フジ・メディアHD の歴史

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創業 1957年
母体 ニッポン放送・文化放送と映画3社の共同出資
創業地 東京都千代田区有楽町
創業
1957年6月、ニッポン放送と文化放送のラジオ2社に、東宝松竹大映の映画3社が加わり、「富士テレビジョン」の名でテレビ免許を申請した。同年11月、東京都千代田区有楽町に資本金6億円で株式会社富士テレビジョンが設立され、1958年12月に商号を株式会社フジテレビジョンへ改める。1959年3月、関東で4番目の民間テレビ局として放送を始めた。ラジオ2社が電波と広告営業の実務を、映画3社が撮影設備と俳優・監督の供給網を持ち込む出資構成で、番組を自前で作れる放送局として設計されている。ただし開局期の在京民放はいずれも新聞社や映画会社の出資で立ち上がっており、資本連合そのものは当時の標準だった。
決断・現況・競合について
決断
放送免許を守る形を、そのつど資本の側から組み替えてきた。1995年4月、グループの頂点にあったフジサンケイグループ本社を吸収合併し、鹿内宏明氏が議長を退任したあとの運営を放送局の取締役会へ移した。1997年8月の東証一部上場ののちは、子会社ニッポン放送が親会社フジテレビジョンの筆頭株主という逆転した資本構造をライブドアに突かれ、2005年9月に簡易株式交換でニッポン放送を完全子会社化し、資本の順序を正す。2008年10月には認定放送持株会社へ移行して会社分割で放送免許を持つ事業会社を切り出し、一株主の議決権を3分の1未満に制限する制度上の防壁も同時に得た。二度の攻防が残したのは、免許を事業会社に、資本を持株会社に置く構えで、放送外へ資金を配る余地はここから生まれた。
現況
放送が損失を出し、不動産と観光が利益を出す会社になった。2026年3月期の売上高5,519億円は、メディア・コンテンツ事業が3,499億円、都市開発・観光事業が1,929億円である。ところがセグメント利益は前者が308億円の損失、後者が252億円の利益で、全社の営業損益は88億円の赤字に沈んだ。2012年に不動産のサンケイビルを公開買付けで子会社化して始めた都市開発は、8年で売上高を1,084億円から1,929億円へ伸ばし、同じ期間にメディア・コンテンツは5,316億円から3割減っている。2025年6月には性加害問題を受けて清水賢治社長以外の取締役を総入れ替えした。放送で稼いだ利益を別の周期を持つ資産へ向けた判断が、放送が沈んだ期の連結を支えた。
競合
在京5局のなかでフジテレビジョンだけが、制度ではなく広告主の判断で収入を止められた。2025年の性加害問題で広告出稿が引き上げられ、2025年3月期は201億円の純損失、2026年3月期はメディア・コンテンツ事業で308億円の営業損失を計上している。免許も、1970年に完成した27局の全国ネットワークも変わっていない。配信では2014年にHuluの日本事業を承継した日本テレビが先行し、赤坂の土地から放送外の利益を得るTBSホールディングスとも稼ぎ方が分かれた。制度で守れるのは支配権までで、広告主が離れた収入までは守れなかった。
長期業績の推移 1997〜2026年
フジ・メディア・ホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2002年3月期2026年3月期

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歴史年表 1957〜2026年

フジ・メディア・ホールディングスの沿革1957〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1957〜1970年ラジオ2社と映画3社が持ち寄った免許申請から、全国27局のネットワーク完成まで富士テレビジョンを設立(有楽町一丁目7番地)
フジテレビジョン開局。映像出力10kw
映像出力を50kwに増力
本店所在地を変更
カラー本放送を開始
第2次UHF開局によりFNS27局体制が確立
全国ネットワークが完成
1971〜1996年視聴率三冠12年と売上高首位、そして創業家からの経営権の移動音声多重放送の本放送を開始
情報システム開発会社のフジミックを設立
番組制作会社の共同テレビジョンを子会社化
文字多重放送の本放送を開始
日枝久第一世代クリアビジョン放送を開始
日枝久美術部門の一部を独立させ、フジテレビ美術センターを設立
日枝久通信販売会社のフジサンケイリビングサービスを設立
日枝久フジサンケイグループ本社を吸収合併★★
1997〜2011年台場移転と株式上場、ライブドアとの攻防を経た認定放送持株会社への移行日枝久新本社ビルが竣工
日枝久東京証券取引所市場第1部に株式を上場
日枝久BSデジタル放送会社のビーエスフジを設立
村上光一地上デジタル放送の本放送を開始
村上光一ライブドアによるニッポン放送株買収への対抗と、ニッポン放送の完全子会社化

2005年2月、ライブドアがニッポン放送株の35%を取得したと発表した。子会社ニッポン放送がフジテレビジョンの筆頭株主という逆転した資本構造を、ライブドアの堀江貴文社長が突いた事件であった。フジテレビジョンは新株予約権と株式貸借で支配権の連鎖を断ち、2005年9月に簡易株式交換でニッポン放送を完全子会社化、2006年4月に吸収合併して資本の順序を正した。

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★★★
豊田皓認定放送持株会社体制への移行と、フジ・メディア・ホールディングスの発足

2008年10月、フジテレビジョンは認定放送持株会社体制へ移行し、商号を株式会社フジ・メディア・ホールディングスへ変更した。同時に会社分割で放送免許を持つ株式会社フジテレビジョンを新設し、番組を送り出す事業会社と、資本を配分する持株会社の二層に組み替えた組織再編である。

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★★★
豊田皓フジ・メディア・HDに商号変更★★
豊田皓株式公開買付けにより通信販売会社のセシールを子会社化★★
豊田皓地上デジタル放送へ完全移行
2012〜2026年視聴率の失速で始まった構造改革と、都市開発を第二の柱に据えた事業構造の組み替え豊田皓サンケイビルの子会社化と、都市開発・観光を第二の柱とする事業ポートフォリオ再編

2012年3月、フジ・メディア・ホールディングスは株式公開買付で不動産中堅のサンケイビルを連結子会社化し、都市開発事業を新設した。放送収入の頭打ちを背景に、2015年にはグランビスタ ホテル&リゾートを取り込んで観光へ広げ、2018年5月の中期経営計画で事業区分をメディア・コンテンツと都市開発・観光の2本柱へ再編した。太田英昭社長のサンケイビル子会社化に始まり、宮内正喜社長が2本柱として明文化した多角化であった。

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★★★
太田英昭ディノスがセシール・フジ・ダイレクト・マーケティングを吸収合併
サンケイビルによる株式取得により、グランビスタホテル&リゾートを子会社化
嘉納修治株式の追加取得により、FNS系列局の仙台放送を子会社化
金光修ディノス・セシールがグループ外にセシール事業を譲渡★★
金光修第三者委員会の調査報告書を公表★★
金光修性加害問題を受けた取締役の総入れ替えと、コンテンツを軸とする事業への転換

2025年、元タレントの性加害問題と10時間超の記者会見で存亡の危機に陥ったフジ・メディア・ホールディングスは、清水賢治社長以外の取締役を全員入れ替える異例のガバナンス改革に踏み切った。あわせて、放送枠を埋める発想からコンテンツを軸に据える発想への事業転換を掲げ、グループビジョン2026-2030として資本効率の改善と成長投資を打ち出した。改革は本稿の時点で現在進行中である。

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★★★
清水賢治フジテレビの放送インフラ機能をFMHへ統合する方針を表明★★
出典・参考

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