セブン銀行金利差ではなくATM受入手数料を収益の柱に据えた銀行の設計

預金を集めて貸す銀行か、現金の出し入れを担う銀行か——流通業が銀行免許を取る意味

時期 2001年4月
意思決定者(推定) 鈴木敏文(イトーヨーカ堂社長)・安斎隆 アイワイバンク銀行社長
論点 収益モデルと業態
概要
2001年4月、イトーヨーカ堂とセブン-イレブン・ジャパンを中心とする発起人が資本金202億円でアイワイバンク銀行を設立し、5月に営業を開始した。預金と貸出の金利差ではなく、提携金融機関から受け取るATM受入手数料を主収益源とする銀行を設計した経営判断。
背景
セブン-イレブンの1万人調査でATM設置の要望が上位に挙がり続けた一方、複数銀行との共同運営では24時間稼働が実現しない。金融ビッグバンで異業種の銀行参入が認められ始めた時期にあたった。
内容
融資を行わず、預金も積極的には集めない。利用者が払う手数料は提携先の収入とし、その水準も提携先が決める。セブン銀行が受け取るのは1件あたりの受入手数料に限った。初代社長には日本銀行理事・日本長期信用銀行頭取を務めた安斎隆氏を招いた。
含意
既存の銀行と預金や住宅ローンで競わず、ATMの運用を肩代わりする側に回った。2003年度に単年度黒字、2005年度末に累積損失を解消。一方でこの設計は現金が使われ続けることを前提としており、キャッシュレス化の進行がのちに収益の上限を規定した。
筆者の見解

銀行免許を、貸すためでなく置くために取ること

この判断の核心は、銀行免許を「貸すため」ではなく「置くため」に取った点にあるとみることができる。ATMを共同運営の形で他行から借りれば、稼働時間も台数も相手の事情に左右される。免許を自前で持てば、どの店に何台置き、いつ動かすかを自分で決められる。金融の側から見れば奇妙な銀行であっても、店舗網を運営する側から見れば、設備の主導権を握るための最短の道であった。反対論の多くが「預金は集まるか」「運用はどうするか」に集中していたのは、既存の銀行の損益構造でこの会社を測ろうとしたためであるとみられる。

もっとも、収益を単一の手数料に集約した設計は、強さと脆さを同時に抱えていた。利用件数と設置台数という二つの変数だけで説明できる収益構造は、拡大期には見通しがよく、投資判断も単純になる。その一方で、現金の使用量が減れば、打つ手のないまま上限に触れる。2019年度の約9億件という頭打ちは、経営の失敗というより設計そのものが持っていた条件の現れであった。現金の出し入れを担う会社が、現金が減っていく社会で何を担うのか——20年をかけて確立した型が、次の20年の問いをそのまま置いていったとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

コンビニに現金の窓口がないという不満

セブン-イレブン・ジャパンが1990年代後半に続けていた1万人調査で、店舗にあってほしいものの上位に挙がり続けたのが現金自動預け払い機であった。同社は複数の銀行と共同でATMを運営する案を検討したものの、その方式では大型連休や深夜に使えない時間帯が残る。24時間営業の店舗に、使えない時間のある機械を置く意味があるのか。この問いの先に出てきた答えが、自分たちで銀行をつくるというものであった[1]

制度の側も動いていた。1997年から進んだ金融ビッグバンで銀行業への異業種参入が認められ始め、イトーヨーカ堂は1999年にソフトバンク連合へ加わって日本債券信用銀行の買収を検討したのち、これを白紙に戻して金融監督庁へ新銀行設立の意向を伝えた。当時の試算では、セブン-イレブン約8,000店を含むグループ1万店近い店舗網と、1999年6月に完了した総投資額600億円の第五次総合情報システムを組み合わせれば、ATM導入の追加投資は320億円で足りるとされた[2][3]

「預金を集めて運用する銀行」という前提への疑い

当時、新銀行の成否を占う焦点は預金の獲得と、集めた資金の運用に置かれていた。イトーヨーカ堂は大手流通のなかで唯一ノンバンクを持たず、運用に充てる貸出債権を抱えていない。超低金利のもとで高値圏の国債を中心に運用すれば採算は苦しく、一定規模の貸出債権を持つノンバンクの買収が早道だという見方も出た。英国のテスコやセインズベリーが通常より3%近く高い金利を設定して預金を集めていた例も引かれ、既存の銀行の枠組みで測るかぎり、この銀行は成り立ちにくいと見られていた[4]

もっとも、鈴木敏文社長は銀行業を金融事業として構想していなかった。「銀行進出をサイドビジネスや多角化の一環とは全く考えていない」と述べ、あくまで本業の小売業を支え「お客の利便性を高めるため」の進出だと繰り返した。コンビニATMをめぐっては、ファミリーマートを中心とする5社連合のイーネットが先行し、有力地方銀行の囲い込み競争が始まっていた。自前の免許を取るかどうかは、ATMを何台どこに置けるかを提携銀行の都合に委ねるかどうかの分かれ目でもあった[5][6]

決断

金利差を捨て、受入手数料を収益の柱に据える

2001年4月、資本金202億円で株式会社アイワイバンク銀行が設立され、5月に営業を開始した。設計の要は、預金と貸出の金利差を収益の柱に置かない点にあった。融資は行わず、預金も積極的には集めない。収益は、提携した金融機関の顧客がATMを使うたびに、その金融機関から受け取る1件あたりの受入手数料に絞った。初代社長の安斎隆氏はのちに、「柱は(ATMでの)現金の出し入れ」であり、銀行券という資産の債務者は日本銀行であるためリスクを負わない事業だと説明している[7][8]

