B777向け炭素繊維を納入
1980年代の航空機産業における機体軽量化と複合材料への関心
1980年代初頭、航空機産業では燃費性能の改善を目的とした機体軽量化が設計上の主要課題となっていた。従来のアルミ合金に代わり、比強度の高い炭素繊維強化プラスチックが構造材の候補として検討され始めた。材料メーカーには性能だけでなく、安定供給と品質管理の両立が求められ、航空機用途特有の認証基準や検査体制への対応も必要とされた。
米ボーイングは1981年に新型双発機B767を公開し、胴体構造の一部に複合材を採用する方針を示した。材料選定では性能に加え、供給能力や工程管理の実績も評価対象となった。航空機用途は数量規模が限定される一方、設計段階からの長期的な関与が前提であり、材料メーカーにとっては短期の売上よりも継続的な取引関係の構築が重要な分野であった。
炭素繊維はこの時点で、研究用途やスポーツ用途での実績はあったが、商業旅客機の構造材としての採用は前例がなかった。材料の長期耐久性や製造ロット間の品質均一性など、航空機特有の要求に応えるには、実機での使用実績を重ねる必要があった。市場としての規模は見えにくかったが、航空機分野への参入は炭素繊維の用途拡大において戦略的な意味を持っていた。
B767での実績を基盤としたB777向け炭素繊維部材の受注
1982年4月、ボーイングはB767の炭素繊維材料メーカーとして東レ、東邦レーヨン、米ユニオンカーバイトの3社を指定した。東レは航空機向け構造材として炭素繊維の供給を開始し、航空機用途特有の品質基準や検査体制への対応を進めた。採用部位は胴体構造の一部に限られていたが、実機での使用を通じた品質データの蓄積が始まった。
B767向け供給の実績をもとに、東レはボーイングとの技術的なすり合わせを継続した。設計変更への対応や製造条件の最適化など、実務上の経験が機種をまたいで蓄積されていった。数量としては限定的であったが、航空機メーカーとの信頼関係を構築する過程がこの時期に進められた。1985年には社内で人員配置転換が行われ、炭素繊維事業への対応力が強化された。
1990年4月、東レはボーイングの次期大型機B777向けの炭素繊維部材を受注した。B777では尾翼を含む主要構造部材に複合材が採用され、B767と比較して炭素繊維の使用量が大幅に増加した。受注にあたっては10年間で約800億円の供給契約が提示され、炭素繊維事業は限定的な用途から量産型の供給事業へと段階が移った。
旅客機向け構造材としての定着と特定顧客依存のリスク構造
B777向け採用により、炭素繊維は商業旅客機の主要構造材として継続的に使用されることとなった。採用部位の拡大は、材料特性に加え、B767以来の供給実績と工程対応の積み重ねが評価された結果であった。設計段階からの関与、品質管理体制、安定供給の実績は、他の材料メーカーが短期間で追随しにくい参入障壁となった。
炭素繊維の供給可能な企業は製造工程の複雑さから限られており、航空機用途では認証や評価に長期間を要するため、新規参入の難易度はさらに高かった。東レはB767からB777へと機種をまたいで供給を継続することで、航空機用炭素繊維メーカーとしての地位を確立した。1992年には米国現地法人TCAを設立し、1994年からはボーイング向けの現地生産を開始した。
一方で、航空機向け炭素繊維の需要構造はボーイングとエアバスの2社に集中する寡占市場であり、需要動向は次世代機種の開発計画に左右された。東レにとっては主要顧客がボーイングに集中する構造が形成されつつあり、10年800億円の受注は安定的な供給機会を意味する一方、特定取引先への依存というリスクも同時に内包する事業構造であった。