決断
祖業を捨てる判断は速く、買収した事業の整理は遅れた。1955年に量産したアセテートが用途を広げられないと見ると、1957年1月に英ICIと技術提携してポリエステル"テトロン"へ参入し、1971年10月にレーヨンの生産を打ち切った。1968年に未来事業本部を発足させして繊維の外を探し、合繊不況に入った1978年には減量経営で約2,600名を削減した。1999年の東邦レーヨンへの資本参加で炭素繊維を、2000年10月の蘭アコーディスからの買収でアラミド繊維を取り込み、2017年1月には米CSPを約850億円で買収している。
2011年5月 フェブリクの創製発売
業績の推移2010 2011 2016 売上高(億円) 7,658 8,156 7,907 営業利益率(%) 1.7 6.0 8.5 2002年 経営諮問委員会で長島徹選出
業績の推移2001 2002 2007 売上高(兆円) 0.8 0.9 1.0 経常利益率(%) 4.5 1.9 6.0 1978年 合繊不況下の2600人削減
合繊不況下の2600人削減石油危機後の合繊不況で主力・繊維事業が採算割れに陥ったため、拡大期に膨らんだ人員を短期に圧縮した減量経営同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1977 1978 1983 売上高(億円) 3,495 3,461 4,128 純利益率(%) 0.7 0.1 1.7 1968年 未来事業本部を発足
未来事業本部を発足ポリエステル繊維に依存する収益構造から脱するため、社外人材を集めた専属組織を構築し、技術と経験の及ぶ範囲で資本効率の高い新規事業を広く探索する多角化戦略同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1967 1968 1973 売上高(億円) 1,514 1,513 2,170 純利益率(%) 2.7 3.7 2.5