東レの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

繊維産業が斜陽化する中で、あえて先端投資を続けた点が特異であった。1951年6月、米デュポンとナイロンの技術提携を締結した。資本金の1.5倍の前払金を投じて得たのは特許の実施許諾が中心で、量産は名古屋工場の試行錯誤に委ねられた。自前で立ち上げた経験はここで刻まれ、1971年8月には炭素繊維「トレカ」を世界で最初に量産した。用途はゴルフシャフトや釣り竿にとどまり、赤字はおよそ40年続いた。1975年9月、繊維各社が非繊維へ多角化する不況期に藤吉次英社長は「脱繊維」を否定して繊維に残ると決めた。1987年就任の前田勝之助氏は自社を「大企業病」と診断して評論家的な社員の入れ替えに踏み切り、繊維と先端材料へ資源を集中した。赤字の年数を撤退の理由にしなかったことが、現在ボーイング787の機体へ炭素繊維を供給する立場につながっている。

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