鐘紡 の歴代社長

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1968年1980年1990年2000年2007年

伊藤淳二退任

1968年社長就任

代表取締役社長

中嶋章義現任

2004年社長就任

1974年入社2003年取締役

小森哲郎退任

2006年社長就任

創業社長の関係
創業

1887年1月、綿花輸入の仲介を担う東京綿商社として設立が認可され、取扱量が伸びず2年で行き詰まったのち、1888年8月に有限責任鐘淵紡績会社へ改称して自ら綿糸を紡ぐ製造業へ移った。大規模工場を扱える技術者が国内におらず赤字が積み上がり、三井から中上川彦次郎氏、次いで武藤山治氏が送り込まれた。

社長登用の傾向
登用

規模を広げた武藤山治氏も、粉飾の露呈後に迎えた小森哲郎氏も、外から入った経営者だった。武藤山治氏は三井の派遣で紡績大合同論を掲げ、1933年に全業種で売上首位へ押し上げる。2006年1月に代表執行役社長へ就いた小森哲郎氏はマッキンゼーを経てユニゾン・キャピタルにいた人物で、社内からの昇格ではない。

社長任期の傾向
任期

1968年6月に社長へ就いた伊藤淳二氏は、繊維・化粧品・食品・住宅・薬品を並べるペンタゴン経営を敷き、長く実権を握った。最後の2代は短く、化粧品の営業出身の中嶋章義氏が2004年3月から1年10か月、小森哲郎氏が2006年1月から1年5か月で、いずれも産業再生機構の管理下での就任である。

いまの体制への含意
含意

三井から送られた経営者が規模を拡げ、その規模を減らせないまま会社は終わった。30を超える工場と数万人の雇用が誇りとなり、祖業の綿紡が崩れた1990年代も縮小へは動かず、繰延税金資産で自己資本を水増しする粉飾に至る。化粧品という高収益の事業を抱えていたことが、かえって縮小の判断を遅らせたように見える。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
伊藤淳二(1968年就任)1968〜2004年1968年就任36年退任生え抜き代表取締役社長
中嶋章義(2004年就任)2004〜2004年・2007年〜現任2004年就任通算21年現任生え抜き代表取締役社長決断2004年産業再生機構に支援要請
小森哲郎(2006年就任)2006〜2007年2006年就任1年退任外部出身代表執行役社長決断2007年花王へ化粧品事業譲渡

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