ゼンショーホールディングス の歴史

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創業 1982年
創業者 小川賢太郎
創業地 神奈川県横浜市鶴見区
創業
1982年6月、小川賢太郎氏が34歳で神奈川県横浜市鶴見区にゼンショーを設立した。吉野家で労働組合の副委員長を務めたのち、1978年に退社した経歴を持つ。翌7月に弁当チェーン「ランチボックス」の生麦店、同年11月にすき家1号店の生麦駅前店を開設している。創業時から肉・カレー・漬物などの自前4工場を構え、店は全店直営として、買い付けから加工・物流・販売までを自社で通した。1987年7月には水戸店で駅前のビルインから郊外のロードサイド型へ移り、とん汁や牛皿を並べて家族客と女性客まで顧客層を広げる。1997年8月に株式を店頭登録した時点の店舗数は181店だった。
決断
川下で業態を増やすたびに、川上の原料側でも会社を取得してきた。2000年7月のココスジャパン取得を皮切りに、2002年10月にはま寿司を設立し、同年12月にビッグボーイジャパン、2005年3月になか卯を取得して、牛丼で作った製造販売業の仕組みを全業態へ広げた。同じ時期に食材調達のグローバルフーズと設備のテクノサポートを設立し、業態ごとに散る仕入と工事を自社へ集めた。2014年6月には深夜のワンオペ運営が社会問題となり第三者委員会を設けて、すき家事業を地域別7社へ新設分割している。2021年7月に水産のマリックス、同年10月に精米の齋藤商店、2022年3月に五十嵐水産と、原料を扱う会社の取得が続いた。店の数が増えるほど、原価を決める相手を社外から自社へ入れ替えてきた。
現況
牛丼のすき家は、売上でも利益でも社内の首位から降りている。2026年3月期の連結売上高は1兆2,641億円で、外食で初めて1兆円を超えた2024年3月期から2期で3割増えた。売上ではグローバルはま寿司3,203億円が最大で、グローバルすき家3,145億円、グローバル中食2,219億円が続く。利益では中食274億円、はま寿司268億円に対し、すき家は93億円と前期の245億円から減少した。地域別の売上は日本9,106億円に対し海外3,535億円で、米国1,478億円・中国722億円・欧州623億円に分かれる。原料と海外を買い足した結果、創業の牛丼は本社機能を除く6事業のうちの1つに下がった。
競合
競争の場所は牛丼の店頭から、海外の食品売場へ移っている。国内では米国産の仕様を守って牛丼を950日休止した吉野家ホールディングスや、客単価を下げたガストへ主力業態を置き換えたすかいらーくと同じ客層を分け合う。一方、ゼンショーホールディングスが海外で選んだのは店を構える業態ではなく、スーパーの店内に置く持ち帰り寿司で、2018年11月に米国のAdvanced Fresh Concepts、2023年9月に英国のSnowFox Topcoを取得した。2025年12月末の店舗数は14,918店に達している。国内で価格を競う代わりに海外の売場と原料の会社を先に取得したことが、海外3,535億円という現在の売上構成を作った。
ゼンショーホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

創業ストーリー 牛丼すき家の創業と「製造販売業」モデルの確立 (1982年〜)

34歳独立──「日本のハンバーガー」を狙う郊外型牛丼

1982年6月、小川賢太郎氏が34歳[1]で神奈川県横浜市鶴見区に株式会社ゼンショーを設立した[2]。前職は牛丼チェーン吉野家で[3]、労働組合副委員長を務めた後の1978年に退社した経歴を持つ。創業時の本社は横浜工場を併設したロケーションで、設立翌月の1982年7月には弁当チェーン『ランチボックス』1号店として生麦店を開店[4]、同年11月にはすき家ビルイン1号店として生麦駅前店を開店した。[5]創業期は弁当と牛丼ファストフードを並行立ち上げる多業態出発であり、すき家は1987年のロードサイド型郊外出店転換まで駅前ビルイン型として運営された。

  • 有価証券報告書
    • [1]創業者は小川賢太郎、設立時34歳
    • [2]1982年6月 神奈川県横浜市鶴見区にゼンショーを設立
    • [3]前職は吉野家、労組副委員長を経て1978年退社
    • [4]1982年7月 弁当チェーン「ランチボックス」1号店生麦店を開店
    • [5]1982年11月 すき家ビルイン1号店生麦駅前店を開店

