし、東南アジアの事業を持分法から連結へ移した[7][8]。
20年後のグループの姿
分割で作られた枠組みは、その後の海外拠点の増設をそのまま受け止めた。2009年にバーレーン、2011年にサウジアラビア、2020年にベトナム、2024年にインドネシアと合弁が加わり、大和工業は米州・東南アジア・中東の3地域に事業を配する体制をとる。2022年度から2024年度の中期経営計画NEXTRA2024では、海外鉄鋼事業の地域多角化と電炉鋼の二酸化炭素排出の少なさを経営方針に掲げた。国内はヤマトスチールと大和軌道製造の2社が製造を担い、持株会社がそれらと海外合弁を並べて管理している[9][10]。
20年後の連結決算は、持株会社という構造の性格を映している。2025年3月期の売上高は1,683億円、営業利益は115億円にとどまる一方、営業外収益436億円を含む経常利益は544億円に達した。国内2社の製造から生まれる利益より、出資先である海外合弁からの持分法投資利益のほうが大きい。2024年5月に取得したインドネシアの子会社が連結に加わり、連結従業員数は1,414名から2,585名へ増えている[11][12]。
- 大和工業 有価証券報告書 第87期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】【沿革】【事業の内容】
- 大和工業 有価証券報告書 第106期(2025年3月期)【沿革】【連結損益計算書】【従業員の状況】
- 大和工業 統合報告書2023
- 大和工業グループ 沿革・グループ会社一覧(公式サイト)