すき家「ワンオペ」過重労働問題と第三者委員会の設置

深夜の1人勤務をどう畳み、なぜ久保利英明弁護士に最も厳しい報告書を託したか

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時期 2014年10月
意思決定者 小川賢太郎 ゼンショーホールディングス 会長兼社長CEO
論点 労務・レピュテーションと是正の統治
概要
2014年、牛丼チェーン「すき家」の深夜「ワンオペ」(1人勤務)による過重労働が社会問題となり、ゼンショーホールディングスは久保利英明弁護士を委員長とする第三者委員会を設置した。10月に深夜1人勤務の廃止を決め、要員が整わない店で深夜営業を一時休止した経営判断で、小川賢太郎会長兼社長CEOの主導による労務是正であった。
背景
郊外型24時間営業・低価格の牛丼を、深夜帯を1人で回すワンオペで支える運営が急拡大を担った。2011年には強盗多発で警察庁の異例の要請を受け、2014年春には牛すき鍋定食の負担増でアルバイトが大量離脱し、過重労働がネット上で社会問題となった。
内容
5月に第三者委員会を設置し、委員選定まで久保利英明弁護士に一任した。7月末の報告書は深夜1人勤務の早期解消を提言し、10月に深夜2人以上の体制へ移して要員不足の1167店で深夜営業を休止した。並行して6月にすき家事業を地域別7社へ分割し、労務管理を地域単位へ移した。
含意
深夜営業の縮小と人件費増で2015年3月期は純損失111億円と創業以来初の最終赤字を計上した。低価格を支えた労働集約モデルの限界が表れた判断で、以後の賃上げ路線や、地域分権から再集権化への揺り戻しへと接続していった。
筆者の見解

効率の論理と、働く人の実態

この判断の中心にあるのは、低価格と24時間営業という顧客への便益を、深夜1人勤務という労働の密度で支えてきた運営モデルの限界であった。強盗の多発や労務紛争という予兆が積み重なるなか、アルバイトの大量離脱を引き金として、モデルの無理が一度に表面化した。小川会長は独占インタビューで、時給を倍にすれば会社が立ちゆかないという現場の制約を率直に語りつつ、それでも深夜営業を畳んで損失を引き受けた。効率を突き詰めた事業設計が、働く人の実態という別の現実に行き当たった場面とみることができる。

久保利英明弁護士に最も厳しい調査をあえて委ねた点には、批判をかわすよりも体質そのものを変えて世界一を目指そうとする経営者の意図がうかがえる。もっとも、深夜営業の縮小がもたらした赤字は一年で反転し、以後の同社は深夜再開と多角化で収益を取り戻し、賃上げを掲げる路線へと転じていった。地域分権から再集権化への揺り戻しも含め、労務と効率のあいだで最適解を探る試みは、労働集約に頼ってきた外食産業が共通して抱える問いを映しているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

24時間ワンオペ運営と、治安・労務の予兆

すき家は後発の牛丼チェーンながら、郊外ロードサイドの24時間営業と低価格を武器に急拡大し、2009年にいち早く値下げを仕掛けて2011年3月期に最高益を計上した。その安さを支えたのが、深夜帯を1人で切り盛りする「ワンオペ」と呼ぶ勤務体系であった。人件費を抑えるこの運営は約1700店の半分以上で敷かれ、多額の現金を置いたまま1人で夜を明かす店舗は、強盗に狙われやすい状態を生んでいた。2011年には牛丼3社で起きた強盗の9割近くがすき家に集中し、警察庁が異例の防犯体制強化を要請するに至った[1]

労務をめぐる摩擦も、この時期すでに表面化していた。2008年には未払い残業代を請求した仙台の店長を逆に訴え、2010年には団体交渉に応じるよう促した中央労働委員会の判断を不服として行政訴訟を起こすなど、従業員の待遇をめぐる抗争が続いていた。低価格の追求が現場にしわ寄せされているという指摘は、労働組合や識者から重ねられていた。もっとも会社の対応は防犯カメラの導入や訓練にとどまり、深夜1人勤務そのものの見直しには踏み込まないままであった[2]

2014年春の大量離脱と、過重労働の露呈

潜在していた矛盾が表面化したのは、2014年の春であった。同社は2月、吉野家のヒット商品に対抗して仕込みに手間のかかる牛すき鍋定食を投入したが、注文が集中する現場は混乱し、負担に耐えかねたアルバイトの離脱が相次いだ。人繰りがつかず、営業時間の短縮や休止に追い込まれる店舗が続出した。事態を重く見たゼンショーホールディングスは5月、弁護士らで構成する第三者委員会を設け、労働実態の全面的な調査に入った[3]

