帝人 の歴代社長

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1997年2000年2010年2020年2026年

安居祥策退任

1997年社長就任

代表取締役社長

長島徹退任

2001年社長就任

1999年執行役員2000年取締役代表取締役社長

大八木成男退任

2008年社長就任

1999年執行役員2005年取締役代表取締役社長

鈴木純退任

2014年社長就任

2012年執行役員2013年取締役代表取締役社長

内川哲茂現任

2022年社長就任

2017年執行役員2021年取締役代表取締役社長執行役員CEO
創業社長の関係
創業

1918年、鈴木商店の金子直吉氏の支援で秦逸三氏と久村清太氏が山形県米沢市に帝国人造絹糸を設立した。国内最古の化繊会社である。1927年に鈴木商店が昭和金融恐慌で倒れたのちも株主の異動で独立企業として残り、創業者の家系が社長を継ぐ形は生まれていない。会社を作り替えたのは鈴木商店から出向した大屋晋三氏だった。

社長登用の傾向
登用

1980年の徳末知夫氏から現在まで、社長は8代続けて新卒入社の生え抜きである。入社から就任までは31年から40年を要し、出身校は東京工業大学京都大学から名古屋工業大学繊維工学部、信州大学大学院繊維学部まで割れる。海外現地法人・医薬・マテリアルと、祖業の繊維以外を歩いた者が続けて選ばれてきた。

社長任期の傾向
任期

大屋晋三氏は1945年に社長へ就き、閣僚を務めた期間を挟んで1956年に復帰し、1980年3月に在任のまま死去した。復帰後だけで24年あり、テトロン参入から祖業レーヨンの打ち切りまでを1人の任期で通している。以後の交代は6年前後で、直近3代は6年・8年・就任5年目である。

いまの体制への含意
含意

24年の長期政権が主原料の転換を決め、そのあとは6年前後の生え抜きが交代しながら買収で素材を増やしてきた。退いた社長が会長として残る形も繰り返されている。祖業を捨てる判断は速い一方で買った事業の整理は遅く、任期の短さが後始末を次の代へ送っているように見える。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
大屋晋三(1945年就任)1945〜1948年1945年就任3年退任外部出身社長(第一次)
徳末知夫(1980年就任)1980〜1983年1980年就任3年退任生え抜き取締役社長
岡本佐四郎(1983年就任)1983〜1989年1983年就任6年退任生え抜き取締役社長
板垣宏(1989年就任)1989〜1997年1989年就任8年退任生え抜き取締役社長
安居祥策(1997年就任)1997〜2001年1997年就任4年退任生え抜き代表取締役社長
長島徹(2001年就任)2001〜2008年2001年就任7年退任生え抜き代表取締役社長決断2002年経営諮問委員会で長島徹選出
大八木成男(2008年就任)2008〜2014年2008年就任6年退任生え抜き代表取締役社長決断2011年フェブリクの創製発売
鈴木純(2014年就任)2014〜2022年2014年就任8年退任生え抜き代表取締役社長
内川哲茂(2022年就任)2022年〜現任2022年就任5年現任生え抜き代表取締役社長執行役員CEO1990年3月に帝人へ入社した生え抜きである。2017年4月に執行役員、2021年4月に常務執行役員、同年6月に取締役常務執行役員へ進んだ。2022年4月の社長就任は入社から32年目にあたり、取締役となってから1年足らずでの昇格である。
歴代社長の在任期間 全9代
1945年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

大屋晋三退任

1945年社長就任

徳末知夫退任

1980年社長就任

岡本佐四郎退任

1983年社長就任

1948年入社1971年取締役取締役社長

板垣宏退任

1989年社長就任

1953年入社1977年取締役取締役社長

安居祥策退任

1997年社長就任

1957年入社1992年取締役

長島徹退任

2001年社長就任

1965年入社1999年執行役員2000年取締役代表取締役社長

大八木成男退任

2008年社長就任

1971年入社1999年執行役員2005年取締役代表取締役社長

鈴木純退任

2014年社長就任

1983年入社2012年執行役員2013年取締役代表取締役社長

内川哲茂現任

2022年社長就任

1990年入社2017年執行役員2021年取締役

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