東レ ファーストリテイリングと提携 戦略的パートナーシップの締結とヒートテックの共同開発
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何をなぜ決めたか
- 概要
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2006年、繊維を斜陽産業とみなす風潮のなかで繊維事業への投資を続けた東レが、榊原定征社長のもとでファーストリテイリング(ユニクロ)と戦略的パートナーシップを締結した経営判断。素材の企画・開発から生産・物流までを両社が一貫して結び、その中身をヒートテックの共同開発が象徴した。
- 背景
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2000年前後、合成繊維は成長を望みにくい事業とされ、帝人は医薬品で新たな収益基盤を構築し、クラレは化学品へ主力を移した。そのなかで東レは繊維に人と資本を残した。企画から販売までを自社で担うSPAのユニクロは、素材を市場から調達するのが通例で、素材メーカーと用途を共同で設計する例は少なかった。
- 内容
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1990年代末のフリース向け素材の供給に始まった両社の関わりは、2003年発売のヒートテックの共同開発へ深まり、2006年の第1期戦略的パートナーシップに結実した。素材メーカーが特定のアパレルと5年単位の計画を共有し、川上の繊維から川下の店頭までを一本の流れとして設計する枠組みだった。
- 含意
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ヒートテックは発売10年の2012年に累計販売枚数2億9900万枚、両社の年間取引は1000億円を超え、繊維事業の復活を象徴した。取引累計額は第1期の約2500億円から第2期の約6000億円見込みへ伸び、素材メーカーが川下と直結する協業を一つの型として定着させた。
いつ何が起きたか 6件
筆者の見解
繊維に残る選択と、垂直連携という設計
この決断の核心は、繊維を斜陽産業とみなす当時の空気に逆らって、東レがその事業に残る選択と、素材メーカーとアパレルを垂直に結ぶ協業の設計とを、同時に果たした点にある。1975年に藤吉次英社長が脱繊維を否定して以来、東レは繊維に人と資本を残してきた。ユニクロとの戦略的パートナーシップは、その残留を、川下の需要と直結させることで利益へ結び付けた仕組みだったと思われる。ただ繊維に留まるだけでは、斜陽という評価をくつがえすには足りなかった。
素材メーカーが特定のアパレルと用途を共同で設計し、川上から川下までを一本に結ぶこの形は、東レが繊維に残ったからこそ選べた道だった。もっとも、ユニクロ一社との結び付きが深まるほど、その需要の増減は東レの繊維事業に直に響く。取引先への依存という重さは、垂直の連携が生む利益と背中合わせにある。斜陽とされた素材産業が川下と直結して生き延びる一つの道を、東レはヒートテックで示した。繊維に投資を続けるというこの会社の選択は、その強さと危うさをあわせ持ったまま今日に続く。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
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参考文献
- 東レ 公式サイト「東レ×ユニクロ」
- 東レ 有価証券報告書(2006年3月期)