1982年6月、小川賢太郎氏が34歳[1]で神奈川県横浜市鶴見区に株式会社ゼンショーを設立した[2]。前職は牛丼チェーン吉野家で[3]、労働組合副委員長を務めた後の1978年に退社した経歴を持つ。創業時の本社は横浜工場を併設したロケーションで、設立翌月の1982年7月には弁当チェーン『ランチボックス』1号店として生麦店を開店[4]、同年11月にはすき家ビルイン1号店として生麦駅前店を開店した。[5]創業期は弁当と牛丼ファストフードを並行立ち上げる多業態出発であり、すき家は1987年のロードサイド型郊外出店転換まで駅前ビルイン型として運営された。
1987年7月にはフリースタンディング1号店として水戸店を開店し[6]、駅前ビルイン型からロードサイド型郊外出店モデルへの転換を本格化した。先行するガリバー型の吉野家が駅前型で成長していたのに対し、ゼンショーは『郊外型ファミリー牛丼チェーン』(出所:証券アナリストジャーナル 1997年9月号)として独立系の戦略を掲げた。商品も単品の牛丼セットではなく、とん汁・キムチとん汁・100g〜500gの牛皿セットなど『選択購買を楽しめる』メニュー構成で、男性客中心から家族連れ・女性客・グループ客へ顧客層を広げた。
事業設計の根幹に置かれたのは、自らを『製造販売業』と位置づける垂直統合志向である。創業以来、肉・カレー・漬物・その他食材の4工場を直営し、店舗も全店直営で食材の買い付け・加工・物流・販売までの一貫体制を整えた。1994年9月にはカレー専門店『南南亭』[7]、1996年4月には丼専門店『たの家』を派生業態として立ち上げ[8]、すき家の新メニュー開発から派生した丼物アイデアを別業態に切り出す試みも始めた。後年MMD(マス・マーチャンダイジング)と呼ばれる思想は、創業時点から事業設計の中核に据えられていた。
1997年8月、日本証券業協会に株式を店頭登録[9]して公開市場入りを果たした。店頭公開時点で店舗数は181店舗[10]、展開エリアは首都圏を中心に東北・北陸・中部地方まで広がっていた。創業者は『業界上位3社の牛丼部門売上の92〜95年の年平均増加率は6.2%だったが、当社は23.1%とこれを大きく上回った』[引用元](出所:証券アナリストジャーナル 1997年9月号)と語り、独立系・郊外型の戦略が業界平均の3倍超の成長率に結び付いたと自負した。1996年3月期の単体売上112億円・経常4.76億円から、1999年3月期には売上153億円・経常11.36億円へ4年で売上1.4倍・経常2.4倍に拡大した。
つまり店頭公開期の業績伸びは、すき家牛丼の単一業態が牽引した。1997年3月期の単体売上117億円のうち牛丼類が89.97億円(76.7%)を占め[11]、第二業態のカレー類すき家11.46億円(9.8%)・南南亭1.93億円(1.6%)、丼類たの家0.45億円(0.4%)[12]と、新業態は試験運用段階にとどまった。1999年3月末時点では店舗数222(すき家218・南南亭4)[13]、製造拠点は横浜・川崎・佐野第一・佐野第二の4工場[14]、本社は神奈川県横浜市と、創業地での製造販売一体運営を維持していた。
1999年9月には東京証券取引所第二部市場へ上場[15]、2001年9月には東証一部銘柄に指定された。[16]1999年5月時点の大株主構造は、創業者・小川賢太郎氏の資産管理会社・株式会社日本クリエイトが31.23%、創業者個人16.90%[17]、子息の小川一政氏・小川洋平氏が各3.84%と、創業家4者で55.81%を集中保有する形だった。[18]後年の創業家持株会社経由のガバナンス設計の雛形を、店頭公開の時点で創業家が整えた。2000年7月には株式会社ココスジャパンの株式を取得して国内レストラン事業に参入[19]、同年10月に設備・メンテナンスを内製化する株式会社テクノサポート(現テクノ建設)[20]、同年11月に食材調達効率化を担う株式会社グローバルフーズ(現ゼンショー商事)を設立[21]し、『世界一のフード企業』のビジョンに沿う多業態食品商業グループへ製造販売業モデルを広げた。
2002年10月に株式会社はま寿司を設立して回転寿司事業に参入[22]、同年12月にはステーキ・ハンバーグ業態の株式会社ビッグボーイジャパンの株式を取得した。[23]2005年3月には丼・うどん業態のなか卯の株式を取得し[24]、ファストフードカテゴリーの中で複数業態を並走させる構造が完成した。『フード業世界一』を掲げる創業者の戦略は、すき家を主軸としつつ、ファミレス(ココス・ビッグボーイ・華屋与兵衛)・寿司(はま寿司)・ファストフード(なか卯)の業態網を並列に育てる多業態モデルへと、2000年から2005年までの5年間で広がった。
海外展開は2005年1月に可口食餐飲(上海)有限公司を設立して中国にすき家事業へ参入[25]、2008年8月のZENSHO DO BRASIL設立でブラジル進出[26]、2011年2月のZENSHO (THAILAND)設立でタイ参入[27]と、6年間で東アジア・中南米・東南アジアの3地域へ拠点を開いた。2011年10月には持株会社体制に移行し社名をゼンショーホールディングスへ変更[28]、グローバル展開を目的としたガバナンス体制の刷新を果たした。創業30年目で持株会社化を完了し、業態別子会社による多業態並列運営の組織設計が完成した。
2014年6月、すき家事業の過重労働問題[29](深夜ワンオペ運営の社会問題化)への対応として、すき家事業を北日本・関東・東京・中部・関西・中四国・九州の地域別7社へ新設分割した[30]。地域分権ガバナンスへの転換は、本社一括の店舗運営から、地域単位での労務管理・店舗運営に主力を移す決断であった。同年1月の株式会社輝(介護事業)の取得を含めた事業多角化[31]と並行して、過重労働問題への現場対応を地域子会社単位で行う体制を整えた。FY14(2015年3月期)の連結業績は売上高5,118億円・営業利益25億円・特別損失168億円・親会社株主に帰属する当期純損失-111億円となり、地域分権体制への移行コストと深夜ワンオペ運営見直しに伴う人件費負担増が直撃した。