1987年7月にはフリースタンディング1号店として水戸店を開店し[6]、駅前ビルイン型からロードサイド型郊外出店モデルへの転換を本格化した。先行するガリバー型の吉野家が駅前型で成長していたのに対し、ゼンショーは『郊外型ファミリー牛丼チェーン』(出所:証券アナリストジャーナル 1997年9月号)として独立系の戦略を掲げた。商品も単品の牛丼セットではなく、とん汁・キムチとん汁・100g〜500gの牛皿セットなど『選択購買を楽しめる』メニュー構成で、男性客中心から家族連れ・女性客・グループ客へ顧客層を広げた。

  • 有価証券報告書
    • [6]1987年7月 フリースタンディング1号店水戸店を開店

事業設計の根幹に置かれたのは、自らを『製造販売業』と位置づける垂直統合志向である。創業以来、肉・カレー・漬物・その他食材の4工場を直営し、店舗も全店直営で食材の買い付け・加工・物流・販売までの一貫体制を整えた。1994年9月にはカレー専門店『南南亭』[7]、1996年4月には丼専門店『たの家』を派生業態として立ち上げ[8]、すき家の新メニュー開発から派生した丼物アイデアを別業態に切り出す試みも始めた。後年MMD(マス・マーチャンダイジング)と呼ばれる思想は、創業時点から事業設計の中核に据えられていた。

  • 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
    • [7]1994年9月 カレー専門店「南南亭」を立ち上げ
    • [8]1996年4月 丼専門店「たの家」を立ち上げ
  • 有価証券報告書
    • [1]創業者は小川賢太郎、設立時34歳
    • [2]1982年6月 神奈川県横浜市鶴見区にゼンショーを設立
    • [3]前職は吉野家、労組副委員長を経て1978年退社
    • [4]1982年7月 弁当チェーン「ランチボックス」1号店生麦店を開店
    • [5]1982年11月 すき家ビルイン1号店生麦駅前店を開店
    • [6]1987年7月 フリースタンディング1号店水戸店を開店
  • 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
    • [7]1994年9月 カレー専門店「南南亭」を立ち上げ
    • [8]1996年4月 丼専門店「たの家」を立ち上げ

店頭公開から東証一部指定へ──年23%成長と創業家55%支配

1997年8月、日本証券業協会に株式を店頭登録[9]して公開市場入りを果たした。店頭公開時点で店舗数は181店舗[10]、展開エリアは首都圏を中心に東北・北陸・中部地方まで広がっていた。創業者は『業界上位3社の牛丼部門売上の92〜95年の年平均増加率は6.2%だったが、当社は23.1%とこれを大きく上回った』[引用元](出所:証券アナリストジャーナル 1997年9月号)と語り、独立系・郊外型の戦略が業界平均の3倍超の成長率に結び付いたと自負した。1996年3月期の単体売上112億円・経常4.76億円から、1999年3月期には売上153億円・経常11.36億円へ4年で売上1.4倍・経常2.4倍に拡大した。

  • 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
    • [9]1997年8月 日本証券業協会へ株式を店頭登録
    • [10]店頭公開時点の店舗数181店舗

つまり店頭公開期の業績伸びは、すき家牛丼の単一業態が牽引した。1997年3月期の単体売上117億円のうち牛丼類が89.97億円(76.7%)を占め[11]、第二業態のカレー類すき家11.46億円(9.8%)・南南亭1.93億円(1.6%)、丼類たの家0.45億円(0.4%)[12]と、新業態は試験運用段階にとどまった。1999年3月末時点では店舗数222(すき家218・南南亭4)[13]、製造拠点は横浜・川崎・佐野第一・佐野第二の4工場[14]、本社は神奈川県横浜市と、創業地での製造販売一体運営を維持していた。

  • 証券業報 (9)(558)
    • [11]1997年3月期 牛丼類売上89.97億円(76.7%)
    • [12]カレー類すき家11.46億円・南南亭1.93億円・たの家0.45億円
  • 証券 51(11)(608)
    • [13]1999年3月末 店舗数222(すき家218・南南亭4)
    • [14]1999年3月末 製造拠点は横浜・川崎・佐野第一・佐野第二の4工場

