重要な意思決定
広島工場を新設
背景
広島工場稼働後も残った供給制約と量産規模の再設計
帝国人造絹糸は、広島工場の稼働によって人造絹糸の量産に一定の手応えを得ていたが、需要の拡大に対して供給能力はなお制約を抱えていた。既存工場では設備の増設や工程改善が進められていたものの、生産規模の引き上げには限界があり、設備の集約と規模拡大を前提とした次の生産拠点が検討対象となっていた。
とくに人造絹糸は設備投資比率が高く、工程の連続性と稼働率が生産性を左右する事業であった。分散した工場配置では工程管理や設備更新の面で効率が低下しやすく、需要増加局面において供給の伸びが制約される懸念があった。従来の延長ではなく、生産能力を大きく引き上げる新拠点の構想が現実的な選択肢として浮上していた。
決断
岩国工場新設による大規模量産体制への移行
こうした状況を受け、帝国人造絹糸は岩国に大規模な近代式工場を新設する判断を下した。岩国は用地の確保、水資源、輸送条件の面で量産工場に適した条件を備えており、従来工場を上回る設備規模が計画された。これは単なる生産能力の上積みではなく、工程を集約した量産体制へ移行するための意思決定であった。
岩国工場の建設では、将来的な設備増設を見込んだ設計が採られ、生産規模は段階的ではなく一気に引き上げられる前提で構築された。この新設によって、帝国人造絹糸は人造絹糸事業を試行的拡張の段階から脱し、供給量を軸に競争する局面へ踏み出した。岩国工場はその後の事業展開を支える中核拠点として位置づけられた。