TCACを買収
炭素繊維の用途拡大に伴う中間材料への事業領域の拡張
2010年代に入り、炭素繊維の用途は航空機分野に加え、産業用途やモビリティ分野にも広がっていた。軽量化や耐久性が求められる用途が増え、炭素繊維単体の供給だけでは顧客の要求に対応しきれない局面が生じていた。樹脂設計や中間材料まで含めた提案能力が、材料メーカーに求められる競争条件として重要性を増していた。
特に欧米市場では、航空宇宙・防衛・産業機器の各分野において、設計段階から材料仕様をすり合わせるアプローチが定着していた。炭素繊維メーカーには、繊維の供給にとどまらず、用途に応じた樹脂配合や成形条件を含めた材料ソリューションの提供が期待されるようになっていた。この領域で対応力を持つ企業は限られており、中間材料の技術を社内に取り込むことが競争上の優位につながると見なされていた。
東レは炭素繊維の世界最大手として原糸供給では圧倒的な地位を持っていたが、中間材料や成形材料の分野では自社の技術蓄積が十分とは言えなかった。用途拡大に伴い、炭素繊維を原料として供給するだけではなく、用途に最適化された複合材料として提供する体制の構築が課題として浮上していた。
中間材料メーカーTenCate社を約1170億円で買収
2018年7月、東レはオランダのTenCate Advanced Composites Holding B.V.の買収を決定した。取得原価は約1171億円、のれんとして657億円を計上した。同社は熱可塑性樹脂および高耐熱硬化性樹脂を用いた炭素繊維複合材料を展開し、航空宇宙分野に加え産業用途でも納入実績を持っていた。
この買収により東レは、炭素繊維の供給に加えて中間材料・成形材料を含む製品群を取り込んだ。用途ごとに異なる設計要求への対応や、顧客の開発工程に近い段階での材料供給が可能となった。Zoltekに続く1000億円規模の買収は、炭素繊維事業を原料供給にとどめず、複合材料事業として事業領域を拡張する意図を示すものであった。
買収の背景には、航空機向けの炭素繊維供給がボーイングに集中する構造への対応もあった。TenCateはエアバス向けを含む幅広い顧客基盤を持っており、顧客の分散化という観点からも買収の意義があった。航空機分野の顧客集中リスクを軽減しつつ、産業用途やモビリティ分野での成長機会を取り込む複合的な狙いが込められていた。
炭素繊維関連事業の用途分散と残された収益化の課題
買収後、東レはTenCateの製品群を通じて航空宇宙に加え、産業機器やモビリティ分野への供給を進めた。炭素繊維の用途構成は航空機偏重から徐々に分散し、産業用途の比率が高まった。TenCateが持つ熱可塑性樹脂技術は、成形の自由度が高く加工時間を短縮できる特性から、量産性が求められるモビリティ分野との親和性が期待された。
一方で、Zoltekに続くTenCateの買収により、東レの炭素繊維関連事業には約2000億円規模の投下資本が積み上がった。買収によって事業領域は拡張されたものの、投下資本に見合う収益を生み出せるかは、航空機需要の回復と産業用途での市場拡大に依存する状況にあった。
2020年のボーイング向け販売の急減は、買収による用途分散が完了する前に顕在化した顧客集中リスクの表れであった。炭素繊維事業全体として、原糸・中間材料・成形材料を一貫して手掛ける体制は整ったが、投下資本の回収と収益性の改善は引き続きの課題として残された。Zoltekの減損に続き、炭素繊維関連事業全体のROICが資本コストを上回れるかが経営上の焦点となった。