SANKYOの歴史
沿革
1966年に毒島邦雄氏が名古屋市に設立した中央製作所が起源。
1980年発売の「超特電機フィーバー」で大当たりに大量の玉が出る仕組みを広め、腕を競う遊技を確率の遊技へ変えた。2025年3月期にはパチンコ機とパチスロ機の両市場で年間シェア首位を同時に得た遊技機大手である。
創業期
1966年〜中央製作所の設立と三共への改称
- 中央製作所として設立し名古屋工場・東京/大阪支店・本社業務部を開設[1]
- 三共製作所に商号変更[1]
- 三共に商号変更[1]
- 福岡市に九州支店を開設[1]
- 札幌市に札幌支店を開設[1]
- 広島支店を開設[1]
- 仙台支店を開設[1]
- 北関東支店を開設[1]
- 名古屋支店を開設[1]
- 桐生工場を新設[1]
売上高
- 売上高
SANKYO売上高—
成長期
1980年〜超特電機フィーバーの大ヒットと本社移転
- 超特電機フィーバーを発売[1]
- 本社を移転[1]
- 横浜市に横浜支店を開設[2]
売上高
- 売上高
SANKYO売上高—
安定成長期
1991年〜三共産業への吸収合併と三共化成・大同の買収
- 商号をSANKYOに変更[1]
- 定款上の商号をSANKYOに変更[1]
- 日本証券業協会に株式を店頭売買銘柄として登録[1]
- インターナショナル・カード・システムを買収[2]
- 三共化成を買収[1]
- ダイワ電機製作所を買収[1]
- ホール向けシステム機器の販売開始に伴いパーラー事業部に組織変更[1]
- 三共運送を買収[2]
- 東京証券取引所市場第二部に株式を上場[1]
- 大同を買収[1]
- 研究開発体制の強化のため商品本部を新設[1]
- 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定[1]
- 三共クリエイトを設立[2]
- 三和工場を新設し桐生工場から生産拠点を移転[1]
- 三共化成がダイワ電機製作所と合併し三共エクセルに商号変更[1]
- 管理機能の強化のため管理本部を新設[1]
- 知的財産本部を新設[1]
2008年〜澤井明彦の社長就任とCEO・COO体制の導入
- 澤井明彦氏が社長就任[3]
- CEO・COO体制と執行役員制度を導入[1]
- 本社を移転[1]
- 研究開発棟完成[1]
- 商品本部に商品戦略室を新設[1]
- 商品本部にPS開発部を新設[1]
- ジェイビーを買収[1]
- 営業本部に販売業務部を新設[2]
- NET企画室を新設[2]
- 商品本部に商品企画部を新設[1]
- 事業企画部を新設[1]
- 商品本部に業務部を新設[1]
- プライム市場へ移行[1]
- 情報システム本部を新設[1]
- 営業本部に販売管理部を新設[1]
- 秘書室を新設[1]
- 小倉敏男氏が社長に就任[4]