決断
高炉メーカーが独占していた品種へ、電気炉のまま一つずつ参入した。1969年1月に岡山工場でH形鋼の生産を開始し、1977年12月には岡山工場の平炉を停止して江戸川工場を閉鎖し、公害対策と熱源コストの逆転した平炉から電気炉一貫へ移る。1984年に大形H形鋼へ広げ、1991年10月には高炉が独占してきた熱延広幅帯鋼の量産へ参入する。2007年1月には九州工場で厚板を加え、同じ年に愛知県田原市で約104万5,000平方メートルの用地を取得した。鉄屑から作れる鋼材の範囲を広げたことが、高炉大手の系列に加わらずに済む品種構成を作った。
1991年10月 岡山工場で熱延帯鋼へ参入
1978年 江戸川工場閉鎖と電炉化
江戸川工場閉鎖と電炉化公害対策と熱源コストの逆転で平炉の維持が難しくなり、主力炉を電気炉へ全面転換すると同時に首都圏の旧拠点を閉鎖して岡山へ生産を寄せた判断同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1977 1978 1983 売上高(億円) 741 867 1,504 経常利益率(%) -3.2 12.3 1.5 1971年9月 大丸製鋼を吸収合併
大丸製鋼を吸収合併岡山・高知に続く西日本の生産拠点を九州へ展開し、買収した設備を電気炉と連続鋳造へ入れ替えて全国配置を完成させる判断同じ経営論点に直面した企業 | M&A・買収業績の推移1970 1971 1976 売上高(億円) 335 251 800 経常利益率(%) 9.6 4.0 -1.9