テンカーテを買収(2018年・東レの決断)

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論点 熱可塑性複合材の技術を買収で補うか
東レ:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
買収を足がかりにした熱可塑性複合材料という新分野への参入

何をなぜ決めたか:買収を足がかりにした熱可塑性複合材料という新分野への参入

概要

2018年3月14日、炭素繊維で世界首位の東レが、オランダの炭素繊維複合材料メーカーTenCate Advanced Composites Holding B.V.(TCAC)の全株式を、親会社であるKoninklijke Ten Cate B.V.から取得することで合意した経営判断である。合意時に開示した取得価額は930百万ユーロで、株式取得の対価にネット有利子負債を加えた金額であった。

2018年7月8日に株式譲渡契約を締結し、同月17日に全株式を取得した。連結上の取得原価は117,117百万円、発生したのれんは65,783百万円である。

背景

TCACは欧米に主要製造拠点を持つプリプレグメーカーで、その材料は航空宇宙用途において熱可塑性樹脂および高耐熱熱硬化性樹脂材料を中心に幅広い採用実績を持ち、熱可塑性樹脂を用いた炭素繊維基材では世界の先頭に立つ存在であった。東レは幅広い炭素繊維技術とポリマー技術を持つ一方、この領域の製品群を自社では抱えていない。TCACの2017年12月期の売上高は197百万ユーロ(24,947百万円)、総資産は148百万ユーロ(19,967百万円)である。

内容

東レは企業結合を行った理由を、TCACが得意とする製品群に自社が強みを持つ幅広い炭素繊維技術やポリマー技術を投入すれば大きな相乗効果が見込め、両社の商流を融合させれば顧客により幅広い品揃えを提案できる点に置いた。小型航空機向け市場の拡大に迅速に対応し、中長期的には自動車用途などの産業用途へ一層の事業拡大を図るという狙いである。取得した議決権比率は100%で、結合後企業の名称はToray TCAC Holding B.V.となった。連結損益計算書に業績を取り込んだのは2018年10月からである。

含意

取得原価117,117百万円のうち68,978百万円は顧客関連資産と技術関連資産に配分され、残る65,783百万円がのれんとして20年の均等償却に付された。買収の翌々期にはコロナ禍が航空機需要を直撃し、2021年3月期に炭素繊維複合材料事業は米国の生産設備を24,968百万円減損して11年ぶりの赤字に沈んだが、TCACに配分したのれんは減損に至っていない。帳簿価額は2024年3月末に82,480百万円まで膨らみ、同じ期にゾルテックののれんが全額消えたのと対照をなす。

いつ何が起きたか 8件
当時の取締役 22名

当時の取締役(2017年6月株主総会決議)

  • 日覺昭廣:社長
  • 阿部晃一:副社長
  • 橋本和司:副社長
  • 村山良:専務
  • 梅田明:専務
  • 出口雄吉:専務
  • 森本和雄:常務
  • 井上治:常務
  • 大谷洋:常務
  • 大矢光雄:専務
  • 須賀康雄:常務
  • 小林裕史:常務
  • 首藤和彦:常務
  • 恒川哲也:常務
  • 伊藤邦雄:取締役
  • 西野聡:取締役
  • 野依良治:取締役
  • 藤本節:取締役
  • 福田雄二:取締役
  • 谷口滋樹:取締役
  • 近藤敏行:取締役
  • 三木憲一郎:取締役
考察:世界首位が自社に無い材料事業を買収する
考察

考察:世界首位が自社に無い材料事業を買収する

この買収は、首位企業が自らの強みの裏側に生まれた死角をどう埋めるか、という問いを映している。東レは炭素繊維そのもので世界首位に立ちながら、熱可塑性樹脂を用いた炭素繊維基材では先頭にいなかった。TCACはその領域で航空宇宙向けの採用実績を積み上げており、東レの説明も、自社の炭素繊維技術とポリマー技術をTCACの製品群に投入して相乗効果を出し、両社の商流を融合して品揃えを拡大する、という補完の論理で組み立てられている。取得原価117,117百万円は、前年12月期の売上高が197百万ユーロの会社への値付けとしては重い。その重さは、顧客関連資産と技術関連資産68,978百万円、のれん65,783百万円という形で帳簿に残った。

同じ炭素繊維複合材料事業で買った2社は、10年後に正反対の姿になった。産業用のラージトウを担うはずだったゾルテックは、2024年3月期にのれんの全額が減損で消えた。一方TCACに配分したのれんは、コロナ禍で航空機需要が減少し生産設備の側で24,968百万円の減損を出した期も減損されず、円安も加わって2024年3月末には82,480百万円へ膨らんでいる。ただし2023年3月期には回収可能価額が帳簿価額を上回る幅が20,936百万円まで縮み、割引率が1.1%上がれば両者が並ぶと会社自身が開示した。技術の穴を買って埋める判断の成否は、航空機需要の戻り方に委ねられたままだといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