手数料の決め方にも仕掛けがあった。利用者がATMで払う手数料は提携先の収入とし、その水準も提携先が自分で決められる。セブン銀行が受け取るのは、提携先から支払われる1件あたりの受入手数料に限られた。安斎氏は「利用の手数料も提携先の金融機関が決められるなど、選択をお任せした」と語っている。提携先から見れば、自前のATMを減らしながら顧客の利便性を保てる。競合ではなく肩代わりの関係に立つことが、1行ずつ提携を積み上げる交渉の土台となった[9]

日本銀行出身者の起用と、1行ずつ開く提携

初代社長には、日本銀行の理事から日本長期信用銀行頭取に転じ、破綻処理にあたった安斎隆氏が招かれた。イトーヨーカ堂の佐藤信武副社長が自宅を訪ねたのが発端で、3度目の面談に鈴木社長が突然現れ、「安齋さん、勉強やめ! 握手だ、握手だ」の一言で就任が決まったという。もっとも、周囲の金融関係者の意見は「やめたほうがいい」で一致していた。東京三菱銀行元頭取の三木繁光氏からも「あなた、うまくいかないと思う」と告げられている。安斎氏には日本銀行で電算情報局長を務めた経歴があり、システムを軸とする事業には土地勘があった[10][11]

開業後の作業は、提携先を1行ずつ開くことに費やされた。当初は大手行が加盟する総合ATMネットワークへの加入が認められず、地方銀行や信用金庫と個別に交渉を重ねるほかなかった。転機は2003年で、5月に郵便貯金、6月に228の信用金庫のキャッシュカードが使えるようになると利用件数が跳ね上がった。ATM1台あたりの1日平均利用件数は、同年1月に50件を割っていたものが9月には70件を超え、5月時点で40億円の最終損失を見込んでいた2003年度の予想は、11億円の最終黒字へ修正された[12]

結果

3年で黒字、5年で累損解消

銀行法施行規則は、新規参入行に営業開始後3営業年度を経過する日までに当期利益が見込まれることを求めていた。アイワイバンク銀行にとって2003年度がその3営業年度目にあたり、同社は9月中間期で最終黒字を確保している。一時200億円まで膨らんだ累積損失も2005年度末までに解消し、金融庁が新規参入の際に掲げた「3年で黒字、5年で累損解消」の条件を、同時期に開業した新形態の銀行のなかで唯一満たした[13][14]

収益の伸び方は単純であった。ATMを置くほど利用件数が増え、利用件数が増えるほど受入手数料が積み上がる。ATM1台あたりの1日平均利用件数は2001年度の25件から2004年度に77件へ伸び、2005年10月にセブン銀行へ商号を変えた時点で、提携先は507の金融機関、ATMは26都道府県に約1万600台を数えた。2007年12月には開業から6年8カ月で47都道府県への設置を終え、同年9月末の設置台数は12,852台、提携金融機関数は554社に達した[15][16]

単一の手数料に支えられた構造と、その前提

モデルが完成に近づいたのは2010年代であった。2014年3月期のATM受入手数料は943億円で、1件あたりの単価は130円強、利用は7億件を超え、受入手数料だけで収益の95%を占めた。同期の経常利益は350億円に達し、同時期に設立された他の新形態銀行の15億〜117億円とは水準が異なっていた。一方で個人向け貸出の残高は52億円にとどまり、銀行の主力業務であるはずの貸出はほとんど行われていなかった[17]

この設計は、現金が使われ続けることを前提にしていた。ATM利用件数は2019年度の約9億件で頭打ちになり、コロナ禍の外出自粛が重なった2022年3月期には経常利益が283億円まで下がった。2019年3月期の407億円から124億円の減少にあたる。設立から20年を経ても経常収益の約8割をATM受入手数料が占めており、収益源を広げる作業は2021年5月に始動した中期経営計画へ持ち越された[18][19]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 1999年12月11日号「驚異わずか320億円の追加投資で新銀行誕生ヨーカ堂経営の凄み」
  • 週刊東洋経済 1999年12月18日号「「ヨーカ堂銀行」はどう離陸するのか銀行への新規参入は快挙だが」
  • 週刊東洋経済 2003年11月15日号「いまどき伸びる金融機関 銀行編 横浜銀行/三井住友銀行/アイワイバンク銀行/みずほフィナンシャルグループ」
  • 週刊東洋経済 2005年11月5日号「ヨーカ堂の不振を尻目に、セブン銀行が快走 コンビニATM、勝利の法則」
  • 週刊東洋経済 2008年7月19日号「このひとに5つの質問 安斎隆 セブン銀行社長 現金は信用力が違う 電子マネーは脅威でない」
  • 週刊東洋経済 2014年10月31日号「銀行サバイバル 我が道を行くセブン 急膨張のイオン」
  • 週刊東洋経済 2015年3月20日号「独創的なビジネスモデル セブン銀行 1日当たりATM利用者数211万人 コンビニATMで生活のインフラに」
  • 週刊東洋経済 2018年9月1日号「平成経済の証言 その4 周囲は悲観一色だったがうまくいったセブン銀行」
  • 日経ビジネス 1999年9月27日号「コンビニのATMネットワークは2強1弱?」
  • 日経ビジネス 1999年10月25日号「流通業初、ヨーカ堂・セブンがネットバンク設立」
  • セブン銀行 有価証券報告書【沿革】
  • セブン銀行 中期経営計画2021-2025(2021年5月7日)

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