地域分権体制で2018年11月、Advanced Fresh Concepts Corp.(米国スーパー内の持ち帰り寿司事業)を取得し、北米寿司事業の主力買収を達成した。[32]同年5月にはシンガポール、同年8月にはフィリピン、同年10月には香港でファストフード・すき家事業の参入[33]と、東南アジア・東アジア展開も継続した。創業者・小川賢太郎氏が代表取締役会長兼社長兼CEOとして陣頭指揮する体制[34]で、グローバル外食グループの形が固まった。FY17(2018年3月期)の連結売上高は5,791億円、営業利益176億円となり、創業以来の多業態M&Aと海外展開の積み上げが売上1兆円射程の規模に達した。
2019年8月、株式会社ジョリーパスタを株式交換[35]により完全子会社化し、同社の上場を廃止した。上場廃止までして完全子会社化する判断には、グループ統合深化と意思決定の集約を優先する経営姿勢が表れた。2020年2月にはココスジャパンも同様に株式交換[36]により完全子会社化し上場廃止とした。多業態子会社の上場維持コストよりも、グループ統合と本社一括の意思決定スピードを優先する設計判断が、第二の上場廃止案件で確定した。完全子会社化前後のFY18(2019年3月期)連結売上6,076億円・営業利益188億円、FY19(2020年3月期)6,304億円・営業利益209億円と、上場子会社2社の取り込みと並行して連結業績は緩やかな伸長を維持した。
2019年12月にはZensho Europe Holdings B.V.設立とスペインWorldfood To Go[37] S.L.取得で欧州市場へ参入した。北米寿司(AFC)・欧州寿司(Worldfood To Go・後年のSushi Circle・SnowFox Topco)・東アジア・東南アジアと、海外寿司事業の重点投資領域を『持ち帰り寿司』へ集約する戦略軸が固まった時期である。本格的な海外展開の中核に、回転寿司ではなく『持ち帰り寿司』を据える独自のグローバル戦略が、創業者の最終10年で形成された。
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|---|---|---|---|---|
| 1982〜2001年牛丼すき家の創業と「製造販売業」モデルの確立 | 小川賢太郎 | 神奈川県横浜市鶴見区に設立 | ★ | |
| 小川賢太郎 | ランチボックス(弁当店)1号店として生麦店を開店 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | すき家(牛丼店)ビルイン1号店として生麦駅前店を開店 | ★★ | ||
| 小川賢太郎 | フリースタンディング1号店として水戸店を開店 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | カレー専門店「南南亭」1号店を開店 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | 丼専門店「たの家」1号店を開店 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | 日本証券業協会に株式を店頭登録 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | 東京証券取引所第二部市場に上場 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | ココスジャパンの株式を取得 | ★ | ||
| 2002〜2018年多業態M&A・グローバル展開と過重労働問題への対応 | 小川賢太郎 | はま寿司を設立 | ★★ | |
| 小川賢太郎 | ビッグボーイジャパンの株式を取得 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | MMD戦略の確立とM&Aによる多業態フードチェーンの構築 2000年代、ゼンショーは牛丼『すき家』を主軸に、レストランのココス、回転寿司のはま寿司、ステーキのビッグボーイ、丼・うどんのなか卯を相次いで傘下や自社設立で束ね、業態を並べて調達・製造・物流を共通化する多業態フードチェーンを築いた。小川賢太郎社長が『製造販売業』と呼ぶ垂直統合を全業態へ広げるMMD(マス・マーチャンダイジング)戦略で、2005年3月のなか卯取得で国内の業態網が出そろった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 小川賢太郎 | 華屋与兵衛の株式を取得 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | 持株会社体制に移行し社名をゼンショーHDへ変更 | ★★ | ||
| 小川賢太郎 | マルヤの株式を取得 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | すき家「ワンオペ」過重労働問題と第三者委員会の設置 2014年、牛丼チェーン『すき家』の深夜『ワンオペ』(1人勤務)による過重労働が社会問題となり、ゼンショーホールディングスは久保利英明弁護士を委員長とする第三者委員会を設置した。10月に深夜1人勤務の廃止を決め、要員が整わない店で深夜営業を一時休止した経営判断で、小川賢太郎会長兼社長CEOの主導による労務是正であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 小川賢太郎 | Advanced Fresh Concepts Corp.の株式を取得 | ★★ | ||
| 2019〜2025年コロナ後V字回復と創業以来初の社長交代・連結売上1兆円達成 | 小川賢太郎 | ジョリーパスタを株式交換により完全子会社化(上場廃止) | ★ | |
| 小川賢太郎 | ココスジャパンを株式交換により完全子会社化(上場廃止) | ★ | ||
| 小川賢太郎 | すき家地域会社9社を吸収合併しすき家として再統合 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | ロッテリアの株式を取得 | ★ | ||
| 小川賢太郎 | SnowFox Topco Limitedの株式を取得 | ★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(ゼンショーホールディングス)