1999年9月には東京証券取引所第二部市場へ上場[15]、2001年9月には東証一部銘柄に指定された。[16]1999年5月時点の大株主構造は、創業者・小川賢太郎氏の資産管理会社・株式会社日本クリエイトが31.23%、創業者個人16.90%[17]、子息の小川一政氏・小川洋平氏が各3.84%と、創業家4者で55.81%を集中保有する形だった。[18]後年の創業家持株会社経由のガバナンス設計の雛形を、店頭公開の時点で創業家が整えた。2000年7月には株式会社ココスジャパンの株式を取得して国内レストラン事業に参入[19]、同年10月に設備・メンテナンスを内製化する株式会社テクノサポート(現テクノ建設)[20]、同年11月に食材調達効率化を担う株式会社グローバルフーズ(現ゼンショー商事)を設立[21]し、『世界一のフード企業』のビジョンに沿う多業態食品商業グループへ製造販売業モデルを広げた。

  • 有価証券報告書
    • [15]1999年9月 東京証券取引所第二部市場へ上場
    • [16]2001年9月 東証一部銘柄指定
    • [19]2000年7月 ココスジャパン株式取得で国内レストラン事業参入
    • [20]2000年10月 テクノサポート(現テクノ建設)設立
    • [21]2000年11月 グローバルフーズ(現ゼンショー商事)設立
  • 証券 51(11)(608)
    • [17]1999年5月時点 日本クリエイト31.23%・小川賢太郎個人16.90%
    • [18]創業家4者で55.81%を集中保有(子息各3.84%)
  • 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
    • [9]1997年8月 日本証券業協会へ株式を店頭登録
    • [10]店頭公開時点の店舗数181店舗
  • 証券業報 (9)(558)
    • [11]1997年3月期 牛丼類売上89.97億円(76.7%)
    • [12]カレー類すき家11.46億円・南南亭1.93億円・たの家0.45億円
  • 証券 51(11)(608)
    • [13]1999年3月末 店舗数222(すき家218・南南亭4)
    • [14]1999年3月末 製造拠点は横浜・川崎・佐野第一・佐野第二の4工場
    • [17]1999年5月時点 日本クリエイト31.23%・小川賢太郎個人16.90%
    • [18]創業家4者で55.81%を集中保有(子息各3.84%)
  • 有価証券報告書
    • [15]1999年9月 東京証券取引所第二部市場へ上場
    • [16]2001年9月 東証一部銘柄指定
    • [19]2000年7月 ココスジャパン株式取得で国内レストラン事業参入
    • [20]2000年10月 テクノサポート(現テクノ建設)設立
    • [21]2000年11月 グローバルフーズ(現ゼンショー商事)設立

はま寿司設立・なか卯取得・ジョリーパスタ統合──業態網の構築

2002年10月に株式会社はま寿司を設立して回転寿司事業に参入[22]、同年12月にはステーキ・ハンバーグ業態の株式会社ビッグボーイジャパンの株式を取得した。[23]2005年3月には丼・うどん業態のなか卯の株式を取得し[24]、ファストフードカテゴリーの中で複数業態を並走させる構造が完成した。『フード業世界一』を掲げる創業者の戦略は、すき家を主軸としつつ、ファミレス(ココス・ビッグボーイ・華屋与兵衛)・寿司(はま寿司)・ファストフード(なか卯)の業態網を並列に育てる多業態モデルへと、2000年から2005年までの5年間で広がった。

  • 有価証券報告書
    • [22]2002年10月 はま寿司を設立し回転寿司事業に参入
    • [23]2002年12月 ビッグボーイジャパンの株式を取得
    • [24]2005年3月 なか卯の株式を取得

海外展開は2005年1月に可口食餐飲(上海)有限公司を設立して中国にすき家事業へ参入[25]、2008年8月のZENSHO DO BRASIL設立でブラジル進出[26]、2011年2月のZENSHO (THAILAND)設立でタイ参入[27]と、6年間で東アジア・中南米・東南アジアの3地域へ拠点を開いた。2011年10月には持株会社体制に移行し社名をゼンショーホールディングスへ変更[28]、グローバル展開を目的としたガバナンス体制の刷新を果たした。創業30年目で持株会社化を完了し、業態別子会社による多業態並列運営の組織設計が完成した。

