この判断の核心は、銀行免許を"貸すため"ではなく"置くため"に取った点にあるだろう。ATMを共同運営の形で他行から借りれば、稼働時間も台数も相手の事情に左右される。免許を自前で持てば、どの店に何台置き、いつ動かすかを自分で決められる。金融の側から見れば奇妙な銀行であっても、店舗網を運営する側から見れば、設備の主導権を掌握するための最短の道であった。反対論の多くが"預金は集まるか""運用はどうするか"に集中していたのは、既存の銀行の損益構造でこの会社を測ろうとしたためであるとみられる。
もっとも、収益を単一の手数料に集約した設計は、強さと脆さを同時に抱えていた。利用件数と設置台数という二つの変数だけで説明できる収益構造は、拡大期には見通しがよく、投資判断も単純になる。その一方で、現金の使用量が減れば、打つ手のないまま上限に触れる。2019年度の約9億件という頭打ちは、経営の失敗というより設計そのものが持っていた条件の現れであった。現金の出し入れを担う会社が、現金が減っていく社会で何を担うのか——20年をかけて確立した型が、次の20年の問いをそのまま置いていったと推察される。