第一製薬が取得したのは、売れる薬ではなく、薬を作る人の集団だった。研究開発費を全額引き受け、販売網も自社のものを使いながら、34%はサントリーに残す。完全子会社にするまでの移行の時間を、この34%で買っている。1974年に他社の新薬を導入する方針へ転じた会社が、今度は開発の工程ごと引き取る立場に転じた。買う対象が、薬から人へ移っている。
買った研究資産が薬になる前に、会社の時間のほうが尽きた。2005年2月に三共との統合で基本合意へ至るまで、約300人の研究者が生んだ新薬が数字に載ることはない。それでも、この合弁が残したものはある。相手側の事業部門を率いていた中山讓治氏は、5年後に統合後の会社を率いた。買えなかったのは研究開発力ではなく、それが薬に変わるまでの年月であった。