  • 有価証券報告書
    • [25]2005年1月 可口食餐飲(上海)有限公司設立で中国参入
    • [26]2008年8月 ZENSHO DO BRASIL設立でブラジル進出
    • [27]2011年2月 ZENSHO (THAILAND)設立でタイ参入
    • [28]2011年10月 持株会社体制移行・社名をゼンショーホールディングスへ変更
  • 有価証券報告書
    • [22]2002年10月 はま寿司を設立し回転寿司事業に参入
    • [23]2002年12月 ビッグボーイジャパンの株式を取得
    • [24]2005年3月 なか卯の株式を取得
    • [25]2005年1月 可口食餐飲(上海)有限公司設立で中国参入
    • [26]2008年8月 ZENSHO DO BRASIL設立でブラジル進出
    • [27]2011年2月 ZENSHO (THAILAND)設立でタイ参入
    • [28]2011年10月 持株会社体制移行・社名をゼンショーホールディングスへ変更

2014年過重労働問題と地域分権ガバナンス──すき家7社分割

2014年6月、すき家事業の過重労働問題[29](深夜ワンオペ運営の社会問題化)への対応として、すき家事業を北日本・関東・東京・中部・関西・中四国・九州の地域別7社へ新設分割した[30]。地域分権ガバナンスへの転換は、本社一括の店舗運営から、地域単位での労務管理・店舗運営に主力を移す決断であった。同年1月の株式会社輝(介護事業)の取得を含めた事業多角化[31]と並行して、過重労働問題への現場対応を地域子会社単位で行う体制を整えた。FY14(2015年3月期)の連結業績は売上高5,118億円・営業利益25億円・特別損失168億円・親会社株主に帰属する当期純損失-111億円となり、地域分権体制への移行コストと深夜ワンオペ運営見直しに伴う人件費負担増が直撃した。

  • 有価証券報告書
    • [29]2014年6月 すき家事業を地域別7社へ新設分割
    • [30]地域別7社の地域名(北日本・関東・東京・中部・関西・中四国・九州)
    • [31]2014年1月 株式会社輝(介護事業)の取得

地域分権体制で2018年11月、Advanced Fresh Concepts Corp.(米国スーパー内の持ち帰り寿司事業)を取得し、北米寿司事業の主力買収を達成した。[32]同年5月にはシンガポール、同年8月にはフィリピン、同年10月には香港でファストフード・すき家事業の参入[33]と、東南アジア・東アジア展開も継続した。創業者・小川賢太郎氏が代表取締役会長兼社長兼CEOとして陣頭指揮する体制[34]で、グローバル外食グループの形が固まった。FY17(2018年3月期)の連結売上高は5,791億円、営業利益176億円となり、創業以来の多業態M&Aと海外展開の積み上げが売上1兆円射程の規模に達した。

  • 有価証券報告書
    • [32]2018年11月 Advanced Fresh Concepts Corp.取得で北米寿司参入
    • [33]2018年5月シンガポール・8月フィリピン・10月香港でファストフード・すき家参入
    • [34]小川賢太郎が代表取締役会長兼社長兼CEOとして陣頭指揮
  • 有価証券報告書
    • [29]2014年6月 すき家事業を地域別7社へ新設分割
    • [30]地域別7社の地域名(北日本・関東・東京・中部・関西・中四国・九州)
    • [31]2014年1月 株式会社輝(介護事業)の取得
    • [32]2018年11月 Advanced Fresh Concepts Corp.取得で北米寿司参入
    • [33]2018年5月シンガポール・8月フィリピン・10月香港でファストフード・すき家参入
    • [34]小川賢太郎が代表取締役会長兼社長兼CEOとして陣頭指揮

ジョリーパスタ完全子会社化と上場廃止判断──グループ統合深化

2019年8月、株式会社ジョリーパスタを株式交換[35]により完全子会社化し、同社の上場を廃止した。上場廃止までして完全子会社化する判断には、グループ統合深化と意思決定の集約を優先する経営姿勢が表れた。2020年2月にはココスジャパンも同様に株式交換[36]により完全子会社化し上場廃止とした。多業態子会社の上場維持コストよりも、グループ統合と本社一括の意思決定スピードを優先する設計判断が、第二の上場廃止案件で確定した。完全子会社化前後のFY18(2019年3月期)連結売上6,076億円・営業利益188億円、FY19(2020年3月期)6,304億円・営業利益209億円と、上場子会社2社の取り込みと並行して連結業績は緩やかな伸長を維持した。

