外販は、時計メーカーとしての取り分をどこに置くかの選択であった。完成品で戦えば自社ブランドの値段がそのまま売上になるが、量は自社の販売力で頭打ちになる。駆動部分だけを売れば、買い手のブランドと販路の分まで数量が伸びる代わりに、消費者の目に触れる名前は他社のものになる。シチズンは後者を取り、1990年には生産の70%がムーブメント、自社ブランドの完成品は15%に満たない構成へ移った。世界一という言葉が指していたのは、店頭に並ぶ時計の数ではなく、動いている駆動部分の数であった。
その代償は金額のシェアに残っている。1990年の国内生産で、個数の45.0%を占めながら金額では27.1%にとどまった差は、高級品を厚く持つ相手との商品構成の違いをそのまま映していた。2012年のLa Joux-Perret取得と2016年のFrederique Constant取得で高級機械式へ入っていく後年の動きは、あのとき譲った側の取り分を買い戻す作業でもあったと推察される。