東レ:TCACに配分されたのれんと無形資産

のれん(百万円)顧客関連資産(百万円)
東レ:TCACに配分されたのれんと無形資産
(百万円) のれん顧客関連資産技術関連資産 備考
2019年3月期 60,45938,19224,881 IFRS移行日(2019年4月1日)の帳簿価額。日本基準の取得時ののれんは65,783
2020年3月期 59,28535,16123,357
2021年3月期 60,30933,93222,706 航空機需要の低迷で生産設備を24,968減損。のれんは減損していない
2022年3月期 66,67135,48423,934
2023年3月期 72,74036,50224,839 回収可能価額が帳簿価額を20,936上回る。割引率が1.1%上がると並ぶ
2024年3月期 82,48038,88226,721 同じ期にゾルテックののれん15,128は全額が減損された
出所:東レ 有価証券報告書 第140〜143期(重要な会計上の見積り・のれんの減損テスト) / 東レ 有価証券報告書 第138期(2019年3月期)【企業結合等関係】
出所:東レ 有価証券報告書 第140〜143期(重要な会計上の見積り・のれんの減損テスト) / 東レ 有価証券報告書 第138期(2019年3月期)【企業結合等関係】

東レ:炭素繊維複合材料事業の推移

売上高(百万円)セグメント利益率(%)
東レ:炭素繊維複合材料事業の推移
(百万円) 売上高セグメント利益セグメント資産 備考
2014年3月期 113,34216,927341,762 2014年2月にゾルテックを子会社化
2015年3月期 158,36526,228436,761
2016年3月期 186,19636,115429,503
2017年3月期 161,60823,963460,968
2018年3月期 177,94920,764463,640
2019年3月期 215,91311,542640,161 TCACの業績は2018年10月から。セグメント資産が1,765億円増えた
2020年3月期 236,88522,598613,893 2021年3月期以降はIFRS。利益は営業利益から非経常要因を除いた事業利益
2021年3月期 182,884△7,476564,046 航空機需要の低迷で2010年3月期以来11年ぶりの損失
2022年3月期 215,2151,581601,914
2023年3月期 281,71715,928653,720
2024年3月期 290,47813,193718,427 ゾルテックののれん15,128を含む19,305の減損損失を計上
出所:東レ 有価証券報告書 第133〜143期(セグメント情報)
出所:東レ 有価証券報告書 第133〜143期(セグメント情報)

買収の条件

買収の条件
科目 概要 備考
被取得企業 TenCate Advanced Composites Holding B.V. 事業の内容は炭素繊維複合材料の製造・販売
株式取得の相手会社 Koninklijke Ten Cate B.V. TCACの親会社。東レは同社との間で全株式の取得を合意した
取得の合意 2018年3月14日 取得株式数は100株、取得後の持分比率は100%
株式譲渡契約の締結 2018年7月8日
企業結合日 2018年7月17日 連結損益計算書に含めた業績は2018年10月1日から2019年3月31日まで
企業結合の法的形式 現金を対価とした株式取得
取得した議決権比率 100% 結合後企業の名称はToray TCAC Holding B.V.
取得価額(合意時の開示) 930百万ユーロ 株式取得の対価にネット有利子負債を加えた額。価格調整を実施した金額となる予定
支払資金の調達方法 自己資金、借入金及び社債等
取得原価 117,117百万円 対価の種類は現金。連結上の取得のための支出は純額114,564百万円
主要な取得関連費用 1,205百万円 アドバイザリー費用等
受け入れた資産 83,988百万円 流動資産11,422百万円、固定資産72,566百万円
引き受けた負債 32,804百万円 流動負債13,864百万円、固定負債18,940百万円
のれん 65,783百万円 取得原価が受け入れた純資産を上回った超過額。20年間にわたる均等償却
のれん以外の無形固定資産 68,978百万円 顧客関連資産42,021百万円(20年)、技術関連資産26,957百万円(24年)
被取得企業の事業規模 売上高197百万ユーロ 2017年12月期。24,947百万円に相当し、総資産は148百万ユーロ
連結損益への影響 記載を省略(影響は軽微) 企業結合が期首に完了したと仮定した場合の概算額。監査証明の対象外
出所:東レ 有価証券報告書 第137期(2018年3月期)【経営上の重要な契約等】(追加情報)・第138期(2019年3月期)【企業結合等関係】
出所:東レ 有価証券報告書 第137期(2018年3月期)【経営上の重要な契約等】(追加情報)・第138期(2019年3月期)【企業結合等関係】
当時の取締役 22名

当時の取締役(2017年6月株主総会決議)

  • 日覺昭廣:社長
  • 阿部晃一:副社長
  • 橋本和司:副社長
  • 村山良:専務
  • 梅田明:専務
  • 出口雄吉:専務
  • 森本和雄:常務
  • 井上治:常務
  • 大谷洋:常務
  • 大矢光雄:専務
  • 須賀康雄:常務
  • 小林裕史:常務
  • 首藤和彦:常務
  • 恒川哲也:常務
  • 伊藤邦雄:取締役
  • 西野聡:取締役
  • 野依良治:取締役
  • 藤本節:取締役
  • 福田雄二:取締役
  • 谷口滋樹:取締役
  • 近藤敏行:取締役
  • 三木憲一郎:取締役
参考文献

参考文献

参考
  • 東レ 有価証券報告書(2018年3月期・2019年3月期・連結)
  • 東レ 有価証券報告書「第137期(2018年3月期)【経営上の重要な契約等】(追加情報)」
  • 東レ 有価証券報告書「第138期(2019年3月期)【企業結合等関係】」
  • 東レ 有価証券報告書「第140〜144期(重要な会計上の見積り・のれんの減損テスト)」
  • 東レ 有価証券報告書「第140期(2021年3月期)【減損損失】」

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