1996年の均一価格への移行を、低価格競争への追随とだけ読むのは、その前の数年の動きに合わない。すし太郎は5年前に直営店主体へ切り替え、前年には宝塚安倉店の隣に加工場を構えていた。値段を100円に固定するとは、原価の振れを店の側が引き受けるという意味であり、仕込みを自分の手に握っていない会社には選びにくい一手であった。清水義雄社長が均一価格に踏み切れたのは、直営店主体への切り替えと自社加工の体制がそろっていたからだろう。
もっとも、100円という値付けが会社を守り続けたわけではない。1996年に始めた均一価格は2022年10月に終わり、円安と原材料価格の上昇の前で1皿120〜150円へ移っている。豊崎賢一氏の語った30期連続の増収は、値を据え置いたまま原価の上昇を吸収し続けた年月の裏返しでもあった。均一価格は競争の武器であると同時に、相場が動けば自ら畳まねばならない約束でもあったといえる。