  • 有価証券報告書
    • [35]2019年8月 ジョリーパスタを株式交換で完全子会社化・上場廃止
    • [36]2020年2月 ココスジャパンを株式交換で完全子会社化・上場廃止

2019年12月にはZensho Europe Holdings B.V.設立とスペインWorldfood To Go[37] S.L.取得で欧州市場へ参入した。北米寿司(AFC)・欧州寿司(Worldfood To Go・後年のSushi Circle・SnowFox Topco)・東アジア・東南アジアと、海外寿司事業の重点投資領域を『持ち帰り寿司』へ集約する戦略軸が固まった時期である。本格的な海外展開の中核に、回転寿司ではなく『持ち帰り寿司』を据える独自のグローバル戦略が、創業者の最終10年で形成された。

  • 有価証券報告書
    • [37]2019年12月 Zensho Europe Holdings B.V.設立・Worldfood To Go S.L.取得で欧州参入
  • 有価証券報告書
    • [35]2019年8月 ジョリーパスタを株式交換で完全子会社化・上場廃止
    • [36]2020年2月 ココスジャパンを株式交換で完全子会社化・上場廃止
    • [37]2019年12月 Zensho Europe Holdings B.V.設立・Worldfood To Go S.L.取得で欧州参入

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ゼンショーホールディングスの沿革1982〜2023年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1982〜2001年牛丼すき家の創業と「製造販売業」モデルの確立小川賢太郎神奈川県横浜市鶴見区に設立
小川賢太郎ランチボックス(弁当店)1号店として生麦店を開店
小川賢太郎すき家(牛丼店)ビルイン1号店として生麦駅前店を開店★★
小川賢太郎フリースタンディング1号店として水戸店を開店
小川賢太郎カレー専門店「南南亭」1号店を開店
小川賢太郎丼専門店「たの家」1号店を開店
小川賢太郎日本証券業協会に株式を店頭登録
小川賢太郎東京証券取引所第二部市場に上場
小川賢太郎ココスジャパンの株式を取得
2002〜2018年多業態M&A・グローバル展開と過重労働問題への対応小川賢太郎はま寿司を設立★★
小川賢太郎ビッグボーイジャパンの株式を取得
小川賢太郎MMD戦略の確立とM&Aによる多業態フードチェーンの構築

2000年代、ゼンショーは牛丼『すき家』を主軸に、レストランのココス、回転寿司のはま寿司、ステーキのビッグボーイ、丼・うどんのなか卯を相次いで傘下や自社設立で束ね、業態を並べて調達・製造・物流を共通化する多業態フードチェーンを築いた。小川賢太郎社長が『製造販売業』と呼ぶ垂直統合を全業態へ広げるMMD(マス・マーチャンダイジング)戦略で、2005年3月のなか卯取得で国内の業態網が出そろった。

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★★★
小川賢太郎華屋与兵衛の株式を取得
小川賢太郎持株会社体制に移行し社名をゼンショーHDへ変更★★
小川賢太郎マルヤの株式を取得
小川賢太郎すき家「ワンオペ」過重労働問題と第三者委員会の設置

2014年、牛丼チェーン『すき家』の深夜『ワンオペ』(1人勤務)による過重労働が社会問題となり、ゼンショーホールディングスは久保利英明弁護士を委員長とする第三者委員会を設置した。10月に深夜1人勤務の廃止を決め、要員が整わない店で深夜営業を一時休止した経営判断で、小川賢太郎会長兼社長CEOの主導による労務是正であった。

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★★★
小川賢太郎Advanced Fresh Concepts Corp.の株式を取得★★
2019〜2025年コロナ後V字回復と創業以来初の社長交代・連結売上1兆円達成小川賢太郎ジョリーパスタを株式交換により完全子会社化(上場廃止)
小川賢太郎ココスジャパンを株式交換により完全子会社化(上場廃止)
小川賢太郎すき家地域会社9社を吸収合併しすき家として再統合
小川賢太郎ロッテリアの株式を取得
小川賢太郎SnowFox Topco Limitedの株式を取得★★
出典・参考
  • 有価証券報告書
  • ゼンショーHD決算説明会資料FY25
  • 証券アナリストジャーナル 1997年9月号
  • 証券業報 (9)(558)
  • 証券 51(11)(608)

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