7月末に公表された報告書が描いたのは、過酷な労働実態であった。月400時間を超えて働くアルバイトがいたほか、社内で「回転」と呼ばれる24時間連続勤務を経験した社員が大半を占め、月500時間以上働いた者や2週間帰宅できなかった者もいたと記された。急激な店舗拡大の一方で在籍社員は600人弱にとどまり、退職者は2011年度103人、12年度170人、13年度177人と増えていた。2014年3月期の連結売上高は4,684億円へ伸びていたが、その規模を支える働き方そのものが問われた[4][5]

決断

久保利英明弁護士への委嘱

第三者委員会の設置を、小川賢太郎会長兼社長CEOは急成長のひずみを繕う対応としてではなく、組織の体質を根本から変えるための手立てと位置づけていた。本誌の独占インタビューで小川会長は、2000年からの十二年で売上を23倍に伸ばし5000億円規模へ達したものの、ここから世界一を目指すには幹部の意識の革新が欠かせないと語った。労働条件への配慮を含め、世界で通用する集団に変えなければならない、内部からの変革では10年かかる、短期間で体質を転換するためにこの方法を選んだ、という判断であった[6][7]

委員長に指名されたのは、厳正さで知られる久保利英明弁護士であった。小川会長は委員の選定までを久保利弁護士に一任しており、厳しい報告書が出ることはあらかじめ見込まれていた。同時代の論評は、この人選そのものに小川会長の意図を読み取った。価格の安さだけでは測れない従業員の労働条件やレピュテーション(評判)へと顧客満足の中身が広がったことに気づき、あえて最も厳しい調査を自らに課したのではないか、という見立てであった[8]

深夜1人勤務の廃止という決断

7月31日、第三者委員会は報告書を提出し、深夜の1人勤務の早期解消を求めた。会社は2011年10月にいったん解消を発表していたものの、実際には解消されていなかったと指摘された。報告書は、人手不足が特に深刻だった3月の一般社員の残業時間が平均109時間に達したと記し、長時間労働を絶対的に禁じるルールと、社外の人材を中心とする監視機関の設置を提言した[9]

提言を受け、ゼンショーホールディングスは10月から深夜帯に2人以上を配置する体制へ移り、要員をそろえられない店では深夜営業を休止した。対象は全店の約6割にあたる1167店に及んだ。小川会長は、あえて深夜に店を閉めて88億円の損を出し、初の無配にも応じたと語り、犠牲を払っても体質を変えると述べた。24時間営業を絶対としてきた牛丼チェーンにとって、深夜の店を自ら閉じる選択は異例のものであった[10][11]

結果

創業以来初の最終赤字

深夜営業の縮小と人件費の増加は、業績に重くのしかかった。2015年3月期の連結業績は売上高5,118億円、営業利益25億円にとどまり、特別損失168億円を計上して、親会社株主に帰属する当期純損益は111億円の赤字に転落した。最終赤字は、1982年の設立以来はじめてであった。安さと成長を両立させてきた事業モデルが、労働環境の是正という代償のもとで初めて損失を出した年であった[12]

もっとも、赤字は一時的なものにとどまった。時給の引き上げとアルバイトの確保が進み、昨秋には全店の6割を占めた深夜閉鎖店舗は、2015年3月末には3割にあたる601店まで減る見通しとなった。深夜営業の段階的な再開により損益は想定より改善し、翌期以降の同社は多角化とあわせて収益を取り戻していった。過重労働の是正が、そのまま事業の縮小へは向かわなかった[13]

地域分権から再集権化への揺り戻し

決断は、店舗運営の器そのものにも及んだ。同社は2014年6月、過重労働問題への対応としてすき家事業を北日本・関東・東京・中部・関西・中四国・九州の地域別7社へ新設分割し、本社一括だった労務管理を地域単位へ移した。深夜1人勤務の解消も、地域ごとの採用と近隣店どうしの人の融通で進める構想であった[14]

だが過重労働問題への現場対応が一段落した2020年3月、同社はすき家の地域会社9社を吸収合併し、株式会社すき家として再統合した。地域分権からわずか6年での再集権化であり、労務管理を現場へ近づける分権と、本社一括の意思決定を優先する集権のあいだで、運営の体制は揺れ戻された。過重労働への対応として選んだ組織の形は、そのまま定着したわけではなかった[15]

出典・参考