1971年に売り出した時点で買い手は釣り竿とゴルフシャフトしかなく、東レ本体は1976年3月期に59.4億円の経常損失を計上していた。撤退する理由は毎期そろっていたとみてよい。それでも残ったのは、必ず構造材料に使えるという確信を、社長が代わるたびに次の社長が引き取ったからだとみられる。始めた判断より、引き継いだ判断のほうが数は多い。
ただ、40年耐えたことが正しかったと言えるのは、B787が飛んだあとを知っているからにすぎない。同じ40年を三菱レイヨンも東邦テナックスも耐えており、忍耐は東レだけの見識ではなかった。届いた黒字も長くは続かず、2010年3月期には80億円の営業赤字に転落している。長期投資に耐える体力は、耐えた先で報われることまでを保証しない。ゾルテックとテンカーテの買収で積み上がった投下資本の回収は、40年の忍耐とは別の問いとして立っているといえる。