イオン 大型SC開発に多角化 郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化

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時期 1995年8月
当時の社長 岡田卓也
論点 業態の主軸とデベロッパー事業
何をなぜ決めたか
概要

1995年、ジャスコは郊外の大型ショッピングセンターを数多く出すことを成長の主力に定め、店舗を自ら保有せずリースで賄うデベロッパー事業を本格化させた。大規模小売店舗法の運用緩和・地価下落・低金利を背景に、総合スーパー1店ごとの競争から、専門店を集めたSC同士の競争へと事業の枠組みを移した経営判断。

背景

大店法の規制が緩み、車社会の進展で商圏が駅前から郊外の幹線道路やインターチェンジ沿いへ移り始めていた。"大店法のあだ花"と呼ばれた500㎡未満の小型店は集客力を失い、総合スーパー単体での成長は頭打ちに近づいていた。ダイエーや西友との競争のなか、規模を保つ新しい方式が要った。

内容

既存の小型店をスクラップ・アンド・ビルドで大型化し、専門店を集めた郊外SCを数多く出す方針を掲げた。地価が上がらない以上、土地は買わずリースで調達して投資を身軽にし、商業施設を開発・運営して賃料を得るデベロッパー機能をグループの収益源に育てた。

含意

総合スーパーで商品を売る商売に、場を開発して貸す商売を重ねた。この設計は2002年のイオンモール東証一部上場に結実し、後年に総合スーパーが不振へ陥ったとき、モール事業の賃料がグループの収益を支える構造につながった。

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筆者の見解
筆者の見解

祖業が盛んなうちに、次の収益源を設計する

この経営判断の核心は、総合スーパーという単一の業態で伸び続けることに頼らず、商業施設そのものを開発して貸す商売をグループの主力事業に加えた点にある。ジャスコは、車社会の進展で客の集まる場所が郊外へ移る変化を、総合スーパーを増やすだけでは受け止めきれないとみた。そこで専門店を集めた郊外SCへ主力を移し、土地を持たずリースで身軽に数を増やす方式を選んだ。売り場で商品を売る小売業から、場を整えて人と店を集めるデベロッパーへと、事業の幅を意識して広げた判断だった。

総合スーパーにはまだ成長の余地があり、祖業を守る道もあった。それでもジャスコが場を貸す商売へ広げたのは、単一業態の成長がいずれ頭打ちになるとの読みがあったからだと考えられる。読みは後年に現実となる。大店法の廃止後、地方に多い総合スーパーは価格競争で苦戦し、イオンは長く祖業の立て直しに追われた。一方、2002年に上場したイオンモールを軸とするデベロッパー事業は賃料で安定した利益を生み、その不振を吸収した。祖業がなお盛んなうちに次の稼ぎ場所を設計したこの選択は、変化に先回りして事業構成を組み替える意味を今日のイオンに残している。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
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参考文献
出典・参考
  • 日経ビジネス 1995年8月21日号(日経BP)
  • 日本経済新聞(1990年4月3日)
  • イオン株式会社 有価証券報告書【沿革】
  • イオンモール株式会社 会社沿革(https://www.aeonmall.com/company/history/)

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